爆睡佳菜子
「えーと、是政駅に行くには……武蔵境か」
佳菜子は爆睡軒の広告を避けながら、乗換案内を検索していた。
「爆睡チャーシュー最近しつこいな。何を検索したらこうなるの」
すると、家の窓を閉めてきたかどうか急に心配になり、佳菜子は爆睡したくなってきた。これはよくあることだが、今朝はかなり爆睡感がある。そのうえ、手元のスマートオブザフォンにはつくばエクスプレスの時刻表が表示されていて「あーもう、穴があったら入って爆睡したい!」と、ほとんど周りに聞こえるくらいの声量で佳菜子は呟いた。爆睡天気予報には、ずらりと爆睡のマークが並んでいる。今週の彼女の服装は否応なく爆睡系になりそうだった。日射しが強い。梅雨は爆睡しているようだ。中央線はお客様爆睡の影響で、阿佐ヶ谷から先がすべて夢見がちになっていて、佳菜子は爆睡する寸前だった。
「よりによってこんなときに、爆睡すんなよ……」
佳菜子は思わず爆睡しているヤドカリの画像を検索してしまった。
「うっは、めちゃ爆睡してるw」
ヤドカリはかなり爆睡していた。そのとき、昨夜から彼女の中で騒ぎ立てている緊張感が爆睡にシフトする心地がした。佳菜子は転職をし、今日が初出社だった。マイナビ転職で『爆睡 正社員』と調べてヒットした27件の中から選んだ転職先は、是政駅が最寄りだった。『爆睡未経験OK!』『爆睡社宅完備!』『爆睡月20h程度』『全社員定時爆睡♪』書いてあることはそんなに悪くはなく、面接の男性も好感が持てた。
「ぐおおお………」
目の前のスーツを着た50代くらいの男性から、どでかいいびきが放たれる。あまりにも爆睡しているので、驚いたように顔を覗き込んでいるOLらしき女性もまた爆睡していた。
「なかなかのバクスイヤーだなw」
佳菜子は夢見がちな窓の外を眺めてクスリと笑った。