治療開始と思いきや陽性反応がでた
3月にクリニックを予約して、予約がとれたのが6月初旬。
そこから不妊治療を始めるための検査をしつつ、8月、お盆が明けたら人工授精してみましょう、と医師と話していました。
クリニックが再開した16日、人工授精の準備をして受診。
エコーでは、たった今排卵したとこ!て感じのようで、お休み中タイミングも取れてるなら、今回はキャンセルでもいいかもよ、とのことでしたが、後悔したくないなと思い、可能であれば一応実施してほしいと伝え、待つ。
結果的にその日持参した精液の状態が、
マジでいまいち(夫、ごめん)ということで、
キャンセルになったんですが。
でも調べてもらって無理、ということで、
納得して帰宅しました。
で、1人目のときはそうでもなかったんですが、今回は片方の卵管がないからなのか、なんなのか、排卵痛とか下腹部痛とか、なんか凄く敏感に感じていて、
排卵後から生理予定日までのソワソワ期も、
なんとなく妊娠してる感じがする…(いつものこと)とかいいつつ過ごす。
自宅判定日(生理予定日)、やはり陽性反応が。
ということで、2人目妊活は、
黄体ホルモンの機能を整えて、
卵子が育ちやすい薬を飲んだこと、
そして、奇跡的に?タイミングが合ってた?
ことで、人工授精まで至ることなく、
もうすぐ妊娠12週をむかえるところです。
9週で紹介状を書いていただき、10週から
上の子を出産した総合病院にかかっています。
高度生殖医療の介入がない不妊治療を
不妊治療と捉えるかはちょっと置いといて、
体感としては、年明けからの8ヶ月でも、
生理が来るたび、もやっとした感情を持ったし、焦りも感じた。
低AMHの私の場合、採卵や体外受精にすすむと、これの比べものにならないくらい、
メンタルにきただろうと思う。
私はこれから、まずは第二子の出産までを母子共に健康でいられるように過ごすこと、
家族で元気にいられるようにしていくこと、
そして、職場に戻ったときには、
この期間を過ごさせてもらったことに感謝して、できる形で職場に返していくこと、
出産は40歳、復帰は41歳、
子が小学校に上がる頃には、
管理職の話も出てくる頃かもしれない。
管理職が早く帰る、管理職も含めて、
柔軟に職場を回す、環境を上手く使う、
仕事の質の維持や向上はもちろんだけど、
職員が気持ちよく、
不妊治療も含めて仕事以外のことにも、
人生の必要なときに時間や気持ちを使うことを
助け合えるような、
良い循環を作っていけるように、
45-65歳はそんな仕事の仕方を考えて
いきたいなあ。