しとやかで野蛮な蛇口
突然だが、インドールという化学物質をご存知だろうか。
そうだよね、そうだよね。斯様なハイセンスな書史を嗜まれる諸君に於かれては、当然ご存知のものと拝察する。然し乍ら、敢えて釈迦に説法、孔子に論語、河童の川流れ、猿は気から、ごめんなさい。気がついたら知ってることわざ並べてました。解説者はインテリゲンチャたらねばというプレッシャーではみ出てしまいました。さらにいうと、然し乍ら、とか書きましたけど、変換して初めて漢字学びました。「ながら」は「乍ら」って書くらしいっすよ。乍。なんかナスカの地上絵っぽいすね。ねえそこの男子!私語を慎む!と脳内の生徒会長から注意されたので、謹んでインドールの話に戻らせていただく。
インドールとは大便の匂いの元となる成分である。然し乍ら(覚えたてなので積極的に活用)あら不思議、これを100倍〜10000倍まで希釈すると、何故かお花のような芳香と感じられ(実際ジャスミンやビターオレンジの香り成分でもある)、香水や香料にも利用できるようになるのだ。また、濃度は花のそれと比較すると高いがチーズなどの発酵食品からも感じられ、これに取り憑かれたチーズ愛好家が世界中にわんさかいるわけだ。
スゴくないですか?
何がスゴいって、人間の脳味噌。想像してごらん?うんこの臭いをうすーくうすーくすると、ホラお花の香りに様変わり!って。バカなの?だってカレーをいくらうすーくうすーくしたって、うすーいうすーいカレーの味じゃあないですか普通に。カレー味のうんこをいくらうすーくうすーくしたって、うすーくうすーくうんこが入ってるわけだから食べられないじゃあないですか普通に。一部の愛好家を除いて。うすーくうすーくしたら二次性質が変わるって。脳味噌ってほーんとバカなんだから!うんことかちんことか男子ってほーんと下品なんだから!ビークワイエット!と脳内の生徒会長(帰国子女)から再度注意を受けたわけだが、ここで一つの疑念が浮上する。もしかして生徒会長(茶道部)…
おれに気があんじゃね?
だって、男子!っていうときいつもおれのことしか見てないじゃんね。異性代表!って捉えてんじゃんおれのこと。それってつまり性的対象ナンバーワンってことっしょ?しかもさっきおれうんこの話はしたけど、ちんこというワードは一言も発してないじゃんね。悪い気はしねえよ。ビークワイエットのスペルも知んねーおれだけどさ。まんざらでもねえよ。だって口うるさいし地味だけど意外とスタイルいいし、席の横通るたびなんかいい匂いするし。でもちょっと待ってやべえ。あのふわっとしたbotanicalでcaptivatingな匂いさ、もしかして、インドールじゃね?インドールじゃん!そうだ絶対インドールインドール!
ということで、インドールに話を戻しますねさすがに。生徒会長(推定Dカップ)のことは置いといて。神棚の上に置いといて。いわゆる耽美主義的な創作物には、ある種の危うい野蛮なエッセンスが含まれているように思う。本来生存本能的に危うさ、危険なものというのは忌避されるものであるし、野蛮さというのは文化や教養とは対局にあるものであるはずだ。然し乍ら(←)これまた不思議なことに、それらのエッセンスが巧く調合された創作物は、希釈されたインドールがなぜか芳香を放つかのように、えもいわれぬお耽美で妖しい魅力を発散するのだ。タナトスがいい塩梅にくすぐられることにヒトは快楽を覚えるのかもしれない。或いは側坐核のバグによりそう感じてしまうのか。
但し、エッセンスの調合には微妙な匙加減が求められる。あからさまな危うさは思わず消臭力をスニりたくなるようなクサみを感じさせるし、わざとらしいそれはズブロッカでうがいをしたくなるような雑味を感じさせる。著者である音羽嬢の作品からは、大胆な匙加減により妖しい魅力がむくむくと横溢している。もしかしたらもしかすると、妖しさ耐性がない者からすると、その濃度があまりに強く感じられ、オーヴァードーズという事態を引き起こす可能性さえある。でも、それでいいじゃない。チープな言葉でいえば「感じ方は人それぞれ」。
そう、感じ方は人それぞれでーす。心の哲学に於いて「逆転クオリア」という思考実験がある。斯様なハイセンスな書史を嗜まれる諸君に説明するのも手前味噌だが、たとえば貴君が熟れたトマトを見た時に感じる真っ赤な色は、別の人にはアマガエルのような緑色として感じられているかもしれない。つまりこの思考実験では、同じ光などの刺激に対して、異なる感覚的体験(クオリア)が及ぼされる可能性が示唆されている。これに対しては、一つの刺激の質感は他の質感と関係性を持っていたりいなかったりするので、そうなると全く同じ脳味噌と全く同じ刺激とそれらを測定する装置を用意しない限りは回答が得られないわけだ。わけなのか?知んねーけど、生徒会長(姉と弟がいる)のことはついさっきまで全然魅力的な存在として認識していなかったが、おれをそーゆう目で見ているとわかった途端、俄然魅力的に感じられるようになったように、感じ方ってほーんと迷い子!
だから、『Immoral Baby_Pink Trap』という刺激物を摂取してオーヴァードーズする者は大いにすれば宜しい。この危うく野蛮で妖しい耽美を解する者だけがこのトリップ感を嗜めばいいのだ。なんなら、それがわたしだけであってもいい。むしろ、わたしだけのものとしたい!そう思いながら、この解説文にうすーくうすーく露悪性を重ね塗りしてゆくーー。
ー ー ー キ リ ト リ ー ー ー
本エッセイは、音羽氏の歌集『Immoral Baby_Pink Trap』のあとがきです。
同書はこちらにてご購入いただけます。
(kindle版)
買わないと、近いうちに後悔することになるからな。