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コロナとか差別とか差別とか・・・


「いろいろ」
そういうオモシに、私は「たとえば、どんなことがあった?」と聞いたのだけど、
もう一度「いろいろ」とオモシはそう言ったきりだった。
これは、私の「日本に来てから、嫌なことあった?」という質問に対するオモシの答えだ。


最近、私には嫌なことばかり起こる。

例えば、お店に行っただけで、クレームが来たとか。
子どもを見ていただけで、不審がられたとか。

これはこのところ次郎に起こっていることだ。

コロナのお陰で、次郎がいつも通っていたスーパーに「マスクしろ」おじさんが現れ、マスクをしても「距離をとれ」と言われ、すっかり怖くなった次郎は、ちょっと遠い店まで買い物に行くようになった。その新しく行くようになったお店にクレームが来たのだ。

私は「ほら、だから言ったでしょ!うろうろしたらダメなんだって」と次郎の行動を規制するようなことを言うと楽だろう。世間の目に自分を同化するほうが自分は痛くない。しばしば親も支援者もこの立場をとる。「ご迷惑をおかけてすいません」と詫びさえする。その頭を下げた勢いで、怒りの矛先を障がいのある子に向ける。

でも、次郎の身になってみれば、なんとも辛くやるせないことだった。いったい次郎が何をしたと言うのだ。


ちょっと考えたらわかる。自分がなにげなくお店に行くだけで、白い目で見られるなんて。挨拶しただけで、不気味がられるなんて。小さい子どもを大丈夫かな?と見ているだけで、不審がられるなんて。

私は、それこそが、障がい者差別ではないか!と怒り、こんな差別社会を変えるのだ!なんなら、障がい者差別のクレームを出す客の対応マニュアルを作ってやろうとさえ思っていた。

ここまでは、私もまあ怒りに任せて元気だった。

ところが、この話をある障がい者の親にしたところ、ものすごい勢いで「親として、注意するべきと思う」と言われたのだ。「世間はそう(不審に)思う」と。だから親として「二度とそんなことをしたら許さない、と自分の子どもにはきつく言い渡してある」と言ったのだった。

そして、こともあろうに、「つきまとうことに性的な意味も出てくるから」と言った。これには打ちのめされてしまった。その方のお子さんの障がいの程度は知らない。しかし、痴漢の多くが四大出の妻子持ちだ※ということや、性犯罪は性欲から起こしているのではないことなど、実態を何も知らないで、なんてことを言うのだ。私は、知的障がいがあることで、性犯罪者になるようなことを言われたことに、打ちひしがれてしまった。偏見だけで物を言うな!!

障がい者の犯罪率の低さは統計からもわかる。犯罪を犯すには、知的能力が必要なのだ。IQ18の次郎には、犯罪を犯す知的能力が足りない。ましてや動機もない。

何を根拠に、何を根拠に、そんなひどいことを言うのだ。
それが世間の目だという。だとしたらなんて絶望的な世間なんだろう。


以前も、田舎のコンビニで「他のお客様がびっくりされる」と言われたことがあった。次郎を見た他のお客様がびっくりされると言うのだ。

他のお客様がびっくりされる?他のお客様がびっくりされる?なんだそれ?

その時も、オモシを思い出したなあ。
黒人を見たこともない田舎のおっさんは、オモシを見てさぞかしびっくりされるんだろうなぁ。

びっくりする方が失礼やろ!!


だから聞いたのだ。「オモシも日本に来て嫌なことあった?」と。

「ありました」というオモシに、「どんなこと?」と聞くと、「いろいろ」と言った。それは、いろいろありすぎて答えられないと言っているようだった。そして「変な人はいるから」と言った。それから「相手にしない」とも。

そうだよね。オモシの方がよほど嫌な思いをたくさんしているよね。
けっして日本は黒人のオモシに優しい国ではないよね。もちろん優しい人がたくさんいるなんて当たり前のことだ。嫌なことはひとつでも多すぎる。おそらく無数の嫌なことを経験してきたオモシを思うと、私の痛みなど小さなものに思えてくる。

私はそんな話を次郎にもしてあげたいと思った。嫌な思いをしているのは次郎だけでないと慰めてあげたかったのだ。

オモシは黒人差別をうけていることを教えてあげようとして、
次郎に「オモシは、色が黒いでしょ」と話しかけた。
そしたら、意外なことに次郎が「え??」と言ったのだ。
「うん?もしかして、次郎はオモシが黒いと思ってないの?」と聞いた。
すると次郎は「うん」と言う。
私が「オモシは肌の色が黒いから、黒人って言われるんだよ」と説明した。
すると次郎は不思議そうな顔で「へー」と言った。
「もしかして、次郎はオモシを黒いとも、自分と何か違うとも思ってなかった?」と聞く。
次郎は「うん」と言う。

もう話が進まない。

どうやって説明したらいいんだろう?どうやったら、黒人って言うだけで怖がる人が居ることや、黒人というだけで疑う人がいることを説明できるだろう? 

そんな話を次郎がわかるはずもなかった。

オモシは次郎が小さい頃から知っていて、次郎を最も可愛がってくれた友人で、おそらく、次郎にとって世界一優しい人だからだ。

もう私は、説明することを止めた。
次郎はオモシを世界一好き。
それだけで、充分だった。

コロナが人々の仮面を剥いでゆく。
人々が心の余裕を失ってゆく。

だから、私たちは笑っていよう。

変な人は何処にでも居るから、相手しないで笑っていよう。


※「男が痴漢になる理由」斎藤章佳著<イースト・プレス>より

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