ウクライナ民謡 沼(7)『月明りの夜』Ніч яка місячна
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ウクライナ民謡 沼
今回は、日本でも比較的知られている『月明りの夜』をとりあげたい。
1.お勧め動画
まずは、ウクライナのテノール歌手ソロヴィヤネンコの独唱。
Анатолій Соловьяненко "Ніч яка місячна"
アナトーリイ・ソロヴィヤネンコ『月明りの夜』
次に、ウクライナ民謡を専門に歌う、エクスプレス・バンドの演奏。
Гурт Експрес "Ніч яка місячна"
エクスプレス・バンド『月明りの夜』
2.歌詞の読みかた(発音)
歌詞の発音のローマ字表記は、添付資料のとおり(画像 / PDF)。
2-1.歌詞(ローマ字発音表記)画像
2-2.歌詞(ローマ字発音表記)PDF
3.民謡のなりたち
元々ウクライナ民謡として伝わっていた曲を、ウクライナの詩人・作家スタルィツクィイ(Михайло Петрович Старицький, 1839-1904)が歌曲に書き改めたと言われる。
スタルィツクィイは、親友の作曲家ルィセンコ(Микола Віталійович Лисенко, 1842-1912)とともに、ゴーゴリ(※ 注1)の『五月の夜、または水死女』(※ 注2)をモチーフにしたオペラのために曲を書いた。
スタルィツクィイ版『月明りの夜』については、ウクライナ系アメリカ人歌手、ケイシー・シシク(クヴィトカ・ツィスィク)が、オリジナルバージョンの録音を残している。
Квітка Цісик "Ніч така, Господи, місячна, зоряна"
クヴィトカ・“ケイシー”・シシク(ツィスィク)『まあ(主よ)、何という月明りの夜、星明りの夜でしょう』
※ クヴィトカ квітка (kvitka)(女) とは、ウクライナ語で「花」の意。
クヴィトカ・ツィスィク(ケイシー・シシク)について、詳しくは以下を参照のこと。
(出典:ウクライナ語ウィキペディア「Квітка Цісик(クヴィトカ・ツィスィク)」)
現在、最も知られているのは、1914年にオヴチンヌィコウ(Василь Павлович Овчинников, 1868-1934)とヴォロシチェンコ(Андрій Прокопович Волощенко, 1883-1959)という2人のコブザール(ウクライナの民族楽器コブザもしくはバンドゥーラを奏でる吟遊詩人)がアレンジした曲とのこと。
ただし、帝政ロシア時代に書かれた歌詞には、「Господи(主よ)」という文言があったため、無神論を国是としたソヴィエト時代に、再び改変を余儀なくされたという。
その後、『月明りの夜』は、1973年の映画『戦に行くのは老兵ばかり(В бой идут одни старики)』の挿入歌として、ソヴィエト全土で広く歌われた。
主役は、脚本・監督を担当したウクライナ人のブィコウ(Леонід Федорович Биков, 1928-1979)。
ブィコウは、挿入歌として『月明りの夜』を使用することを熱望し、上級中尉スクヴォルツォフを演じたウクライナ人俳優タラシュコ(Володимир Дмитрович Талашко, 1946-)にウクライナ語で歌わせた。
※ 以下に、映画『戦に行くのは老兵ばかり』より、『月明りの夜』の動画を紹介するが、歌の末尾部分が戦闘機墜落シーンに切り替わるので、あらかじめ通知しておく。
"В бой идут одни старики"より"Ніч яка місячна"
『戦に赴くは老兵ばかり』より『月明りの夜』
この歌がどれほど旧ソ連圏で愛されて来たか、窺い知ることのできる動画があるので、とりあげたい。
以下にとりあげる動画の収録日は、2015年2月。
2014年3月のロシアによるウクライナ・クリミアの併合と、その後のウクライナ東部ドンバス地方におけるウクライナとロシアの戦闘を受けてのメッセージだと思われる。
動画の冒頭、極東サハリン州シャフチョールスク市出身の歌手スミシェフスキイと、カザフスタン出身の実業家トゥルルベコフによるメッセージが述べられる。
Ярослав Сумишевский и Ерболат Турлубеков "Ніч яка місячна"
ヤロスラフ・スミシェフスキイ&エルボラト・トゥルルベコフ『月明りの夜』
コメント欄には、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスなど、旧ソ連の各国から、ウクライナ語、ロシア語、ベラルーシ語などによるメッセージが寄せられている。
みんなが苦しい思い、悲痛な気持ちを抱えている。
いったい誰のための戦争なのか。
『月明りの夜』の由来や歌詞の解釈などについては、以下のサイトに詳しい。
(出典:songs.in.ua)
(出典:ウクライナ語ウィキペディア「Ніч яка місячна(月明りの夜)」)
4.歌詞の意味
以下に、原詩を訳出する。
あらかじめ、詩心のなさと、ウクライナ語の実力不足については、懺悔しておく(私は詩人じゃないので・・・と言い訳しておきたい)。
随所に、「僕のお魚さんよ(моя рибонько)」、「白鳥さんよ(лебедонько)」と、恋人を表現する名詞が挿入されている。
名詞は、表愛形を呼格(呼びかけの形)にした形となっており、語り手から恋人に向けられた、優しく細やかな愛情がひしひしと伝わってくるようだ。
5.いろいろな演奏
『月明りの夜』は、ウクライナの音楽家を中心に、多くの歌手のレパートリーになってきた。
音源が無数にあるので、ここではとくにウクライナの歌手を中心に紹介しよう。
まずはクラシックの声楽家による歌唱から。
Костянтин Огнєвий "Ніч яка місячна"
コスチャンティン・オフニェヴィイ『月明りの夜』
Борис Гмиря "Ніч яка місячна"
ボリス・フムィリャ『月明りの夜』
Микола Кондратюк "Ніч яка місячна"
ムィコラ・コンドラチュク『月明りの夜』
Дмитро Гнатюк "Ніч яка місячна"
ドムィトロ・フナチュク『月明りの夜』
Ігор Борко "Ніч яка місячна"
イーホル・ボルコ『月明りの夜』
Леонід Гук "Ніч яка місячна"
レオニード・フーク『月明りの夜』
次に、ロックやポップスの歌手によるパフォーマンス。
Олексій Горбунов "Ніч яка місячна"
オレクシイ・ホルブノウ『月明りの夜』
Злата Огнєвіч "Ніч яка місячна"
ズラタ・オフニェヴィチ『月明りの夜』
Олег Винник "Ніч яка місячна"
オレフ・ヴィヌィク『月明りの夜』
Олександр Пономарьов "Ніч яка місячна"
オレクサンドル・ポノマリオウ『月明りの夜』
Аркадій Войтюк "Ніч яка місячна"
アルカジイ・ヴォイチュク『月明りの夜』
このほか、アルメニア出身の歌手エレーナの演奏。
Elena(Yerevan)"Ніч яка місячна"
エレーナ(アルメニア・エレバン)『月明りの夜』
※ ヘッダー写真の出典は、ウクライナ語ウィキペディア「クインジ」より。