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「忘れない」ミュージカル「ファンレター」の観劇を通して(観劇記録)

 今年の1月下旬頃、この作品が日本で上演すると発表になった時の世間や韓国側からのさまざまな意見を目にしたと同時に、私自身も当時「この作品を本当に日本で上演していいのか...??」と思ってしまったことを今でも鮮明に覚えています。

 いざ、観劇すると、毎公演違った感情を舞台から受け取り、その多くは言葉にできない感情との出会い。9月中旬にこの作品を初めてシアタークリエにて観劇してから10月6日の兵庫県立文化センターでの大千穐楽まで、様々なことを自分の中で問い続け、こんなに作品の上演意義について向き合い続けたのは、初めてかもしれません。そして今現在、この濁さなければ語れない作品について言葉にする難しさを日々痛感しています。

拙い文章&長文ですが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

作品概要

作品紹介
本作は韓国創作ミュージカルを代表する人気作であり、2016年の初演以降、韓国で度々再演を続け、中国でも14都市で上演。この度、いよいよ待望の日本版初演となる。
1930年代の京城(現在のソウル)を舞台に、“ファンレター”をきっかけに文人たちの世界に入ることになった、ある孤独な文学青年の成長を描いた物語は、美しい音楽と叙情的なセリフで紡がれ、文人たちの芸術と愛を通じて観客たちに暖かいヒーリングと感動を伝える。
作家を志す孤独な青年セフンに海宝直人、彼に寄り添うもう1人の人物ヒカルに木下晴香、セフンが憧れる小説家ヘジンに浦井健治という実力派俳優達が挑み、日本演劇界を代表する演出家・栗山民也が演出を担う。

ミュージカルファンレターHPより

あらすじ
さよなら。私の光、私の悪夢。
1930年代・京城。セフンはカフェで驚くべき話を耳にする。亡くなった小説家ヘジンと恋人の“ヒカル”が共作した小説が出版される、しかも謎に包まれたヒカルの正体まで明らかになるという。セフンはヘジンの友人でもある小説家イ・ユンを訪ね、とある理由から出版を止めるように頼む。だがイ・ユンは頼みに応じないどころか、ヘジンがヒカルに最後に宛てた手紙を持っていると嘯き、セフンにヒカルの謎を明かすよう迫ってくる。なんとしても手紙を手に入れたいセフンは、隠してきた秘密を語り始める—。
東京に留学していたセフンは、自身が日本で使っていたペンネーム「ヒカル」の名前で尊敬する小説家・ヘジンに“ファンレター”を送っていた。手紙のやり取りを通して2人は親しくなっていく。
その後、京城に戻り新聞社で手伝いを始めたセフンは、文学会「七人会」に参加したヘジンと出会う。だが、肺結核を患っているうえにヒカルを女性だと思って夢中になっているヘジンに対して、ヒカルの正体を明かすことは出来なかった。これまでどおり手紙を書き続け、完璧なヒカルであろうと決心をしたセフン。ヒカルはどんどん生きた人物になっていく。
そんな中、セフンが書きヘジンに送っていた小説がヒカルの名前で新聞に掲載され、ヒカルは天才女流作家として名を知られ始める。ヒカルの正体が明らかになることを恐れたセフンは―。

ミュージカルファンレターHPより 

観劇の経緯と全体感想

 なぜこの作品を観劇しようと思ったのか...最初の理由は「勉強のため」だった。
個人的なお話しですが、以前通っていた学校は韓国と交流があり「異文化交流」という授業の一環で今回「ファンレター」で描かれている「日韓併合化」のこちら側が行ったことを韓国側の目線でのお話を聞くことや学ぶことが多く、ある程度の概要的な知識と韓国と日本側の歴史認識の違いが多くあることが頭の中に残っていた。 
また、中高時代から歴史が得意分野であり、「日本近世史」(こちら側のから見た歴史)も割と常に頭に入った状態。

今作品が上演発表された時、日本と韓国の歴史認識の違いにより作品が変わってしまったり、美化されてしまうことはないだろうか?など様々な不安もあった。
(現に韓国側にて「本当にこの作品を理解できるのか」という声が上がったことも目にした)
しかし、「勉強のために一度は観劇したい」と考えて観劇することを決意。
(そして、四月になり某作品を観劇した際に木内健人さんに落ちてしまい…木内さんが出るためという理由も追加されたという…汗 本当に人生何があるかわからない笑)

7月下旬ファンレターの予習として、同じく韓国ミュージカルであり、イユンのモデルとなった李箱が登場する(ほぼ史実で綴られた作品)ミュージカル「ラフヘスト」を観劇。
ラフヘストはソニンさん演じるキム・ヒャンアンという女性の人生に基づいて描いたオリジナル・ミュージカル。詩人イ・サンと韓国抽象美術の先駆者キム・ファンギを夫に持った一人の女性の目線で人生を振り返る繊細で優しさに包まれた舞台。大好きな作品の一つだ。(個人的に人生で魅了された作品上位に入ります)

 ラフヘスト観劇以降も自分のペースですが、当時の歴史的背景や李箱についてなどさまざま本を読み、時代背景や作品に対して、理解を深めるために再度勉強。常に頭の中では、今の知識量で、この作品に込められたメッセージを正しく受けとめることができるのか??という不安。
作品との出会いが楽しみでもありながら不安もないわけではないという...様々な複雑な感情を持ちながら9月中旬 劇場に向かった。

マイ初日1幕終わり感じた感想は...これは面白い🫢
うん 面白すぎる....1幕頭フル回転
初見から歴史的背景やイ・サンの作品集を読んだりしていたからなのか...想像以上余裕を持って物語についていくことができた。
そして、終演後...「すごいものを観てしまった...」と作品に魅了された。

「芸術の火を残すため、純文学を守ろうとする文人たちの物語」

 歴史的事実を無知な人からすれば、ポスターを見ただけだと、ただの文学少年が憧れの作家にファンレターを書いて…と綺麗なお話に見えると思う。(10月11日に配信された浦井健治さんのココバナカフェにおいてポスターのビジュはセフンの理想郷というお話があり、納得した。)

 全体的に繊細な歌詞や台詞の中にある言葉の重みにハッとさせられる瞬間や当時朝鮮人が置かれていた難しい環境に改めて事の重大さを感じずにはいられなかった。(例えば、朝鮮語の本を踏んづけられて日本人を殴ったという理由で内地(日本)の学校を退学となっていること。ユンがただ通りを歩いていただけで不逞朝鮮人として逮捕されたなど※実際ユンのモデルとなった李箱は神田のおでん屋さんで飲んでいただけなのに不逞鮮人として捕まっている)当時なぜペンネームを使わなければいけなかったのか?(七人会の場面で時よりセリフとして語られる)なぜ朝鮮語での文学活動が制限されかけているのか?…この物語が生まれた背景を忘れてはいけないと強く感じた。

また、舞台上でこの物語に対して誠実に向き合い、観客側への誤解を生み出すことがないように丁寧且つ繊細に表現する俳優さんたちのお芝居に終始圧倒された。
 観劇後、舞台から受け取った作品のファクトの部分に対して、永遠に答えのない問いと自分なりに向き合い続けるなければならないと同時に、この作品の背景に起こっていた歴史を忘れてはいけない。そして、歴史の延長線で生きていることを改めて実感しました。

ご縁があり、複数公演観劇することができ、時より舞台から受け取る言葉の重さに胸が苦しくなることがありました。しかし、東京千穐楽、海宝さんのご挨拶にて「この作品を純粋に愛してほしい」という言葉に少し救われた。この物語に出会い考えたこと、そして、『忘れない』を大切にしたい。

各キャストごとの感想

海宝直人さん演じるセフン 
 舞台姿が少年そのもの。 ヘジン先生の幻想が醒めないよう、隠し通すためにただのペンネーム『ヒカル』をひとりの人格として生み出してしまったことで、後に引けなくなり、どんどんのめり込んでいく姿や時より見せる笑顔に衝撃と怖さを覚えた。また、ヒカルという存在を通して、自分自身の心の底で望んでいたことを投影させてセフン自身を守っていたとも感じた。

木下晴香さん演じるヒカル 
 ヒカルはセフンのペンネームだったものが、へジンの思い違いにより彼の幻想を壊さないように一人の女性として生み出された。(1幕前半は少年のような出立ちであり、ヒカルという存在が確立して以降女性らしい出立ちになる)
 「夜桜の風景」が世の中で認められた後、朱色のお衣装で「こうなると思った!!思ったとおり!!」と自信に溢れた姿が印象に残っている。この場面から明らかにセフンのペンネームとしてではなく、一人の人格として確立したようにも思えた。セフンとへジンの関係を守ため、ヒカルの行動は決して”悪”そのものではなく、心の底でセフンが望んだことであり、狂気そのものだった。

浦井健治さん演じるヘジン
 浦井さんは「天保十二年のシェイクスピア」の映像や先日始まった「浦井健治のココバナカフェ」(毎回楽しみにしています)など浦井さんについてよく拝見していたのですが、今回、舞台姿を初めて観劇。
 浦井さんといえばキラキラした陽だまりのような人というイメージがあり、へジンとしてキラキラ感を消し、孤独を体現するかのように舞台上にいる姿に、衝撃を受けたと同時に浦井健治さんはすごい俳優さんだなと感じた。結核で死が近づく中、ヒカルという存在が生きる希望となり、真相に気づいてもなお自ら『文字で建てた城』の中で目を逸らし続ける姿に衝撃を受けると共に『ペンまで奪わないでくれ!!』と友人の生きて欲しいという願いを拒んでもなお作家として生きる姿。そして、真実をセフンから伝えられ、2年後のヘジンの手紙での優しさに溢れた歌声に涙が止まらなかった。

木内健人さん演じるユン
 この作品と出会うきっかけをくれた木内さん。木内さんが出演していなければこんなに作品について深く向き合い、考える時間はなかったと思う。
2幕、友人を「死」に向かわせたくないユンはペンを奪うけどヘジンが「ペンが奪われたらただの死に向かう肺病患者」という台詞に対して、友人として生きて欲しいが作家としてペンを奪われる辛さの感情が入り乱れる姿に毎公演涙が止まらなかった。
また、共に生きる伴侶にてセフンの才能に気づき、埋もれさせることはできないと語り、2年後留置所にてわざとセフンを呼び出して『書き続けろ』と伝える姿にユンの優しさを感じずにはいられなかった。

斎藤准一郎さん演じるテジュン
学芸部長
 斎藤さんは「赤と黒」、「20世紀号に乗って」そして、今回の「ファンレター」次回作の「天保十二年のシェイクスピア」と観劇作品によく出演されていて勝手にご縁があるなと感じてます。笑
 准さん演じるテジュンさん台詞の端々からセフンのことを気にかけている姿から優しさを感じずにはいられない。

畑中竜也さん演じるファンテ
 評論家。
作中で一番リアリストながらも芸術に対して情熱を持っている人物。
テジュンが七人会で同人誌を発刊すると宣言した際、ユンとスナムは賛成している中、京城での朝鮮語での文学活動の制限の噂や人数を増やす危険性などを説いている。しかし、2幕七人会が何者かによる投書にて「一部は失われても決して全てではない 我らは耐えて生き残る いつかまた書ける 今できることするんだ」公演を重ねるごとにその歌声が強くなり、必死に芸術を守ろうとする姿に毎公演涙が止まらなかった。

常川藍里さん演じるスナム
 モデルは金起林。心から純文学の可能性を信じている。2幕投書のシーンにて、ユンがセフンをヒカルと疑い文字書かせている一連の行動をスナムは目線を逸らしていたり、違うと分かった瞬間崩れ落ちる姿。それだけでもスナムという人物が純粋な人とわかる。

各シーン 覚え書き

(印象に残った台詞やフレーズなど書いていきます 箇条書き)

1幕 
プロローグ 1937年春、京城 三越百貨店屋上のカフェ
♪遺稿集 客たち (曖昧な部分あり)
・木内さん 帽子 ロングコート 新聞
・斎藤さん キャスケット ジャケット メガネ 新聞
・畑中さん 帽子 ジャケット
・常川さん キャスケット ジャケット メガネ
・サイレン=日本統治下の象徴的なもの

1場 1937年 東京留置所 面会室
♪ 彼女の誕生と死 セフン/イ・ユン
イ・ユン 留置所の勾留された姿 1935年の七人会にいる時より顔色が悪いような(結核が悪化しているような)感じ。
・イ・ユン「手紙読みたければ”ありのまま話せ”」が毎公演台詞のようになっていく姿に衝撃を受ける日々。

2場 1935年 朝鮮 セフンの家
♪誰も知らない セフン/ヒカル/へジン
・この場面の序盤にてなぜヒカルというペンネームを生み出したのか語られる。
・「でも小説を書いていることはバレなかった」「やっぱりペンネームを使って正解だった。」「ヒカルが誰か知らずに賞をくれた」「その前は貶してばかりだったくせに」この台詞が当時の状況を象徴しており、印象に残っている。


3場 1935年 京城 ミョンイル日報の編集室
♪ナンバー7 イ・ユン/テジュン/スナム/ファンテ

・テジュンが七人会にて同人誌を発刊すると宣言し、ファンテの台詞の端々から日本統治下を感じずにはいられない

4場 1935年 ミョンイル日報の編集室

・テジュンがセフンを七人会に紹介するシーンにて「日本語が上手い」という台詞がある。この言葉を聞いた瞬間、明らかにスナムとファンテがペンを止め苦い顔をする。この行動からも歴史的背景を感じずにはいられない。
・スナムが「ヘジン先生はいつくるんですか?」と言った瞬間のセフンの細かい仕草からユンは、薄々ヘジンが好きな作家って気づいていたんだろうなと考えてしまう。

♪涙あふれる セフン/へジン
・セフンが手を伸ばすところでユンの髪の毛に手が直撃していたり、へジンに原稿を頼まれた際ユンの原稿を問答無用で持ち去られたり…毎公演ニコニコしながら見ていました。

『どんな表現がいいか 慎重に選ぶ横顔 ゆっくりそして早く 動くその手
指先から紙の上 迸る世界 顔に揺れる日差しが輝いている』
・このシーンのセフン(海宝さん)とヒカル(晴香ちゃん)が一挙手一投足揃っていて(どこかのアフトクにて)回数を重ねるごとに揃ってきており、久しぶりに観劇にきた振付家の人にびっくりされたとお話しされていたのが印象に残っている。

♪彼女にあったなら へジン/セフン
・へジンがヒカルについて語る時、どこか表情が明るく、ヒカルの存在がヘジンにとって生きる希望だったとわかる。

・「紙には用心しろ 刃物より、紙で切った傷の方が痛みも強く長引く おかしいだろ 刃物じゃないのに 紙に書かれた言葉の方が心に鋭く残るからだろう」

5場 数日後 1935年 ミョンイル日報の編集室

・ユンとへジンの友人としての関係性がわかる場面
・「手紙は待つのが楽しみ」など手紙がこないことにより、落ち込むへジンを友人として気遣う姿、やり取りがたまらなかった。

6場 1935年 ミョンイル日報の編集室・セフンの部屋
♪嘘じゃない セフン/ヒカル
・ヒカルとセフンの振りが鏡のようになっている
・照明が物語の分岐点かのようになっていたのが印象的

7場 1937年 東京留置所 面会室

8場 1935年 ミョンイル日報の編集室
♪新人誕生(遺稿集rep) テジュン/読者/評論家
・常川さん ジャケット メガネ 帽子
・畑中さん ジャケット キャスケット
・木内さん ロングコート 帽子

・ラスト畑中さんと常川さん演じる読者、木内さん演じる評論家がサイレンの音と共に文芸誌を隠して去っていく=歌詞『抑えられ見張られる時代』とあるように文芸誌を読んでいることによって…この当時に京城にて朝鮮人が置かれていた状況が理解できる。

9場 1935年 ミョンイル日報の編集室
♪文字、そのままに ヒカル
・ヒカル「こうなると思った!!思ったとおり!!」
容姿がボブに朱色のお衣装で自信に満ち溢れた姿

10場 1935年 ミョンイル日報の編集室

・スナム「こんなことなら屍に恋焦がれる方がいい」の「屍」という単語が公演を重ねるごとに強調されていくことにより、2幕「共に生きる伴侶」での「屍に恋焦がれる方がいい」の意味合いが変わっていくように感じた。

♪ミューズ へジン/イ・ユン/テジュン/スナム/ファンテ

11場 へジンの家ーセフンの家
♪繊細なファンレター セフン/ヒカル/へジン

・兵庫にて、ヘジンが「毎日のように喀血しています….肺結核の3期!!残された時間は少ないのです!!」の台詞にて一瞬「肺結核の3期」書こうか迷ってペン止めるよな仕草、台詞の間ができたことによってこの後に続く「あなたを失うのが怖くてずっと言い出せなかった!!」が更に苦しくてたまらなかった。

2幕
12場 1935年 ミョンイル日報の編集室
♪投書 イ・ユン/テジュン/スナム/ファンテ

♪彼女の誕生と死rep.  セフン/イ・ユン/テジュン/スナム/ファンテ

・スナム「壁新聞でも貼っていればいいのですか!?」の怒りと悲しみと悔しさが混じり合った表情に涙が止まらなかった。

13場 1935年 セフンの仕事場
♪文字、そのままにrep. ヒカル
♪星が輝く時間 ヒカル
♪共に生きる伴侶 イ・ユンへジンヒカル7人会

・ユンの表情が苦しくて、友人を死に向かわせたくない思いと作家としての思いが交互に見えて…
♪星が輝く時間rep.

14場 1935年 セフンの仕事場
♪ 鏡 セフンヒカル
・セフンとヒカル一人の人間の2つの内面が激しい争いを繰り広げていて、苦しかった。

15場 1935年 しばらく後、セフンの仕事場
♪告白 セフンへジン

16場 1937年 東京留置所 面会室
全てを知った後のユンは穏やかな表情だった。
そして、「7人会」のことをお話しする瞬間に涙ながらに「俺たちの仕事は決して無駄なことじゃない読者の一人は救えるだろう」と言う姿に涙が止まらなかった。

17場 1937年 ミョンイル日報の編集室
♪へジンの手紙 へジン
・「それが誰であろうと」という言葉にセフンが救われたのではないかと感じる

エピローグ ヘジンとヒカルの小説発表記念回
♪私が死んだ時(セフンの送辞) セフン
・セフンがヒカルの元へ歩み寄っていくのは、ヘジン先生に愛されていたのは片割れの自分(ヒカル)だけではなくセフンも愛されていたことを手紙によって受け入れることができ、自分自身を愛せるようになり、ヒカルを受け入れて書けるようになったかな…と

カーテンコール
♪ ナンバーセブンrep. 全員
・最後暗転までの数秒間『芸術の火を残すために』
今この作品を観劇している私たちに対して強い目線でメッセージを問いかけられていると感じた。

貸切公演の挨拶and千秋楽挨拶記録(東京&兵庫公演)まとめ



9/ 21おけぴ貸切(曖昧な部分あり)

晴香ちゃん
おけぴ貸切公演にて配られるおけぴ人物相関図においてみなさんのチャームポイントが書かれているのですが、晴香ちゃんのお気に入りはテジュン学芸部長の髭だそうです。(斎藤さん曰く自前の髭だそうです)
演劇で新たな扉を開いてください

浦井さん
好きなとこ3つ言います。
1海宝くんとはるかちゃんの歌唱力凄いんだけどお芝居もすごい
2光と影を大切にしてる(栗山さん)作品だけど、影という意味でスタッフさんの熱量もすごくて、公演のたび音なく歩くスキルが上がってる。
3スナムの台詞が好き。回を増すごとに余白が生まれている。

海宝さん
おけぴとぴあを上手に使ってまた、劇場や兵庫公演に足を運んで欲しい。

9/ 25ぴあ貸切

晴香ちゃん
みなさんに好きな台詞&ワードのアンケートを実施

ファンテ先輩役 畑中竜也さん
「芸術の火を残すために」

スナム役 常川藍里さん
「奪われた野原にも必ず春は来るから」
「俺たちの仕事は全く無駄なことじゃない 読者の一人は救えるだろう」

テジュン学芸部長役 斎藤准一郎さん
「ヘジン先生は私がはじめて出会った春のような方でした」(海宝さんの言い方も大好きだそうです!!)

ユン役 木内健人さん
「どこか違う土地に根を下ろしたような毎日」

ヒカル役 木下晴香さん
「たくさん書いてたくさん考えなさい」

浦井さん
ご挨拶の冒頭に好きなフレーズは「どこか違う土地に根を下ろしたような毎日」と紹介。今作品は手が多く使われている。言葉や余白のお話も。

海宝さん
寒暖差により体調を崩さないようにとご挨拶

海宝さんが締めにぴあでチケット買ってまた劇場に来てください

9/ 26 e+貸切

晴香ちゃん
稽古場から30回ぐらい通しで行っているけど公演重ねてもそういった感覚がない
栗山先生の本「演出家の仕事」にて「演劇とは歴史を再生する装置」という言葉があり、俳優はその時代に出向かなければならない
歴史を再現できているかはわからないけど近づけるようにそして、観客の皆様はその目撃者になって欲しい

浦井さん
栗山先生が「演技は役者が消え、戯曲が消え、演出家が消えて完成する」と言っていたが、栗山先生はどうしても無くならない(笑 栗山先生が無くなるように精進していきたい

海宝さん
稽古場で栗山先生が空調の音がうるさい!!となったため、空調を切って通し稽古を行なったそうです(ものすごく暑かったと)

最後にイープラスポーズをして終わりました。
木内、木下、畑中はものすごい色々肩回したりして準備。
浦井、常川、斉藤はゆっくりマイペースに準備。
左右の準備の差がすごくて面白かった笑

9/30 ファンレター 東京千秋楽公演 (曖昧な部分もあります 晴香ちゃん  畑中さん 思い出せず 申し訳ないです)

常川さん
千秋楽を迎えることができ感謝。
キムスナム役のモデルとなった評論家であり詩人でもある金起林さんの言葉を引用されたご挨拶

「詩を読むことだけでは誰も満足できなかった、心から歌いたかったのだ」

金起林より

この金起林の言葉を噛みしめて心を込めて最後まで演じる。

斎藤さん
まずは無事に千秋楽を迎えることができてよかった。今作品でシアタークリエデビュー。そして、兵庫は地元なので兵庫公演もお待ちしています。

木内さん
 俳優なのか役なのか時よりわからなくなることがあり、死に向かうのが浦井さんなのかヘジンなのかわからなくなった。また、七人会のモデルとなった九人会。史実だとへジンのモデルの方が亡くなり、ユンのモデル李箱が亡くなり5年ぐらいで解散となってしまう。編集室や楽屋でみんなで笑顔で過ごしてる時、これからどうなってしまうんだろうかと考えると情緒不安定。

浦井さん
素晴らしいカンパニーに支えられここまで来れた。(演出の)栗山さんの手の上でうまく転がされていた。板の上で学ぶことが多い、そんな作品。
晴香も言っていましたが、我々にはモデルとなった方々がいて、栗山さんが言っていたのは、演劇は歴史の再生装置であると。 この作品でセフンが獄中のイ・ユンに"先生!"と呼びかけるシーンがある、その人物をそうさせているのは周りがそう思っているからその人が存在する。それって演劇も同じ。ここ(シアタークリエ)って地下のすごく密閉された空間ですけど、春を見ることができる。お客様がそう思ってくれるから、春を見ることができると思う。見ようと思ってくれるから見ることができる、それが演劇。

海宝さん
この作品を観劇し、様々な感想や皆さんの中で問いができたと思う。その問いは一生かけても答えに辿り着くことができないかもしれない。
この作品を純粋に愛してほしい。


10/6 ファンレター 大千穐楽公演

常川さん
 稽古から2ヶ月半、役者として貴重な経験をさせてもらった。韓国クリエイターの皆様、演出の栗山さん、振付の方、オケの皆様、思いを寄せてくださった皆様に感謝。歴史のことを勉強する中、その時代を生きた人々の心を知り、思いをつなぐことができて幸せ。舞台は終わってしまいますが、美しい言葉、音楽が皆様の心に残れば幸せ。

畑中さん
(キムスナム役と言い間違えてしまう場面もあり)
なんで自分がここに立ってるのか不思議と今も思うし、日々それを感じていた。とても重圧があった。皆様や栗山さんから頂いた言葉のおかげで、この作品に出会わせてくれたことにありがとうございました。

斎藤さん
「キム・スナム役を」と畑中さんに引き続き名乗る場面も笑
関西人ですからと笑  寂しい。この作品で栗山さんと出会えて鍛えてもらって幸せでした。第2の演劇人生が始まったと感じる。これからも芸術の火を残すために精進します。

木内さん
ヒカル役を…
しゃべりたいことがいっぱいあって、考えがまとまっていません。あと3回くらいあると思ってたが…。ここ5年、コロナで厳しかったりして、求められていない気がすることがあって(たまに今も感じている)。栗山さんは、「演劇は歴史を再生する装置」とおっしゃっていますが、演劇・芸術は尊いものだと感じ、命をかけて作品と向き合わなければならないと思った。「俺達の仕事は全く無駄じゃない、読者の1人は救えるだろう」、の言葉に救われました。お客様の1人でもそう思ってくれたらうれしい。

晴香ちゃん
セフンの片割れ
 この作品を演じながら、自分を自分たらしめているものはなんだろう?と考えた。名前、住んでるところ、作品、歌。出会いというものが残っています。栗山さんは瞬間瞬間出会うということを大切にしてくださいとおっしゃっていました。この作品に出たことで、宝物のような日々を過ごすことができた。演劇の力ってすごい。セフンを愛してくださった皆様、ありがとうございます。

浦井さん
このカンパニーの皆様の挨拶はすごい、長くて饒舌で。大変な作品ですが、真心込めて演じさせていただきました。(木内)健人も言っていた栗山さんの、演劇は歴史を再生する装置だという言葉。遺伝子レベルで、種となって届けられる。ヘジンが去っていく後ろ姿は、稽古場から去って行く栗山さんの背中を真似ていた。 今日まで、皆さんに支えられてきました。ありがとうございました。

海宝さん
感謝の気持ちでいっぱい。バンドの皆さんとも、ここはこういう気持ちだからと、確認しながらやってきた。稽古場からセットを組んで、素晴らしい環境を作ってくださったスタッフの皆様にも感謝。この作品に皆が魂を込めていました。信頼して託してくださった韓国のクリエイターの皆様と、奇跡のような出会いがあった作品。ユンの、「一行の言葉が人を動かせる」、という言葉がすごく好きで、演劇はまさにそれだということ。これから表現者として誠実にやっていきたいです。千穐楽まで応援ありがとうございました

まとめ

 この舞台からたくさんの言葉や様々な感情を受け取り、自分なりに問い続けることのできる充実した観劇期間でした。

今公演のご挨拶にて、(Xやレポで拝見した)初日にヘジン役の浦井さんがおっしゃられた「忘れない」という言葉に心打たれ、公演期間中ご挨拶内にて、栗山民也先生の著書「演出家の仕事」内の言葉である「舞台は歴史を再生する装置」が何度か登場し、私自身その本を公演期間中に読み感銘を受けた言葉です。

この期間を通じて改めて「ただの演劇や舞台芸術として消費するのではなく、観劇する側もこの物語に流れる背景を知り 歴史を忘れないことが大切」と強く感じてます。

この公演期間1930年代という激動の時代を生き抜いた純粋芸術を守べく戦った文人たちの物語の目撃者になることができ、繊細な音楽と言葉の数々宝物のような作品がまた一つ増えました。

この作品に関わる全ての皆様に感謝です。

(今回の観劇にあたり、お世話になった本たち)

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
この作品に出会った方々の心に残り続ける作品となりますように。
またどこかでこの作品と再会できる日を心待ちにしています。

公演記録

9/9〜9/30 シアタークリエ(東京)
10/4〜10/6 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール(兵庫)
全32公演
出演者
チョン・セフン役 海宝直人さん ヒカル役 木下晴香さん イ・ユン役 木内健人さん イ・テジュン役斎藤准一郎さん キム・ファンテ役 畑中竜也さん キム・スナム役 常川藍里さん キム・ヘジン役 浦井健治さん

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