着陸時のバードストライクで胴体着陸に至る機序の考察
鳥「また俺のせいかよ」
だいたい君のせい。
アゼルバイジャン航空8243便が墜落した原因はロシアの誤射以外に合理的説明がつかないのですが、今回ロシアは「原因はバードストライクによる酸素タンクの爆発!」となぜか即発表。その後にミサイルの金属片で穴だらけ(しかも内向きに)になった事故機の写真が流れると「憶測で物事を語るのはよくない!」と開き直るという、旧ソ連もびっくりのクソムーブを見せています。
バレるのは分かっているけどとりあえず嘘をついてみるという行動が理解できないのですが、親露派とかそういう人に少しでも「あれは西側のオールドメディアが流す嘘!ロシアはいぢめられている!」という物語を提供できればそれで勝ちなのかもしれません。
とりあえず、自分が墜落するとしてもロシア領以外で墜落したいものですね…
ただ、憶測で物事を語るのがよくないのは確かにそのとおりとして、今回のチェジュ航空2216便着陸失敗事故では
「737はバードストライクくらいで降着装置/フラップ/スポイラーすべて格納したままの高速胴体着陸に至ってしまうのか?」
という疑問がSNSで多数語られており、その疑問についての自分の仮説を覚え書きしておきます。もちろんあくまでも推測なので、詳しい人はご指摘くださいますと幸いです。
【現時点で報道されている情報】
あくまでも日本時間12月30日0:00時点で「報道されている情報」であり「事故報告書に記載できるレベルの正確さで確定している情報」ではないことに注意してください。以下の日時記載はすべてUTCです。
[事故の概要]
・事故機はタイ・バンコクにあるスワンナプーム国際空港を離陸。
・およそ4時間半の飛行の後、務安国際空港に南から予定通りの着陸アプローチを行う。
・しかし、何らかの理由で接地せずにゴーアラウンド。
・北からの再アプローチを行うが、胴体着陸での着陸となる。
・減速しきれず、滑走路をオーバーランして計器着陸装置のアンテナ基部に衝突。爆発炎上。
[Flightradar24の記録]
・これらの記録は機内に搭載されたADS–Bによるものである。
・時系列から、これらはすべて1回目のアプローチ中の記録である。
・23:57:40までは一定の降下速度と降下率で降下している。
・23:57:50あたりで降下速度がいったん落ち、23:58:18あたりから急加速している。
・加速により高度500ftで降下が中断。
・その後、23:58:50で記録は途絶えている。
・23:58:50に通信関連、またはより広範囲の電力喪失など何らかの事象が発生したものとFlightradar24のブロガーは推測している。
[動画から確認できること]
現状、着陸時の様子を確認できる動画は2つ。
動画Aは胴体着陸アプローチ中の2216便を左舷側から撮影。
動画Bは接地から滑走して爆発炎上するまでを右舷側から撮影。
<動画A>
・滑走路への正対と着陸直前のフレア操作ができていることから、少なくとも操縦翼面は最低限の動作ができているものと思われる。
・垂直尾翼の長さで測って高度200ftほどからおよそ12秒でアプローチ、そこからテールが接地するまでおよそ10秒以上かかっている。
・胴体着陸時も含め、通常は着陸時に展開される後縁フラップ/スポイラーがすべて格納されたままである。
<動画B>
・接地についてはコントロールタワーよりも奥、つまり全長2800mの滑走路中央あたりに接地しているように見える。
・動画Aでは見えにくかった前縁フラップ/スポイラーもすべて格納されたままであることが確認できる。
・1番(左)エンジンのストラトリバーサーについては展開していない。
・2番(右)エンジンのストラトリバーサーについては展開している。
・胴体着陸において行われる消防車の展開や消火剤の散布はない。
・胴体の長さからオーバーラン時の速度を算出した人がいるらしい。およそ200km/hとのこと…
[737-800についての背景情報]
・737-800の油圧システムはA/B/非常の3系統である。
・油圧A系統は1番エンジンの、油圧B系統は2番エンジンのストラトリバーサーを動作させる。
・着陸脚の展開/格納は油圧A系統で動作。油圧B系統は格納のみ動作。
・着陸脚の展開はバックアップあり。人力で非常用ワイヤを引いてロック解除→自重で展開。
・後縁フラップは油圧B系統で動作。バックアップは電動。
・フラップが出ていないとスポイラーも展開ができない(はず)。
・ADS-Bのアンテナはバードストライクで破損するような位置ではない。
[務安国際空港についての背景情報]
・2800mのアスファルト滑走路が1本。ILSはカテゴリーI。
・より大きい最寄り空港は仁川国際空港(ICN)。距離およそ273km。
・仁川国際空港の滑走路は最大4000m。ILSはカテゴリーIII。
・一般的にILSアンテナ基部は地中にある。が、務安空港ではなぜか壁のように露出している。
[その他の背景情報]
・当該機材は2日前にスコーク7700を出して緊急着陸しているが、これは中国人乗客が頭と心臓の痛みを訴えて意識を失ったことによる医学的緊急事態であり、機材トラブルではない。
現状で信頼できる情報は以上です。
目撃者の談とかはとりあえず信じない。
【争点】
さて、争点としては
・バードストライク程度でなぜ胴体着陸に至るのか?
・胴体着陸としても、なぜフラップを出さずに着陸したのか?
以上の2点だと思います。
つまり、バードストライクからの緊急着陸に対して2216便は合理的ではない対処を行なっている(ように現時点では見えている)ので、謎だのなんだの言われている、というわけですね。
どうにも頭を捻っても合理的ではないと思える謎の行動に対して、どうにか納得のいく説明をする方法。それはヒューマンエラーのせいにすることです。
パイロットが慌てていて脚を出し忘れたとか、油圧がなくても自重で脚を出せることを失念していたとか、フラップを電動で出せるのを忘れていたとか、整備不良とか…
…
…いや、まあ…確かにこれとかこれがあるので、絶対にないとは言い切れないのが怖いところなんですけど、でもそれ、いま原因不明の事故で死んだばかりのパイロットに対して、さすがに名誉毀損が過ぎませんかね?
なので考えてみたいのです。
「じゃあパイロットエラー以外に説明がつくのか?」
と。
つくんじゃない?
知らんけど。
【仮説】
というわけで以下に、自分の仮説を考えながら殴り書いていきます。少なくともパイロットエラー説よりスジが通るやつを。
まず前提として、1回目のアプローチ序盤である23:58:50前後の2216便の状況を推定してみます。
この時点までに、バードストライク、またはバードストライクではなくとも、少なくとも左右どちらか1発のエンジンの推力喪失につながる事象が発生。(23:57:50)
高度1000ftで片発を失い、しかしそのままでは降下率が増えて滑走路手前に落ちてしまうので、高度500ftでゴーアラウンドモードに変更。管制にゴーアラウンドとメーデーを宣言。残りの1発の推力が上がり降下中断。(23:58:18)
この時点で片発停止のオペレーションが始まり、チェックリスト確認のためひとまずアプローチ断念。ゴーアラウンドモードにより降着装置/前後フラップ/スポイラー格納。チェックリスト開始。
結果論としてはここでゴーアラウンドモードにせずそのままアプローチを続けていれば着陸できた可能性があると思いますが、結果論です。
そして謎があるとすれば、ここからが謎です。23:58:18から23:58:50までの30秒で、致命的なレベルの電源喪失まで至る事象が発生しているはずです。なぜかというとADS–Bが止まっているので。
ただ、この電源喪失の原因は謎です。もし両エンジンが停止しても737はAPUが(たしか手動で)起動して電力を供給するはず。なお、737にはラムエアタービンはありません。
なのでまず可能性として考えられるのは、APUを起動している時間的・人的余裕がなかったという事象です。双発停止でまずやるべきは機を落とさないことなので、機首を下げ、減速しても機が失速しないようにします。地表が近く、降りないといけないのなら緊急進入チェックリストに移動します。つまり1分ほどかかるAPUの起動、そこからさらに1分ほどかかるエンジン再始動はチェックリストの最優先事項ではありません。
もしAPUが起動できなくても代替空港までくらいはバックアップ電源を供給してくれる非常用バッテリーがあるはずなのですが、これも電源バスを切り替える必要があり、チェックリストの最優先ではありません。最優先は落とさないこと、空港が見えているなら降りることです。
あと考えられるのは、エンジン故障による部品の飛散とそれに伴う電気系へのダメージでAPUが起動できなかったとか、エンジン停止のチェックリストを実行する段階で、高負荷のかかったAPUがバッテリーまで巻き込む何らかの電気的トラブルを発生させたのかもしれません。
また、さすがに鳥がバルクヘッド突き破って前部電源室に飛び込む、なんてことはないと思いますが、鳥が降着装置に激突して作動油が漏れて火災が発生。それを引き込んだことで近くにある電気系が故障したのかもしれません。が、着陸前だと冷え切っているはずで火元がなく、あるとすれば漏電による発火です。ただし動画からは火災や油漏れは確認できません。
ひとまずこれについては考えても現状結論が出ないので、ADS–Bがダウンしたことから2216便は一切の電気系を喪失したと推測します。(23:58:50)
エンジン片発または双発が停止か推力低下して、APUも高度もないので再始動不能。片発目だけバードストライクを免れていたとしても、そもそも電源喪失状態では遠からずアイドル推力になるでしょう。グラスコクピットも完全ダウン。嫌ですね。フライトシムだと墜落まで特に何もやることがないのですが、シムではないので何かしないといけません…
幸い空港は見えています。とりあえず500ftしかないので対処療法。進入高度の維持。燃料の消費=着陸重量の軽減と4000m滑走路のために仁川へ行くとかありえません。電力喪失前に火災警報が出ていたとしたら、もう一刻の猶予もない。恐ろしいのは、パイロットが把握できる情報が機体の推力が出ているかどうかと、操縦翼面が動くかどうかだけだということです。センサーも、センサーの情報を表示する装置も死んでいます。
電源喪失前にゴーアラウンドモードになっていたため、降りようにも既にアプローチができる体制ではありません。滑走路上空を南から北へ通過して、進路左に。そこから最小限の右旋回です。右手に管制塔があるので、進路右からの左旋回は考えなかったはず。
通信が死んでいたとしたら胴体着陸の可能性ありと叫んでも誰も聞いていないので、地上で消化班の出動が行われていなかった説明もつきます。
ここでパイロットは悩むことになるはずです。
つまり、胴体着陸をやるかどうかを。
自重で脚を出すことは可能です。ですがまず、その脚はちゃんと出てくれるでしょうか?電気が死んでいるので、脚が固定されたかどうかがシートに座ったままでは分かりません。通信も死んでいれば、脚が固定されたかどうかを管制に確認してもらうこともできません。それができたとして、アプローチがうまくいかず2回目のゴーアラウンドとなった場合、脚を出したままあと1回余計に旋回できるかもどうか分かりません。というかたぶん離昇推力が出ない可能性が高い。
そもそも脚で着陸したとして、脚周りに油圧トラブルが出ていた場合、ブレーキやABSは左右ともまともに動作するでしょうか?また、対気速度計が死んでいるので失速回避のためにはどうしても速度超過での侵入になりますが、それによるパンクや脚の破損で片側だけブレーキがかかればたちまち滑走路を逸走します。
ギアチェックができない以上、確実なのは胴体着陸しかない。
滑走路に正対。
フラップ出しますか?出す勇気あります?
推力と油圧にトラブルを抱えた高度500ftで?
最悪、片側だけ出るかもしれません。そしたら空中でもんどりうって横転、即墜落です。そもそもいまどれだけ速度が出ているかも分からない状態なら、出した瞬間に空気抵抗超過でフラップが吹っ飛ぶかもしれません。中途半端に吹っ飛んだらそれも即横転です。旋回が急すぎて出す時間がなかったり、電気系と油圧系のどちらも死んでいたらそもそも出せません。ゴーアラウンドモードのまま電源が落ちて、それが影響した可能性もある。
ひとまず確実なのはもう、そのまま胴体着陸しかない。
ですがその状態でなんとかアプローチするも、正確な速度と高度が分からず、地面効果と油圧トラブルで昇降舵の動作が緩慢だったために接地が遅れ、推力が無いためにリバーサーも効かず。
結果、減速しきれずオーバーラン。なぜか地面に埋まっているはずのILSの基礎が地面に出ていて激突。
以上です。
このような仮説であれば、前述の2点についてパイロットエラーを排除して合理的に説明可能かと思います。
ここまで書くと結局の原因はILSの基礎工事じゃねえかという気がしますが、こんな年末の忙しいときに航空事故の原因なんて考えても虚しいだけです。NTSBに任せて、とりあえず今は鳥のせいにしておきましょう。
オチはありません。
179名の冥福をお祈りいたします。