【第4回】音楽が語る もう1つの『Extreme Hearts』〜スタイル発展期①
ヘッダー : TVアニメ『Extreme Hearts』#08より
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1. はじめに
※本連載のコンセプトについては第1回の記事を参照ください。
今回から、葉山陽和スタイル発展期の楽曲について考察していきます。
該当するのは、以下の2曲です。
大好きだよって叫ぶんだ
Happy☆Shiny Stories
『SUNRISE』で新しい作曲スタイルの基礎を固めた陽和は、それをさらに発展させていきます。「エクストリームハーツ」を勝ち進んだことで生まれた他チームとの交流を通して、スポーツ面だけでなく音楽面でも、自分にないものを積極的に取り入れようとしたのです。
スタイル発展期の楽曲は、RISE楽曲として初めて挑戦するタイプのテーマや曲調で書かれています。新しい基礎の上に、陽和はどのような作品を構築したのでしょうか。
前記事から期間が開いてしまっているので、1曲ずつ考察記事を投稿していくことにします。今回は『大好きだよって叫ぶんだ』を取り上げます。
註 : 本記事中の人名はすべて敬称を略させていただきます。
2. 大好きだよって叫ぶんだ
①「らしさ」の拡張
アニメ第8話で登場する、5人体制のRISEが初めてライブで披露した楽曲です。音源化されている葉山楽曲の時系列では初めて恋愛が明確に歌われており、よりアイドルソングらしい内容になっています。
この点については、他の「エクストリームハーツ」参戦チーム、特にLINK@Dollからの影響を無視することはできません。第3話の初ライブ直前のシーンで、陽和はLINK@Dollのステージを熱心に観察していました。正統派アイドルのパフォーマンスを間近で見た陽和は、アイドルチームとして活動していく上で、RISEにも恋愛ソングが必要だと考えたのかもしれません。
また、RISEメンバーの存在が陽和の楽曲制作に影響を与えている点も注目に値します。メンバーの増加に伴ってメロディーやアレンジを変更することや、メンバーの1人である橘雪乃と共にアレンジ作業を行うことは、ソロシンガー時代には考えられないプロセスでした(CDアルバム『BEST 4U』収録ボイスドラマ『陽和&咲希&ノノのB4Uストリーム』参照)。
このような経緯で生まれた本楽曲では、従来の陽和らしさを表す葉山進行(や、それに付随するモチーフA)よりも、他者からの影響を表すモチーフBが重要な役割を果たしています(ここでの「影響」がポジティブなものであることは言うまでもありません)。また、そうした影響が昇華された「新しい陽和らしさ」を表す主題としてRISE進行が使われており、葉山進行がまったく登場しないのも大きな特徴と言えるでしょう。
そこで今回は、「陽和らしさ」を拡張するモチーフBとRISE進行の使い方に注目してみたいと思います。
②モチーフBの再解釈
モチーフBについては前記事で取り上げた2曲においてすでにポジティブな使用法が認められますが、本楽曲では盛り上がりの中核を担うコード進行にモチーフBの反行形が組み込まれており、これまでよりもさらに強烈で印象的な音使いになっています。
A → Aaug/D♯ → Dmaj7
こちらはサビ冒頭のコード進行で、「ミ→ミ♯→ファ♯」という上行する半音進行=モチーフBの反行形が含まれています(図1参照)。2番目のコードAaug/D♯はBlackadder Chordと呼ばれる(Youtuber・ピアニストの鈴木悠太は「イキスギコード」と名づけており、作曲家の田中秀和が愛用していたことでも知られる)コードの一種で、サビがもたらす高揚感の一因と言えるでしょう。このような強いコード進行は過去の葉山楽曲に見られなかったものであり、「新しい陽和らしさ」の一端を感じることができます。
もう1つ、サビの後半でモチーフBが下行形のまま使われていることも注目ポイントとして挙げられます。
F♯m → Aaug/E♯ → A/E → A(♭5)/D♯
ストリングスが「ファ♯→ミ♯→ミ♮→レ♯」という半音が3つ連続する下行形を奏でています。いくつかの解釈が可能ですが、モチーフBの拡大と考えるのが最もシンプルで分かりやすいかと思います。
これまでモチーフBの基本形はネガティブな要素として使われていましたが、この部分では続いて歌われる "大好きだよって叫ぶんだ" というフレーズを準備し期待を煽るかのようであり、ネガティブには聞こえません。本楽曲ではモチーフBの再解釈が行われていると見るべきでしょう。
モチーフBを反行形ではなく基本形のまま使っている点からは、影響を受け入れること、よりインプットにフォーカスしたニュアンスを強く感じます。しかし、それは受動的ではなく能動的なものであり、自らの音楽をより良くするためのポジティブな行動です。『名もなき花』ではため息のようだったモチーフBが本楽曲で決然と鳴り響いているのは、こうした意識の変化を表しているのではないでしょうか。
③「道標」としてのRISE進行
前述の通り、本楽曲には葉山進行がまったく登場せず、代わりにRISE進行が重要な役割を果たしています。
これまでの『名もなき花』以外の葉山楽曲では、冒頭で葉山進行をそれぞれ異なるニュアンスで提示することで各楽曲のキャラクターや方向性が示されていました。本楽曲もそれに倣っているのですが、大きな違いは提示される主題がRISE進行である点です。
Cadd9 → Bm7 → Em7 → F♯m7 → G → A → D
こちらは "この想いは止められないよ いつだって" と歌われる冒頭セクションのコード進行で、"いつだって" という歌詞の直後(Em7 → F♯m7 → G → A)がRISE進行④になります。"この想いは止められないよ" に当たる部分の浮遊感のあるコード(Cadd9 → Bm7)が、RISE進行によって安定感の強いDコードへと導かれる流れになっており、不安定から安定へと向かう引力が開始早々リスナーの耳を惹きつけます。
このセクションは少しアレンジされてアウトロ前にも現れます。葉山楽曲の中で特に転調が多い本楽曲ですが、RISE進行が安定感の強いコードへ導くことによって最初と最後のセクションの調であるニ長調の重みが増しており、「不安定→安定」の引力によって楽曲が引き締められています(図2参照)。
環境の変化や新しいスタイルへの挑戦を転調によって表しているという過去記事での考察を踏まえると、転調が多い本楽曲は、様々な影響を受けながら成長しようとする陽和の試行錯誤を表していると解釈できそうです。また、陽和らしさを表す主題であるRISE進行が出発点と終着点を示す道標のような役割を果たしており、転調が多くても地に足がついた音楽に仕上がっています。決して揺らぐことのない芯があるからこそ、影響されすぎずに他者から学ぶことが可能になるということが、楽曲構造で表現されているのです。
④「大好きを叫ぶ」ために
さて、ここまで考察してきた通り、本楽曲では主題の扱い方に大きな変化が認められます。
過去の葉山楽曲では、「らしさ」を表す葉山進行が何度も登場したり、「影響」を表すモチーフBが反行形になり意味が逆転したりと、アウトプットにフォーカスした表現がされていたのに対して、本楽曲では葉山進行の主張がなくなり、モチーフBの基本形が使われるなどインプットがフォーカスされています。にもかかわらず、楽曲テーマはアウトプットであるのが面白い点ですね。
何かを表現しようとするとき、無から有を生み出すことはできませんし、より良いアウトプットのためには多くのインプットが必要不可欠です。「大好きを叫ぶ」ことを歌う音楽の土台がインプットを表現しているのは、非常に示唆的だと感じました。
自らが理想とする音楽にこだわるあまり周囲に壁を作ってしまっていた陽和ですが、スポーツへの挑戦と初ライブで得た自信をきっかけにその壁を打ち破り、互いに好影響を与え合う健全な関係性の構築に成功しました。インプットを恐れなくなった陽和は、新しい刺激によってもともと持っていた高い音楽センスをさらに飛躍させることができたのです。
RISE進行とモチーフB、そして様々な調が共存する本楽曲は、そんな陽和の成長が歌詞と構造の両面から感じ取れる音楽だと言えるでしょう。
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