アルコールでイッちゃって。

二十歳を過ぎると、あちらこちらから飲み会へのお誘いが始まった。気の置けない友人とジュースのようなカクテルを少しだけ飲みながら話すのは楽しかったが、職場の飲み会は最初はなにが楽しいのか分からなかった。

最初はアルコールのなにがいいのか分からずに「とりあえず、生!」の掛け声に手を挙げ、周りの話に適当に相槌を打ちながら生ビールを胃に流し込むだけの時間でしかなかった。飲み会の席で紫煙を燻らす先輩から如何にして離れるかばかり考えていたが、徐々に生ビールの美味しさに気づき、場の楽しさに押されてか煙草の副流煙もそこまで気にならなくなった。次第に先輩に誘われれば二つ返事で意気揚々と飲み会へ向かうようになっていった。

酒を交えることで普段は厳しい先輩やあまりひとと接そうとしない後輩がいっしょくたになって楽しい雰囲気になるのが好きで、皆が笑顔になるのが好きだった。飲みニケーションとはよく言ったもので、職場でのコミュニケーションと円滑に図れるようになった気がする。


ある時、職場の先輩に誘われて飲み会に行った。食べ飲み放題のコースで、いつものように和気藹々と楽しく飲んでいた。飲み会が終盤に差し掛かり、二次会に行くか声がかかりはじめた。

飲み会は好きだが、二次会となると帰宅時間が遅くなってしまうのでこれまでは余り参加はしなかった。一次会で帰宅して、ゲームがしたりニコニコ動画を観るのが当時のルーティーンだった。


「今日は帰ります…」と目を泳がせながら断るわたしの言葉はまるで聞こえてないかのように、この日の先輩は強引にわたしを連れ立って商店街を肩で風を切り歩いていく。

「今日『は』じゃないやん、今日『も』帰りたいんやろ?たまには付き合ってよ」そう言いながら先輩は有無を言わさぬ一瞥をくれ、逆らえない後輩であるわたしと二次会参加希望の数人を引き連れ歩くこと十数分。雑居ビルの三階に、看板もあったかどうかは定かではないがそのお店はあった。


「いらっしゃいませぇ〜、あら!カワイコちゃんばっかりじゃな〜い!」「ボウヤとおじさまもどうぞ〜!」

そう言いながら、女性のような服装とメイクを施している男性がわたし達を席へ案内してくれた。中にも数人、綺麗なお姉さんになっているお兄さんがいた。目の前に現れた寄せてあげられた胸に、わたしの視線は奪われて帰ってこなかった。


お、おかまバー…?!

ここが、おかまバーなのか…!!


初めての環境に、胸のドキドキがおさまらない。すっかり高揚してしまっていた。最も後輩であったわたしはすぐにカラオケを歌うよう催促され、何の曲を歌ったかも定かではない。ポッキーは食べた気がする。知らない世界、いつもの飲み会とは違う楽しさがそこにはあった。


「アナタ、ずーっとアタシのおっぱい見てるじゃん!触っていいのよぉ〜自慢のおっぱい!」


そう言いながら、店員さんは胸を触らせてくれた。先輩に促される形で、そのやや硬めの胸をタッチさせていただく。シリコンってこんな感じかぁ…痛くないのかなぁ……とぼんやり考えていたら、違う方向から悲鳴が聞こえた。


見ると、普段は仕事にめちゃくちゃ厳しい先輩が亀甲縛りをされて恍惚な表情を浮かべていた。

わたしの目は点になった。思考が止まった。



その後は断片的にしか覚えていないが、亀甲縛りをされた先輩が店員さんと何度もキスを交わし「数十年ぶりのキスやぁ!」と満面の笑みを浮かべていたこと、職場で人気の先輩の唇も奪われていたこと、その先輩を好きだった女の子がこっそりと涙を浮かべていたこと、その光景を煙草の煙を燻らしながら笑って見ている女の先輩達の笑顔……、そんな色々がミラーボールに反射したようにキラキラしていた。わたしはそれをただ、見ていた。口に運ぶポッキーは味がしなかった。

職場の方々の見てはいけなかったであろう裏側を目撃してしまった。なんとも言えない気持ちになった。

その日以降、職場ではまるでなにもなかったかのように亀甲縛りおじさんも、イケメンも、イケメンが好きな女の子も、嘲笑っていた先輩方も働いていた。


ひとは、欲深い生き物だな。

なんて、たまに思い出している。


十年ほど前の話なので当時のお店は未だにあるのかは分かりませんが、以降もおかまバーなるところには友達と数回、二次会で少しだけですが行ったりしました。楽しい時間を過ごし、亀甲縛りはされてません。

お酒はほどほどに。


そう、初めてクラブに連れてってもらった時にダンスフロアでどじょうすくいを披露してしまったり、見知らぬサラリーマンの方々と三次会まで盛り上がったりして翌日記憶が無いわたしは思います。(友人から後日談を聞いては慄いていました)

三十路すぎてからはお酒は嗜む程度になりました。飲んでも飲まれるな!縛られるな!




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