知財キャリアにおける視座の上げ方
はじめに
久々に発信欲が出たので書きます。以前の記事で知財キャリアを描く際の二つの軸を紹介しました。簡単にまとめると、知財業務と技術分野の2軸がある中で自らがやりたい目標エリアを定める形で知財キャリアを整理することをオススメしています。
一方で、一定の経験を積み幅広いエリアをカバーできるようになると、よくも悪くもあらゆる知財業務に慣れてしまい、知財人材としての目標や成長シロを見失ってしまうことがあります。
今回はそのような場合に視座を上げて自身の成長をするためにどうすればいいのか、筆者なりに思っていることをまとめようと思います。
知財人材の成長過程
そもそも知財スキルがどのように伸びていくのかというところから始めます。知財の難しいところの一つが、すぐに結果ができない点だと思います。出願してもそれが特許になるのかどうかはスーパ早期審査でもしない限りすぐにわかりませんし、特許になったとしてもそれがどのように事業に貢献するのか、訴訟で勝てる権利なのかといった点は、10年経ってもわからないかもしれません。これは知財の価値を考える上でも悩ましいですが、個人の成長という観点でもフィードバックが掛かりにくいという課題をもたらします。
そのため、一つの案件ではなく段階の異なる複数の案件を担当することでフィードバックをかける必要があります。
例えば、中間処理で明細書の記載が不十分で補正案に苦労したり、明細書のちょっとした記載でいい補正案が思いついたりすることで、どのような記載を明細書で書くべきかという理解が一気に進むでしょう。
他社特許の侵害鑑定や知財係争・異議申立/無効審判を経験することでどのようなクレーム表現が侵害主張しやすいか直感的に学ぶことができます。また、知財戦略を考えることで出願・権利化業務で本当に抑えるべきポイントや重要な案件の見立てがより精度良く立つでしょうし、知財係争の経験が知財戦略を考える上で重要な視点を提供してくれるかもしれません。
これは各知財業務が相互に作用しているため、一つの知財業務を経験することが他の知財業務スキルを向上させているとも捉えることができます。この相互作用があることを踏まえて、複数の案件を通して、一つの業務だけでなく一定の幅を持って経験を積むことが重要となります。
視座の上げ方
ここまでが一定の知財スキルを得る上での比較的セオリーな成長方法だと思います。しかし、10年程度このような業務を経験し、知財業務間の相互作用を一定程度活用してしまうと、冒頭で説明した成長痛のような状態になってしまうことがあるように思います。
このような状況になってしまった場合、視座を一段高く上げること、もしくは視座が自然で上がるような環境に自身の身を移すことが重要だと考えています。
視座を上げるという観点では、上述の知財業務の相互作用は言わば知財レイヤー内での相互作用に過ぎません。一方で、知財はあくまでビジネスにおける一つの要素です。ビジネスにおいて知財活動で貢献しようとするなら、知財レイヤーから一段視座を上げビジネスレイヤーのあらゆる要素との関係で知財をどのように活用するか考えることで、新たな視点や経験が得られることになり、個人としても成長できることがあります。
ビジネスレイヤーの要素と知財
ビジネスレイヤーの視点で考えようといっても、そんなのあたりまえでしょと思うかもしれませんが、ここで重要なのビジネスレイヤーの解像度を高め各要素ごとの視点で考えることです。
事業全体の流れに沿って改めてその要素を整理すると、事業上必要な資金を集めるファイナンス、人を集め組織を作るHR、プロダクトを作る開発、プロダクトを売るセールス、事業や組織について発信するPR、事業上必要となる法律業務を推進する法務などあります。
ファイナンスでは、デットであれエクイティであれ資金を獲得するには自社の企業価値だったり事業計画の妥当性を資金提供者に理解してもらう必要があります。そのため、自社の企業価値を向上させるためにどのような知財を取得すればいいか、事業計画の妥当性を知財で説明できないかという視点が、ファイナンスを意識した知財活動になります。また、ファイナンスの一般的な知識としてどのように企業価値が算定されているのかという知識が得られると、知財を企業価値に変えるにはどうすればいいかということを考える基盤になるでしょう(ここを考えるのは非常に難しいですが)。
HRでは、自社の技術力の高さを知財で示すことでエンジニア採用に貢献できないかという視点もあれば、知財組織を構築する際に採用や組織マネジメントの観点でHR業界で言われている知識が活用できないかといった点でもHRと知財活動がと関連してきます。
開発は、言わずもがなですが、エンジニアだけでなくPdMやデザイナーの視点で、どのような顧客の課題にフォーカスして、どのようなことを大事にしてプロダクト開発をしているのか知ることができれば、より本質的な発明発掘や権利化活動ができるかもしれません。
セールスでは、顧客の課題を自社のプロダクトで解決するだけでなく、競合よりも優れている点を説明することも必要になりますが、競合優位性を顧客に説明するために知財を活用できないか、どのような知財が取得できればセールスがよりスムーズにいくかという視点が、セールスを意識した知財活動になります。
同様に、PRの視点ではどのような知財活動ができるのか、法務の視点ではどのような知財活動ができるのか、その他のあらゆるビジネス活動と関連して知財活動を意識することでまた新たな知財活動を考えるきっかけとなり、個人として成長できるきっかけになるでしょう。
事業や研究開発とともに三位一体の知財活動が重要だということは知財業界の人であれば何度も意識しているとは思いますが、事業や研究開発といった抽象的な括りだとイメージしにくいと思います。上述のようなビジネスレイヤーのより具体的な要素ごとに、出来れば各分野の担当業務を横目で見ながら解像度高く意識すると、新たな視点で知財活動を取り組むことができると思います。
ということで、すでに意識されている方もたくさんいると思いますが、もしも自身の知財スキルの点で伸び悩んでいる方は、一段高い視点で考えて見ることをオススメします。そもそも、このような視点は知財部門以外の部門との接点が多くないと、意識するのも難しいですししく、いざ意識しても実践的に行動しにくいところがあると思います。そのような場合には転職なども含めて自身の環境を変えてみることも一つの選択肢かもしれません。