へらがき屋
「お名前は?」
「ポピーと申します」
「ポピーさん」
「はい、ポピー」
「本名ですか?」
「はい、間違いありません。
ポピーも実は長いこと、自分がポピーというのを知らなかったのですが。
親父が死ぬ間際。ポピーを枕元に呼びましてね。
おい、ポピー。か細い声で言いましてね。
お前の名前は、ポピーだ。
そう言って、ポクリでした」
「珍しい名前ですね」
「そうですか」
「苗字は?」
「そうです」
「苗字は?」
「はい」
「苗字はなんていうんですか?」
「はい、そうです」
「だから、姓名のセイはなんていうんですか?」
「せいですか?179!」
「姓です。佐藤とか鈴木とか、姓名のセイ」
「玄界灘です」
「玄界灘?」
「はい」
「あの、壱岐の?」
「いえ、玄界灘です」
「壱岐の玄界灘ね。本名?」
「はい、間違いありません。
ポピーも実は長いこと、自分が玄界灘というのを知らなかったんです。
親父が死ぬ間際。ポピーを枕元に呼びましてね。
おい、ポピー。か細い声で言いましてね。
お前の苗字は、玄界灘だ。
そう言って、ポクリでした」
「生年月日は?」
「そうです」
「生年月日言ってください」
「セイネンガッピ!」
「生年月日を、言ってください」
「セイネンガッピ、ヲ!」
「あなたの産まれた日を教えてください」
「うーん…………………………………………………………………なにも覚えてないですね」
「あなたの産まれた日付を教えてください」
「ああ、1月の1日です!大好きなおばあちゃんに教えてもらいました。
ポピー!アンタの産まれた日は太閤さんと一緒の正月元旦1月の1日なのよ元旦よこりゃ出世するわよ成り上がりよ永ちゃんよ将来大富豪よ最初っから強いカードを2枚ぶん取れるのよ!って」
「産まれた年は?」
「はい」
「産まれた年がいつか教えてください」
「そうです」
「あなた、おいくつですか?」
「10歳です」
「どうみてもアラサーなんですが」
「いえ、10歳で間違いありません。
ポピーも実は長いこと、自分が10歳だというのを知らなかったんです。
親父が死ぬ間際。ポピーを枕元に呼びましてね。
おい、ポピー。か細い声で言いましてね。
お前の歳は、10歳だ。
そう言って、ポクリでした」
「お父様が亡くなられたのは何年前ですか?」
「ああ、20年前ですね」
「なるほど。三十路と」
「なんですってあなた!ポピーは違いますよ!
なんですかあなた!そうやって決めつけて!
この時代にね、古臭いんですよ男とか女とかで差別するのは!
チンポコぶら下げてたらエライっていうんですか!え?
ポピーはそういうのが一番嫌いなんですよ!大嫌いだ!大っ嫌いだ!」
「なにと間違えてるんですか」
「あなたが言ったんでしょうが!」
「三十路といっただけですが」
「ポピーはミソジニストじゃない!」
「三十路というのはね、30歳ということです」
「じゃあ30歳と、そういえばいいでしょうが!」
「はい。30歳ですね」
「取り乱してすみません」
「学歴を教えてください。ああ、あの、どちらの高校に通ってたんですか?」
「ああ、ポピーは地頭が良いのでね、なんと、2年で卒業しました!」
「ああ、なるほど。高校中退、と」
「昔から神童と呼ばれてました。呼ばれて呼ばれて、呼ばれ続けて、現在に至ります」
「お仕事は?」
「多い日も安心です」
「え?」
「多い日も安心です」
「なんですか、生理用品?」
「そういう名前のバンドでして」
「ああ、バンドマンなんですか。変わった名前ですね。パートは?」
「パートじゃありません、正規メンバーです」
「何を担当されてるんですか?」
「ユンボです」
「現場作業員なんですか?」
「いえ、ユンボを操作するんです」
「ユンボって、あのショベルカーですよね?」
「はい。あれでまずですね、ライブハウスに向かうわけです。
実際乗ってみると結構揺れが激しくてですね。
お酒やら何やらも相まってかなり酔うわけですが、構わず向かいましてですね。
そうしましたら、思わずライブハウスにガンっ!といってしまいましてですね。
演奏せずじまいで、解散の運びとなりました」
「現在のお仕事は?」
「へらがきです」
「へら?」
「へらがきです」
「なんですか」
「ヘッッッルァ!がき!です」
「ヘッッッルァ、がき」
「ええ、ヘッッッルァ!がき!です!」
「どのようなお仕事で」
「名前のとおりです」
「教えてください」
「ヘラでね、掻き集める仕事です」
「何をですか」
「ケシありますでしょ、ケシ。キレイですよね。
ポピーは昔から好きなんです。ケシ。
あれがパッとキレイに咲き誇ったあとっていうのは、はかなく散ってしまうわけです」
「話が見えてこないのですが」
「そうするとですね、あとに残るは実ばかりってわけです」
「それで」
「それにですね、朝のうちにピッと薄く切れ込みを入れておくわけです。
するとですね、その切れ込みから、お乳みたいな液体が、ドュルドュル出てくるわけです。
夕方にですね、そのお乳を、ヘラでもって、こう、掻き採って、掻き採って、集めていくわけですよ」
「それって」
「それを乾燥させるとですね、粘土みたいになるわけですが」
「ヘロインですよね」
「なんですか」
「ヘロインですよね、それ」
「ポピー界隈では、プティって呼んでます」
「逮捕します」