獅司と安青錦(1)
(※ 2024年9月25日追記)再掲にあたって
令和6年9月場所(2024年秋場所)14日目。
千秋楽を前に、西十両2枚目の獅司関(雷部屋、ウクライナ・ザポリージャ州メリトポリ出身)が8勝6敗で勝ち越しを決め、新入幕に向けて大きく前進した。
また、獅司関と同じウクライナ出身の西幕下4枚目・安青錦さん(安治川部屋、ウクライナ・ヴィンニツャ出身)は、大銀杏姿で十両の土俵に初めて上がり、同じ東欧出身の大先輩・碧山関(東十両13枚目、春日野部屋、ブルガリア・ヤンボル出身、2024年9月24日引退、年寄・岩友襲名)から白星をあげた。
安青錦さんは6勝1敗で秋場所を終え、九州場所での新十両をほぼ確実なものにした。
つづく千秋楽、獅司関は中入り後に金峰山関(西前頭12枚目、木瀬部屋、カザフスタン・アルマトゥイ出身)と対戦。今場所2度目の幕内の土俵は、事実上の入れ替え戦となった(初の幕内戦は12日目、宝富士関との対戦)。大一番にも獅司関は緊張を見せることなく、見事白星を勝ち取った。
これにより、11月場所(九州場所)でのウクライナ力士のW昇進が確定的となった。
秋場所終了後の9月25日、九州場所の番付編成会議が開かれ、安青錦さんの十両昇進が決定した。
(↑ 動画あり)
安青錦関、おめでとうございます!!!!!!
Дорогий шановний Аонішікі !! Вітаємо !!! Поздоровляємо !!!
既に九分九厘 確定的な獅司関の幕内昇進については、来月28日の九州場所番付発表で正式発表されることになる。
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今回再掲する記事は、11か月前の2023年10月30日に拙 note で公開した記事である(個人的に、私の note 初投稿記事)。
諸事情あって、私の中で気持ちの折り合いがつかず、今年5月にいったん取り下げ、再公開しないままになっていた。
記事を書いた2023年当時に熱心に学んでいたウクライナ語も、現在は相撲関連以外ではほとんど触れていない。
このままお蔵入りさせてしまおうかとも思っていたが、獅司関と安青錦さん(来場所からは2人とも関取!)のひたむきな相撲に心を動かされ、再公開することにした。
少し古い情報も含まれているが、2人の相撲に心を動かされた方々に届けば幸いである。
(表題が「獅司と安青錦(1)」となっているが、(2)および(3)は構想倒れで、モタモタしているうちに新十両&新入幕が実現してしまった。時間ができれば続きを書くかも? いずれにせよ、めでたいめでたい!)
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(以下、2023年10月30日公開の記事 ↓ )
※ 記事は敬称略。
1年納めの九州場所が、いよいよ2週間後に迫っている。
ここ数場所、ユーラシア出身力士の活躍が目覚ましい。番付上位順に、金峰山(きんぼうざん、敬称略、以下同じ)、狼雅(ろうが)、獅司(しし)が関取に定着しているほか、来場所の番付表で序ノ口に四股名が載る安青錦(あおにしき)などがいる。
金峰山(カザフスタン出身、26歳、木瀬部屋)は、昨年9月場所で十両に昇進。十両を3場所で通過し、今年の春場所で新入幕を果たして以来、幕内に定着している。
狼雅(ロシア連邦トゥヴァ共和国出身、モンゴル国籍、24歳、二子山部屋)は、昨年11月の九州場所で十両昇進。十両の土俵では6場所連続で勝ち越したものの、なかなか二桁にのせることができず、幕内が遠かった。先場所は東十両筆頭で8勝7敗と勝ち越し、ようやく来月の九州場所で新入幕を確実なものとした。
金峰山の幕内上位定着とゆくゆくは三役昇進、苦労人・狼雅の幕内定着を願うとともに、ウクライナ出身の獅司と安青錦を応援したい。まだまだ日本語の運用に苦労しているように見える獅司と安青錦の情報を補填・補足できればとの気持ちから、とある文集に寄せた文章を以下に転載する。
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はじめに
2023年はウクライナの相撲界にとって忘れがたい年になるだろう。
7月の名古屋場所では、ウクライナ人初の大相撲力士・獅司(しし、26歳、雷部屋)が東十両12枚目に昇進した。ウクライナ出身初の関取誕生である(ウクライナ系力士としては、ウクライナ人の父を持つ元横綱大鵬がいる)。獅司は、7月と9月の二場所、ともに9勝6敗の好成績で勝ち越し、11月の九州場所では十両上位で新入幕を狙うことが期待される。
このほか、9月の秋場所では、2人目のウクライナ人力士・安青錦(あおにしき、19歳、安治川部屋)が初土俵を踏んだ。番付外の前相撲に臨んだ安青錦は、相手を圧倒する力強い相撲で3番を全勝で終えた。
ともに体格に恵まれ、稽古熱心、将来有望な力士たちである。マスコミ報道などからうかがい知ることができる人柄も、寡黙、実直、素直、ユーモア精神もあるなど、好感が持てる。
この2人について、日本相撲協会の公式情報や国内の報道以外に、筆者の専門であるロシア語、さらには最近学び始めたウクライナ語のソースも参照しながら、数回に分けてご紹介したい。
1.獅司と安青錦の母語
周知のように、ウクライナの公用語はウクライナ語 українська мова で、人口の8割前後が使用しているとされる。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻後は、ロシア語忌避の傾向が強まっており、ウクライナ語の話者人口がますます増加している実態が、ウクライナ国内で実施された世論調査でも明らかになった(2023年6月30日付、Восьме всеукраїнське муніципальне опитування, Міжнародний Республіканський Інститут. 以下、第8回調査)。
このほか、帝政ロシアやソヴィエト政権の言語政策の影響で、ロシア語を母語とするウクライナ人も人口の3割前後にのぼる。ロシアと国境を接するウクライナ東部や南東部には、ロシア語母語話者や、ウクライナ語とロシア語のバイリンガルが多く居住する。中部や東部には、ウクライナ語とロシア語の混合言語スルジク суржик を話す住民も多い。
本稿でとりあげる2人の力士の母語はどうだろうか。これまでのところ、相撲協会や所属部屋などの公式ページに記載がないので、今までの2人の日本国内のインタビューでの発言、ウクライナ国内の記事・動画などのソースから推察したい。
2.獅司の母語
獅司は、ウクライナ南東部ザポリージャ州メリトポリМелітопольの出身である。ザポリージャは、ウクライナ・コサックの一大拠点で、1648年にザポリージャ・コサックの頭領(ヘチマン)フメリニツキーがポーランド・リトアニア共和国に対して乱を起こし、コサック国家のヘチマン国家が約1世紀半に渡って存在した。伝統的に、勇猛な精神に満ち溢れた土地柄である。
2022年2月末のロシアによる占領以前は約15万人が居住していたが、同年3月に市長がロシア軍に拉致され、同9月末にはロシアがザポリージャ州とヘルソン州の併合を宣言し、メリトポリはロシア側によって臨時州都に指定され、現在に至る。
アゾフ海に隣接するメリトポリは、ギリシャ語で「蜂蜜の町」を意味する。現在のメリトポリが位置する地域は、紀元前7世紀にはスキタイ国家の版図に含まれており、スキタイ時代の古墳から多くの黄金美術の副葬品が出土している。ロシアの占領後、メリトポリ郷土史博物館に収蔵されていたスキタイ黄金美術など約200点が略奪されたという。(2022年5月26日付、JAPAN ART news)
ザポリージャの家庭で話される言語は、侵攻前の2021年6月には、ウクライナ語が27%、ロシア語が96%と、ロシア語話者が圧倒的多数であった(2021年9月16日付、Сьоме всеукраїнське муніципальне опитування, Міжнародний Республіканський Інститут. 以下、第7回調査)。しかし、侵攻1年後の2023年5月には、ウクライナ語が23%、ロシア語は67%と、実に3割近くロシア語話者が減少している(第8回調査)。
獅司本人、母ユリヤさん、メリトポリ時代のククソフコーチなどのインタビューがロシア語で記事化されていること、侵攻前にザポリージャの家庭で話されていた言語の9割以上がロシア語だったことを鑑みると、獅司の母語はロシア語だと思われる。
ただし、ウクライナ語を全く話さないわけではないようだ。というのも、獅司が電話で「Попытался украинскому японцев научить – получилось! А вот для меня японский – сложноватый. [日本人にウクライナ語を教えてみたら、上手くいったよ!でも、僕にとって日本語はちょっと難しい] 」と話していたと、ククソフコーチが明かしているからだ(2018年12月24日付、KP.UA)。つまり、獅司は周囲の日本人に、得意なロシア語ではなく、ウクライナ語を教えていたことになる。この会話からすると、獅司の母語はロシア語だが、外国人には公用語のウクライナ語を教えようという意識が働いたと考えられる。
このことの裏付けとして、獅司自身の「ウクライナ語とロシア語、どっちも喋るけど、ロシア語のほうが上手です。ウクライナ語は、ちょっとあんまり」との言葉が、Yahooエキスパートの記事に引用されている(2023年9月7日付)。
結論として、獅司の母語はロシア語、第二言語はウクライナ語だと推察される。
3.安青錦の母語
安青錦は、首都キーウから南西約200㎞、ウクライナ中西部のヴィンヌィツャ州ヴィンヌィツャВінницяに生まれた。ヴィンヌィツャは、モルドヴァ共和国に隣接し、ドニエストル川沿岸に位置する。キエフ・ルーシ以前から入植のあった古都で、14世紀半ば、リトアニア大公の要塞が築かれたことを起源とする。
ロシアによる侵攻前は約37万人が居住していたが、侵攻後は約5万人の国内避難民を受け入れているという。2022年7月には、黒海に展開するロシア潜水艦から発射された巡航ミサイル「カリブル」の攻撃を受け、23人が死亡したと報道された(2022年7月15日付、CNNおよび朝日新聞)。
ヴィンヌィツャの家庭で話される言語は、侵攻前の2021年6月には人口の81%がウクライナ語、34%がロシア語だったが(第7回調査)、侵攻後の2023年5月には85%がウクライナ語、15%がロシア語となっており、ウクライナ語話者が増え、ロシア語を話す人口は急減している(第8回調査)。
安青錦の出身地ヴィンヌィツャでは、侵攻以前も以後も、8割以上の住民が家庭でウクライナ語を話していること、安青錦のヴィンヌィツャ時代の記事がほぼすべてウクライナ語で書かれていること、さらには、現在確認できた2本の動画で安青錦がウクライナ語を話していることから、安青錦の母語はウクライナ語であると思われる。
(「ウクライナ出身の2人の力士(2)」に続く)
(後記)
当初、「獅司と安青錦」と題して、単発のざっくりとした紹介記事を書こうと考えていた。しかし、調べれば調べるほど、獅司のメリトポリ時代の実績が膨大であること、安青錦のヴィンヌィツャ時代のウクライナ語ニュース動画が見つかったことなどから、がっぷり四つに組んで=じっくり時間をかけて、2人の力士についての文章をまとめたいと考えるようになった。
今後、続編として、「(2) 獅司 大(しし まさる)」「(3) 安青錦 新大(あおにしき あらた)」を構想している。獅司についての深掘り記事を書く頃には新入幕を果たしていて欲しい、安青錦について書く頃には幕下上位か新十両に昇進していて欲しいとの願いを込めて。
実のところ、安青錦の記事を書く頃には、私のウクライナ語の力も少しは上達していることを願っての予定でもある。今年6月からオンライン講座で学び始め、現在、オンライン辞書と首っ引きで(机上で引ける、紙の宇和辞典の出版が切に待たれる。目下、市販の紙の語彙集と、宇・英・和・露、いずれかのオンライン辞書を駆使しながら当座を凌いでいる)、読解は何とかなるが、聴解は2割も理解できない状況である。安青錦のヴィンヌィツャ時代の動画は、現時点でдуже гарно(とても良い)、коронавірус(コロナウィルス)、Чемпіонат Європи(欧州選手権)ぐらいしか聴き取れないので、半年か1年後には、おおよそ理解できるていどに上達していればという期待と決意を込めての予告である。
ウクライナ語学習について。ロシア語学習者、他のスラヴ語学習者、あるいは言葉に興味のある人には、ぜひチャレンジしてみることをおすすめしたい。とくに、ロシア語・スラヴ語学習者にとっては、キリル文字を一から覚える必要が無く、語彙や文法になじみ深い要素が多いので、いざ始めてみると驚くほど楽しく学習できると思う。私自身、身をもって知の楽しみを味わっている。大学院時代になんとなく2年間履修したポーランド語の語彙や知識が、ウクライナ語を学ぶ過程で思いがけず役立っており、過去からご褒美を貰えたような不思議な感慨がある。新しいことを始めるのは楽しい。自分の中に、ロシア語以外に、ウクライナ語の回路が開通した実感がある。ウクライナ語学習のおかげで、新たな世界が広がり、内面がさらに充実する思いだ。
このコラムを書き終える頃には、必ず戦争が終わっていて欲しい。そう切に願う。
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(後記の後記)
紙の宇和辞典は現時点で入手困難となっていたが、先週、入手を諦めていたベスト社の『ウクライナ語辞典』を古書店で購入することができた。先々週、ボンダレンコ・日野貴夫『ウクライナ語のための日本語学習辞典』を某オークションで発見し、その入手のためだけにアカウントを取得したにも関わらず購入が叶わず(ウクライナ語学習に没頭していて時間を忘れていた)落胆していただけに、喜びもひとしおである。
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(※ 2024年9月25日追記)後記の後記の後記
えっ終わり?というぐらい、ほとんど何も語ってないに等しい記事で大変恐縮である。母語が何語かなんて、本人に直接照会すればすぐ解決するだろう疑問なのだが、ウクライナ語やロシア語の様々なデータや記事を渉猟して推測を立ててみたくなったのである。当時は妙に気合が入っていて、勢いだけで(学び始めたばかりの)ウクライナ語の壁を突破しようとしていた。今はちょっとここまでの情熱はなかなか維持できていない(勢い大事)。
ただ、ユーラシア出身力士の紹介(リサーチ&記事化、会見・コメント・取材動画等の文字起こし等)は続けていて、1年でそれなりのストックができた(我ながらド根性)。
獅司と安青錦に関心を持たれた方は、ぜひ以下を参照されたい。
(1)note 検索
(2)マガジン「ユーラシア出身力士の活躍」
(3)記事再掲
個人的に、秋場所前の願いがどちらも叶ってしまった。
うれ獅司。うれ安青錦。
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