トドの集まり

昔の自分の文章気持ち悪いな。薄っぺらいな。いつか見返した時に、当時何考えてたのかなとか思い出せるのいいなと思って書いた筈なのに、おかしいな。しばらくしたら今書いてる日記も気持ち悪くなるんだろうな。


病院に行った。次次回くらいに内視鏡になりそう。薬の量を減らすためには検査を受けないといけない。

弾丸のような大きさ


感じ方は人それぞれって言うけど、ついでにその感じ方の深刻さ、その感情を表す言葉の選び方、嘘のつき具合と格好つけ具合も人それぞれや、って、脳内の平子真子が言ってくれている。





20歳そこらのザラザラした恋愛やら夜遊びやらの葛藤が書かれた文章が巨大な槍みたいになって腹から胸のあたりに突き刺さる。抜こうとするとぶしぶしと音を立てて重傷化する。だから私にできるのはこの槍をただ受け入れることだけであって、そうしたらいずれ私の身体の一部となっていくだろうから、それまでじっと待つ。もっと痛めこの腹。
いいな、そういう棘っぽくてざらついた人生やってみたかったな。



詰まる所、死ぬまで孤独で居たいんだろうな。とどのつまりって何だろうな。詰まってんのかなトドが。




鼠の死骸。顔が既に無い。快晴の空の下で、一本の筒を包み込むようにうねった二十数本の骨が剥き出しになっている。その内側に無数の白いウジが湧いていた。




丸森町に歩きに行ったのは5日前くらいか。田舎の幼稚園で働いている先生、田舎で現場仕事やっている男の人、田舎の小さな役所のチカチカする電気の下で掃き掃除している女の人は、やっぱり孤独感感じるのかな。




この世の隅っこで生きる魂に共鳴するものを作れたら良いなと思う。つながりとか若干欲しくはなるけど、そうなると失われるものもあるんじゃないかと思うんです。六畳一間の暗い部屋で雑に頬張ったレトルトのパスタが懐かしくてたまらないこともあるんです。寒さを、恨む気持ちと同じくらい愛してしまっている。
陽なたで暮らす人間の持つあけすけな都合の良さを、本当は私も持っているということを知っている。ちょっと風が私の味方をすれば、簡単にこの独りの記憶を忘れてしまうのではないかと怯えている。
孤独を守るためには陽なたに身を置かねばならぬ場合もある、ただ自分の精神の耐久性を案じている。

澄み切った笑顔に用は無い。楽しいことを楽しいと、悲しいことを悲しいといったふうに過去を健全に捉えられるよりも、むしろ直視できずによそ見したりふと思い出して苦しんだりするようなこの人間性を大切にしたい。



ただ、何も無いな俺には。孤独とかいいながらたぶん自分のはパチモンじゃないかと思うんです。別に重たい過去とかも無いし家族からも大切にされてるし。なのに気付いたら声が震えて喋れなくなったり、教室に向かうまでの階段を登っていく途中でありえないくらい心拍が上がったりしている。頼まれてもないのに正直な姿を見せないと人として最低だと思い込んでいて、人に心を許すとはどういうことなのかいつのまにやら分からなくなって自責の念を勝手に膨らませている。気付いた時には自壊して一人ぼっちになっている。なんでかな、よく覚えてないな。自分のせいなんだろうな。書いてたら腹痛くなってきたな。
虚勢だけ張ってびくびくしてたこととか、何年も引きこもってたこととか、この年で家族の助けを借りながら生きていることとか、院試受けずにやり過ごしたこととか、ブラックでもなんでもないバイト飛んだこととか、好きな人にメールでしか告白出来なかったこととか、会っても何にも喋れなかったこととか、思い返すこと全てがウジを見ているときと同じ不快感だな。その場その場でうじうじとした失敗を重ねてきただけだ。中肉中背のウジだな。出来ないけど仮に自殺したとして、「なんで死んだん?笑」って言われるくらいのもんだろうな。こんなんでストレス抱えて大腸丸焼けになったの恥ずかしいな。なんでかな。他人の人生には気持ち悪さとか感じたことないのに自分の人生だけウジなのなんでかな。腹痛いな。
サイコロで3から5くらいの目を順調に出し続けて指令どおりにボーっと歩みを進めているだけなのかな。自分でも最低だなと思うけれど、どんなに足掻いても1しか出ないような人生に少し憧れている。自主的に選び取ってきた孤独を引っ提げて果たして胸を張れるほどの資格は…無いな。もしも違う性格に生まれていたらもっともらしい意味付けとかできたのかな。

なので胸を張ることはできませんが、授かりもののこの眼だけは大切に、こんなんにも夢を見せてくれた美しいものを写しとる為に、命を捧げたいと思っています。そしてこれにだけは嘘をつかないように、この視界のことだけは適当な形容詞なんかで済ませないようにして、あの日見たような、道路に反射した西日とか、暗がりに構える山々とか、露をのせて揺れている色褪せた葉っぱとか、それに触れるカサカサの人差し指とか、そういう、二つの眼だけで見た世界に顕現する神とはたった独りでお喋りしようと思うんです。この孤独だけはちゃんと守ってあげないといかんと思うんです。
冷たい夜を過ごす人達がそのまま自分を愛せますようにと、かの神とお祈りしながら、誰もいない所で一人で夢みたいに死にたいな。それしかないな。

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