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蓮ノ空と僕

村野さやかとの出会い

 一目惚れだった。

 僕は村野さやかさんに一目惚れした。お披露目配信。まだ顔も名前も知らず、ドキドキしながら見たのを覚えている。
 そしてキャストさんとキャラクターの発表。

 そこに彼女はいた。そう、村野さやかさんが。
 キャラクターに一目惚れしたのは初めてだった。

 蓮ノ空の活動がとても楽しみだったのを覚えている。


そして迎えたあの日。2023年4月21日。
デビューミニアルバム発売記念イベント「Dream Believers」

 めちゃくちゃ楽しみにしてたし、楽しみすぎてグッズ列1番前だったし、内容も最高だった。
 あの場に行けて、本当に幸せで運が良かったと今では思う。
 最初はまさかのOn your markで衝撃を受けたのを今でもハッキリと覚えている。最初さやかさんのパート、ここなさんが歌い出し。

 あ、さやかさんだ。好き。

 そう思った。めちゃくちゃかっこよかった。
 その後のイベントも楽しめた。僕は水彩世界がめちゃくちゃに好きで毎日聞いてたくらいなので、生で見れて嬉しかった。ド!ド!ド!は一気に会場が湧いて、コール大声でできて楽しかった!
 最後のお見送りでは、青色のブレード見せて手を振ってくれた野中ここなさんが可愛かった。
 まだこの頃は、ここなさんばかり見ていた。

 そして次。
 オンライントークのDOLLCHESTRA回に、まさかの当選。
 ド緊張しながら、イラストと自分のTwitterアイコンを印刷して貼ったスケッチブックを見せたのを覚えている。

これが見せたスケッチブックです


 そしたらここなさんが「あ、見たことある!」
 え?はい?
 驚きがすごかった、まさか見られてるなんて……あの頃はまだ蓮ノ空美術部のタグもなかった頃。エゴサで見つけてくれたのだろう。純粋に嬉しかった。
 これからもさやかさんを描いていこう、そう思った瞬間だった。

 どんどん行こう、さらに次。2023年6月4日。オープニングライブイベントである。当然のように昼夜両部参加。
 これはねー!!!!本当に!!Tragic Drops、ド!ド!ド!、そしてハクチューアラモードが熱かった!!!
 ハクチューアラモードが好きすぎるけど、最初覚えられなくて「ハクチューアーモンド」と言っていたのは良い思い出。
 ここでもここなさんばかり見ていた。とにかくたった1人の推しに真っ直ぐだった。

花帆さんとの出会い

 そうして過ごしていたら、いつの間にか好きになっていた。いや、本当に。
元々「かほさや」というカップリングが好きではあったが、あの素直さと真っ直ぐさ、そして満開の笑顔。好きになってしまっていた。

慈さん、そして「あの人」との出会い

 そうして迎えた1stライブツアー。福岡公演は配信、東京愛知は両日現地参加した。

 もちろん最高だったのだが、ここで大きな変化があった。

 まず1つ目。東京公演Day1の座席が神だった。というのも、センターステージ真横だったのだ。本当に真横。人いない。隣は柵。
 めっちゃファンサもらったしめっちゃ近くで見れてめっちゃ最高だった。
 これをきっかけに、蓮ノ空のこと好き好きクラブのみなさんの仲間に、本当の意味でなれたのだと思う。つまりはどハマりした、という訳だ。

 そして2つ目。愛知公演での出来事。
 ここで僕は大きな推しができた。そう、月音こなさんだ。
 Day1の座席はまぁとっっっても悪かった。目の前モニターでステージすらない。無の空間が前にあった。そんなしょんぼりとした状態で始まったライブだがまぁ楽しいものは楽しい。めっちゃ楽しんで、でも近くで見れなくて、もどかしい気持ちでいた時だった。
 確かココン東西の時、こなちを乗せたトロッコが上手側で止まった。その時、僕はエンジェルホワイトと白色のブレードをハートにしていた。
 そうしたらだ、なんとハートを返してくれた。
 そしてDay2。こちらはまぁギリギリセンターステージが見えるかなー?くらいだった。最後の永遠のEuphoriaトロッコの瞬間。ハートをまた送った。
 また返された。
 え!?となってめちゃくちゃに喜んだのを覚えている。こなちのファンサにやられ、自然と藤島慈さんの魅力も知り、当然のように推しとなった。

 そうして、今のさやかさん、花帆さん、慈さん推しの形が出来上がったのだ。

 (余談だが、ここで完全にこなちに堕ち、こなち激推し限界オタクが誕生した)


個人の生活について

 僕は現在、重度のうつ病と統合失調症を患っている。
 そんな中、リンクラでの活動記録だったり、キャストさんたちのせーはすだったり補習室ラジオ(終わるの悲しい)だったり、生放送や配信にFes×LIVEに……たくさん生きる希望をもらっている。本当にギリギリのところで生きているこんな僕でも、応援していて楽しい、と思えるものがあるのは、何よりだ。
 そして、僕は創作活動もしている。その中で様々な人と関わり、仲良くなり、その人たちのことも思う日々が増えた。純粋に、「見てもらって喜んでもらえる絵を描きたい」そう思っている。

 僕は明日生きているか分からない。そういう状態に今いる。なぜなら学校を続けるか、病気の治療に専念するか、迷っているからだ。迷っていると自然と「自分がいない方が」「自分はいなくても」と思ってしまう。でも、いつでも蓮ノ空や、それによって出来た居場所はあることは、ちゃんと覚えておきたい。そう思いnoteを書きました。

 もしここまで読んでくれた人がいたらありがとうございます。普段はX(Twitter)にいます。必死に生きているので、どうか優しい目で見守っていてください。頑張って生きたいです。2ndライブも行きたいです(当たってくれ)。

 蓮ノ空のこと好き好きクラブの白露ロクでした。

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