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シロイルカ

もうすっかり夏。
シロイルカの背中をペンペンしたい。
シロイルカには、マーラと名づけよう。本当はクルルって名前なんだけどね。
そう思い立ち、海水に入るためのパンツ、いわゆる海水パンツを着用して、玄関から躍り出た。
全て右足だけを駆使して階段をくだることに成功したので、これであの子の胸を揉むことができる権利を得たわけだったのだけど。
家の前には、警察署がある。門の前の長い棒を持った警官然とした警官がこちらを睨め付けている。
ポピーとしてはなんら疚しいことはないので、疚しいことがない然とした、極めて軽やかな泰然としたスキップをきめこんで駅を目指そうとした。転んだ。
柔道の素養があるので、といっても中学の授業で教わった程度だけど、くるんと身を翻して腕をパシンとアスファルトに打ちつけて巧みに受け身を取った。打ちつけた手のひらにガムがこびりついた。
さあて、シーパラシーパラ。ポピーを鼓舞するために尋常より半音高めに高らかに声に出した。
「シーパラ?」後ろから話しかけられて。振り返ると、警官然とした警官。

「なんですか」
「シーパラがどうしたんですか」
「横浜・八景島シーパラダイスです」
「シーパラダイスですがどうしたんですか」
「目指してます」
「なんでパンツ一丁なんですか」
「これは海水パンツと云って、海水に入るためのパンツなのです」
「ブリーフでしょそれ」
「そうですか、じゃ失礼します」
「詳しく話を訊かせてください」
「シロイルカをね」
「は?」
「ペンペンするんです」
「なんでパンツ一丁なんですか」
「これは海水パンツと云って」
「ブリーフですから」
「ペンペンするんです」
「その挟んでるのなんですか」
「シュノーケルです」
「吸引具でしょ」
「え?」
「吸引具ですよね」
「空気のね」
「マリファナのね」
「ペンペンするんです」
「連行します」
「シーパラに?」
「署です」
「八景島の?」
「そこの警察署です」
「ガム要りますか?」
「来てください」
柔道の素養があるので、警官然とした警官の奥襟を取りにいったところ、警官然とした警官は所持していた長い棒でポピーのストマックを素早く突いたる後、蹲るポピーの後頭部をたくさんしたたかに殴打した。
そして、ややあって現在、留置所の中にいるわけである。
蒸し暑い留置所の中で、白い壁はひんやり冷たくて気持ちが良かったので、海水に入るためのパンツを脱いで全身をぺたりと壁にくっつけて、手のひらでペンペンすると、殺風景な空間にペンペンがたおやかにこだました。
もうすっかり夏。





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