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ウクライナ民謡 沼(4)『庭で遊んだの』В саду гуляла


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ウクライナ民謡 沼





1.お勧め動画


Los colorados(Лос Колорадос)- В саду гуляла
Los colorados『庭で遊んだの』


歌詞の1番は英語で、2番以降はウクライナ語で歌われている。
伝統的ウクライナ民謡のロック、レゲエ・アレンジといったところか。


2006年にウクライナ西部テルノーピリТернопільで結成された4人組バンドとのこと。

ウクライナ語と英語で歌い、農業をテーマにした曲が多いとか。


詳細は以下を参照されたい。


(出典:ウクライナ語ウィキペディア「Los_Colorados」)

(出典:英語ウィキペディア「Los_Colorados」)



2.歌詞の読みかた(発音)


歌詞の発音のローマ字表記は、添付資料のとおり(画像 / PDF)。


2-1.歌詞(ローマ字発音表記)画像



2-2.歌詞(ローマ字発音表記)PDF




3.民謡のなりたち


作詞者、作曲者ともに不詳。

ウクライナ民謡として伝わる歌詞には、さまざまなバリエーションがある。

現在もさまざまなアレンジで歌い継がれ、結婚披露宴や日常の食卓で、頻繁に演奏される機会がある民謡だとのこと。

歌詞のおおまかな内容は以下のとおり。


若い娘が庭で花を摘み、若者と出会う。
娘は若者を愛し、彼を魅了した。

若者は、心の底から彼女に惚れこんだが、結婚する気はないと正直な胸の内を明かす。

(不実な若者に娘が腹を立てたのか、その後二人は会えなくなった様子)

若者が「麗しきお嬢さん、どうして昨日は会いに来てくれなかったんだい?」と尋ねると、娘は「庭に行ってみたけど、あなたはいなかったわ。
しばらく待っていたけれど(来ないから)帰ったの」とつれない返事。

つづけて、娘は、もう二度とデートに行かないと告げ、代わりに自分に似た妹を送って寄こす。

恋人の気持ちを弄んだ若者は、彼女の妹とデートをしたことで、却って恋人の代わりなる存在など居ないことを実感する。

一見、似たような娘だけれども、話す内容も、言葉づかいも、顔も、眉も、恋人とは違う。恋人とおしゃべりするようにはいかない、と嘆く。


相変わらず、ウクライナ語の理解が未熟なので、ウクライナ語で書かれた記事などを参考に、歌詞の解釈をした。今回も、ベスト社の『ウクライナ語辞典』を使用。

男女の他愛ない掛け合いの歌だが、今回は少し明るめの曲を取りあげたいと思い、この曲(『庭で遊んだの』В саду гуляла)を選んだ。

ところが、ウクライナで広く愛されている民謡であるにも関わらず、ウクライナ民謡についてまとめられた日本語のサイトにも、ウクライナ語のサイトにも、この曲に関する情報はほとんど見当たらなかった。

ウクライナ民謡のフォークロア的研究には豊かな蓄積があり、専門書や研究論文も豊富にあるようなのだが、いかんせん当方に学術的ウクライナ語を読みこなす実力が備わっておらず、全く歯が立たないので、それらについては今後の課題としたい(と、お茶を濁す)。

ウィキペディア(ウクライナ語、日本語、英語)にすら、この曲に関する項目は無く、正直、お手上げに近かったが、幸い、いくつかのウクライナ語のウェブ記事を参照することができ、何とか曲を咀嚼することができた。

参照した記事は以下のとおり。

(出典:Зоря Полтавщини)

それにしても、身勝手な恋人にお灸を据えるために、自分と似て非なる妹をあてがうとは、娘のほうもなかなかの策士である。
あてがわれた妹の立場はどうなるんだ。

いや待てよ。
実は、似て非なる人物と引き合わせることにより、逃した魚の大きさを恋人に実感させ、心の底から後悔させるために一計を案じたのか?

色々と、野暮な周辺事情が気になる歌詞である。



4.曲名について


この曲は、ウクライナ語で «В саду гуляла» と題されている。

いろいろ悩んだすえ、『庭で遊んだの』と訳した。

В саду は「庭で、庭の中で」という意味であり、とくに難しくはないのだが、問題は гуляла のほうで、これは「散歩していた、そぞろ歩いていた、遊んでいた」などの意味になる。

гуляла は、動詞 гуляти の女性過去形で、主語は示されていないが、男女の掛け合いの片方の当事者=若い娘であることは明白である。

гуляти はさまざまな解釈のできる動詞で、第一義は「散歩する」だが、ほかに「遊ぶ、楽しむ」などの意味もある。


ベスト社の『ウクライナ語辞典』から引用しよう。

гуля́ти(-я́ю, -я́єш)[不・自] 散歩する,ぶらつく;遊ぶ,遊びまわる,楽しむ,遊び騒ぐ,放蕩する,遊覧する,遊行する; гульма́ ~思い切り遊ぶ,はめをはずす.~ мо́рем 船遊びをする,船旅をする.~ в ка́рти トランプをする.~ з кимсь 人とつきあう.

(出典:ビェリコフ・オレクサンドル・セルギョヴィチ監修、ユーラシアセンター編
『ウクライナ語辞典』ベスト社、2012年、208頁)


«В саду гуляла» は『庭を散歩したの』『庭をそぞろ歩いたの』としても良かったが、歌詞の内容が「庭で花を摘んで、若者と出会い、恋に落ちる」というストーリー展開だったので、少し踏み込んで『庭で遊んだの』と訳した。


実はこの гуляти という動詞、前回、ウクライナ民謡沼(3)でとりあげた『ああ、ドナウ河の木立で』にも使われていた。



歌詞の2番の最終行に Милий мій гуляє とある。
直訳は「私の愛しい人(男性)が散歩している」である。

この гуляти を「散歩している」と訳すか、「遊んでいる」と訳すか、しばし悩んだが、結局「そぞろ歩いている」という(どっちつかずの)表現に落ち着いた。

歌詞の解釈はさまざまだろうが、もしかしたら、「私はひとりぼっちであなたを思って泣いているのに、あなたときたら、ドナウ河の木立で遊び歩いているんでしょう」という恨みつらみが歌われているのかもしれない。


その辺の機微まで読み取ることができないのが、目下、なんとも歯がゆいところだ。

ロシア語であれば、おおよその行間のニュアンスを汲みとり、描かれる情景を直感的に感じ取ることが可能だが(わからなければ、色々な専門文献にあたる選択肢もある)、ウクライナ語ではそれが全くできないのが、どうにももどかしい。

が、現時点では仕方がない。
まあ、勉強あるのみ、精進あるのみだ。



5.いろいろな演奏


まずは現代アレンジから。


ГуляNка - В саду гуляла
フリャンカ『庭で遊んだの』



Гурт Made in Ukraine - В саду гуляла
Made in Ukraineバンド『庭で遊んだの』



Діана Бігун - В саду гуляла
ディアナ・ビフン『庭で遊んだの』



次の演奏では、歌詞の1番はスペイン語(たぶん)で、2番以降はウクライナ語で歌われる。


(※ 2023年12月21日追記)

前半はイタリア語のレジスタンス・ソング『Bella Ciao(邦題:さらば恋人よ)』だった。スペイン語とイタリア語の区別がつかず、お恥ずかしい。
チャオチャオ言うてるのに、謎にスペイン語と思ってしまった。

動画の公開日は2021年6月だから、2022年2月の侵攻の8ヶ月前の公開だが、イタリア・パルチザンが創作し、反ファシズムのレジスタンス運動で歌い継がれた『Bella Ciao』という曲と、ウクライナ民謡のミックスとは、後で知って正直驚いた。

ウクライナにとって、戦争は2014年のクリミア併合から始まっていたと最近言われているとはいえ、現状を考えると、なにか予言めいているようにすら思われる。


Hanusia & Zadora - В саду гуляла
Hanusia & Zadora『庭で遊んだの』



つぎに、伝統的な演奏をご紹介。


Гурт Сусіди - В саду гуляла
スシドゥィ・バンド『庭で遊んだの』



Гурт Експрес - В саду гуляла
エクスプレス・バンド『庭で遊んだの』



Гурт Забава - В саду гуляла
ザバヴァ・バンド『庭で遊んだの』



※ ヘッダー写真の出典は、Los coloradosの公式Youtubeチャンネル。