過去の冬こはSS
ちゃんと行ってきたんだ!」
最近、小豆沢はやけに彰人と仲がいい。
「ああ、あの店よかっただろ。店内の雰囲気も、パンケーキ自体も。」
「うん!とっても素敵なところだったよ。教えてくれてありがとうね、東雲くん!」
「おう。」
仲がいいことはもちろんいいことなんだが、なんだか心に引っかかるものがある。
今までに感じたことのない、この突っかかりが何なのか分からず、モヤモヤした気持ちをここ数日感じていた。
「冬弥?どうしたの、そんな神妙な顔つきでこはねたちのこと見て。」
ボーッと小豆沢と彰人のやりとりを見ていると、ひょこっと視界に白石の顔が現れて、少しだけ驚いてしまう。
「白石、そんなに俺は神妙な顔つきだったか?」
「うん、すごくふか〜く考え事してるなぁって顔してた。」
「そうか。」
自分自身でも不思議な気持ちだ。
ここ最近はずっと小豆沢のことを考えてはもやもやして、彰人と話していると心がざわついて……。
「なぁ、白石。少し相談があるんだが……いいか?」
「え?冬弥が相談なんて珍しいね!どうしたの?」
「大したことではないんだが、最近小豆沢のことばかり気になってしまって……なんというか、心がざわついているというか靄がかかるというか、そんなことが多いんだ。」
そこまで話して「こんな経験はあるか?」と言いながら白石を見ると、にやにやとした顔をしていた。
「うーん、私はそんな経験ないからわかんないなぁ〜」
「じゃあ、何でそんな顔で俺を見るんだ?」
「わかんな〜い!でも、きっとその感情に気づくには、こはねともっと話すことが大事だと思うなぁ……ってことで、はいこれ!」
白石はそう言いながらスクールバッグの中から紙を2枚渡してきた。
「これは……?」
「これは、花火大会の優先席チケット!私はこはねといこうと思ってたんだけど、その日は父さんのカフェの手伝いしなきゃいけなくて。だから代わりに行ってきてよ!」
受け取ったまま、そのチケットを見て考える。
「そうなのか……だが、小豆沢は白石と一緒に行きたかったんじゃないのか?」
「こはねだって、冬弥と話したいかもしれないじゃん!そ、れ、に!もっと仲良くならなきゃ!」
「ね!」と白石は笑った。
自分から女子にどこかへ行こうなんて誘ったこともなかったからこそ、正直不安はあったが「そうだな」と少し笑っていってみせた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
後日、俺は練習に向かう前に小豆沢を花火大会に誘ってみることにした。
待ち合わせ場所に行くと、白石と小豆沢が一緒にいた。彰人は学校で日直の仕事があるから少し遅れると言っていたためまだ来ていないみたいだ。
「よっ!冬弥!」
「あ!青柳くん、こんにちは。」
「ああ、2人とも早いな。」
「うん、少し早く着いちゃってね〜。」
軽く会話を交わしていると白石がチラッと俺の顔を見て、そのあとニヤリと笑ったのが見えた。
「あー!いっけなーい!学校に忘れ物しちゃった!悪いけど2人で先に練習しててよ。彰人と一緒に戻るからさ!」
「え?!わ、わかった。気をつけてね、杏ちゃん。」
「うん、ごめんねぇ。」
わざとらしすぎる演技に苦笑を零す。
白石はパチリとウィンクをすると颯爽とその場を去っていった。
ここは騒がしい街のはずなのに、周りの音が不意に聞こえなくなる。聞こえるのは、自分の心臓の音。今まで聞いたことのない速さで鼓動が鳴っている。
「あっ、えっと……青柳くん。そうしたら2人でいこうか。」
「あ、ああ。」
上目遣いでそう言ってくる小豆沢を見ると、また心臓の音が速まる。
今言わないと、チャンスがないかもしれない。
そう思って、深呼吸をする。
「青柳くん、今度花火大会あるんだね!」
小豆沢はそう言って、店に貼ってあった張り紙を指差した。それは、ちょうど誘う予定だった花火大会のものだった。
「ああ、割とすぐ近くでやるんだな。」
「うん、いいなぁ。花火大会。私、家族としかこういった行事とか行ったことないんだよね。」
「そうなのか。」
「うん、だから……みんなで行けたらいいのになぁ。」
『みんな』
その言葉に胸が痛くなる。
小豆沢にとっては、俺もその『みんな』の内の1人に過ぎないのか?
「……じゃ、ダメか?」
「あ、ごめんね。聞こえなかった……もう一度いいかな?」
「俺と2人きりじゃ、ダメか?」
こんなにも、この言葉を言うのが苦しいなんて知りもしなかった。
心臓の音は鳴り止むことがなく、小豆沢の顔から目が離せなくなる。
「……へっ?!わ、わわ私とあああ青柳くん2人きりってこと……?」
「そうだが……」
小豆沢はこれまでにないくらい、頬を赤らめて、そしてじっと俺の目を見つめた。
「う、うれしい……よ?」
その言葉だけで、すっと心にあったモヤモヤとした感情がなくなった。心が一気に軽くなった。
「そうか……それなら、この日一緒に花火大会に行かないか?白石からチケットも貰ったんだ。」
「え?このチケットってなかなか取れないやつじゃ……。」
「?そうなのか。」
「うん!争奪戦になるって有名な……あ、でも本当にその、私とでいいの?東雲くんとじゃなくてもいいの?」
心配そうな顔でそう言ってくる小豆沢に小さく笑いかけながら
「小豆沢と、行きたかったんだ」
そう伝えると、もっと頬を赤らめてなんだか恥ずかしそうにはにかんだ小豆沢が、すごく愛おしく感じた。
この感情に気がつくまで、あと×日。
こはね side
「どうしよう東雲くん……!青柳くんから花火大会に誘ってもらえちゃったよ〜!」
『おう、よかったじゃねーか。』
私はみんなで練習を終えて、家に帰るなり東雲くんに報告としてLIMEを送った。
「よかったけど、どうしよう。」
『どうしようって何が?』
「服装とか……そういうの。私、男の子とお出掛けするなんて初めてだから分からないよ……。」
こんな関係ない話なのに付き合ってくれる東雲くんは本当に優しい。私は、その優しさに甘えて縋って今まで来てしまった。
実は、少し前から東雲くんには青柳くんに関しての相談をしていた。
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遡ること数ヶ月前。
「「あ」」
たまたま通りかかった道で青柳くんを見つけて、それと同タイミングで青柳くんもまた私を見つけてくれて、声が重なった。
「青柳くん、こんにちは。」
「ああ、白石は一緒にいないのか?」
「うん、杏ちゃん少し待ち合わせに遅れるみたいで、時間があったからこの辺りを見て回ってたんだ。」
その日は2人で練習をしようというお話で、待ち合わせ場所に向かっている最中、杏ちゃんから「予期せぬ事態が起きてしまい少し練習に遅れる」という連絡をもらったばかりだった。
変更された予定時間からおおよそ30分ほど時間があったから、ゆっくりウィンドウショッピングでもしようかなと思っていたところ、青柳くんとあったという訳で。
「青柳くんは、東雲くんが一緒にいないね。」
「ああ、彰人も学校で用事があるみたいで少し遅れるそうだ。だから、暇つぶしに今からゲームセンターに行こうかと思っていたんだ。」
「そうなんだね!それだったら私も一緒に行っていいかな?私もしばらく時間できちゃったから……。」
「構わないが……。」
同じチームメイトで、お友達だから。
そんな気持ちで一緒にいることにしたけど、いまいちどんな話をしていいのかわからなくて会話がぎこちない気がする。
「学校で2人はどんな感じ?」「今度、ここに新しいお店できるんだね」「今度のイベント緊張するね」なんてありきたりな話をするものの……。
「……。」
「……。」
少しだけ会話の間に空白の時間が生まれたりしてしまう。
ぐるぐる考えながら、歩いていると急に右肩をグイッと左側へ引っ張られる。
「悪い、車が来てたんだ。……そもそも、車道側に小豆沢を歩かせてた俺がいけなかったな。」
「へっ?!……い、いや!ボーッとしてた私が悪いだけで、青柳くんは悪くないよ!気遣ってくれてありがとうね。」
不意打ちな行動に、心臓の音が速くなる。
青柳くんの意外な行動にびっくりしただけだよね。
そう言い聞かせて、また前を向いて歩いた。
・
「わぁ〜!!可愛い!」
ゲームセンターにつくと、たくさんの可愛いぬいぐるみが目に飛び込んできた。
あまりこう言った場所は来ないから、新鮮な気がする。
青柳くんの後をついていきながらキョロキョロとあたりを見渡していると、1つの大きなぬいぐるみが目に入る。
「これ……可愛い!ハムスター?」
「そうだな。」
「ゲームセンターってたくさんぬいぐるみがあるんだね!すごい!」
少しガヤガヤしているけど、それもまた慣れないから楽しく感じる。
ふらふらと歩いていると杏ちゃんから電話がかかってきた。
「青柳くん、杏ちゃんから電話がかかってきたから外に一度出るね!」
「わかった。」
外に出ると、すぐスマホを耳へと持っていく。
「もしもし、杏ちゃん?」
『こはね?ごめんねー!もうすぐ用事片付きそうなんだけど、今どこにいる?』
「今ね、ゲームセンターにいるよ。青柳くんとたまたま会って、東雲くん待ちだったみたいだから一緒に行動してたんだ。」
『そうなんだ!そうしたら、終わったらそっち向かうね!』
電話越しから話し声が聞こえて来て、どうやら杏ちゃんのお父さんが経営してるカフェでお手伝いが長引いてしまった状態みたいだった。
とりあえず、杏ちゃんが来てからお話し聞こう……とそう思い、電話を切るとさっきまで青柳くんがいたところに向かう。
「青柳くん、もうすぐ杏ちゃんがこっちに来れるみたい。」
「そうか。早く合流できそうでよかったな。」
「うん!それより、この短時間でたくさんぬいぐるみ取ったんだね……!すごい!」
戻ってみると既に大きめのサイズの袋を2〜3個持った青柳くんがいた。
「ああ、意外と簡単に取れたものが多くてな。……そうだ、これ。」
「?」
そう言って、差し出して来たのは1つの袋。
受け取って中身を見てみるとそこには、さっき私が可愛いと言っていたハムスターのぬいぐるみがあった。
「え?これってさっき……」
「取れそうだったからやってみたら、簡単に取れたんだ。欲しそうにしていたし……もしかしていらなかったか?」
「ううん!そんなことない!……嬉しい、ありがとう青柳くん!」
小さく笑って頷いてくれる青柳くんに、大きく心臓が跳ねる。
なんで、こんなにドキドキしてるんだろう。
パッと目を逸らしてハムスターのぬいぐるみを見つめる。今日の私は、どうかしている。
この感情に近いものを私は本や漫画で読んだことがあったけど、気づかないふりをして、その感情にそっと蓋をした。
・
青柳くんに会うたびに心臓がおかしくて。
苦しくなったり、嬉しくなったり、普段感じることのない感情がぐるぐる心の中を駆け巡って、気づかないふりをやめたのも、東雲くんのおかげだった。
「なぁ、こはね。」
「どうしたの?」
「お前さ、冬弥のこと好きだろ。」
「えっ?!」
『好き』
その感情だけは、このグループで活動している以上もってはいけないものだと思っていた。
だからこそ、その感情に気づかないふりをしてその感情に名前を付けないでいたから思わず大きな声を出してしまう。
びっくりたミクちゃんとMEIKOさんがこちらを向いた。
「な、なんのことか……。」
「どうせ、お前のことだから"好きになっちゃいけない"とか思ってたんじゃねぇの?」
「うっ……。」
図星。
「ほら、当たってんだろ。図星って顔してる。」
「いや、全然当たってないよ……!青柳くんのことがそんな、すすす好き……とかあるわけないよ。」
「声震えてるけど。」
恥ずかしくなって、机に突っ伏す。
よりによって東雲くんにバレてしまうなんて、変に気を遣ってくれそうだし、どうしよう。
そんなことを考えてると、東雲くんが口を開いた。
「まぁ、相談くらいなら乗ってやるけど?相手はあの真面目な冬弥だからな。昔からの付き合いのオレの方がアイツのことは分かってるだろうし。」
「え?いいの?」
「別に好きになっちゃいけないとかないだろ?それに最悪の場合があったとしても4人でやりやすくできるようにオレも杏も手伝うしな。」
「東雲くん……ありがとう!」
最初は少し怖い人ってイメージがあったけど、話せば話すほどすごく良い人で、感謝してもしきれない、そんな存在だと気づいた。
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これが、相談をするようになった経緯。
東雲くんにバレたからこそ、今こうして少しでも動けている。
「まぁ、花火大会なら浴衣着ていけばいいんじゃないか?」
「浴衣……新しいの買わないとないかも。」
「その辺は女同士の方が買いやすいだろうし、杏にでも協力して貰えば良いだろ。」
「そうだね!杏ちゃんにいってみようかな……」
そうLIMEを打ち返したと同時に、東雲くんとは別の人からの通知が来た。
誰からだろう……なんて考えながら、通知欄を見てみるとそこには……
『ねぇこはね!今週どこかで買い物行かない?』
なんともタイミングよく杏ちゃんからのメッセージだった。
「今、私も連絡しようとしてたんだ!お買い物行こう!」
『よかった〜!じゃあ、今週の日曜日12時から空いてる?』
「うん!大丈夫!」
『そしたらその日にショッピングモール行こう!』
どんどん増えていく予定になんだか心がポカポカする。幸せだなぁなんて思ってしまうほど、今がすごく楽しい。
「早く日曜日にならないかなぁ」
ふと口から溢れてしまい、自分自身でもびっくりする。それと同時になんだかおかしくなって一人で笑った。
この思いを伝えるまで、あと×日。
途中で終わってたのでここまでで。