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北海道一周旅行記(9/n)【帯広〜豊似湖〜襟裳岬〜苫小牧】・2022夏

本文の内容はあくまで個人の経験に基づく見解であり、それを必要以上に一般化する意図も、それと相反する意見を否定する意図もありません。一方でその上でも、もしお気付きの点がありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

全編のリンクはこちら。
(1/n):【新千歳〜札幌〜稚内】
(2/n):【利尻島〜礼文島】
(3/n):【旭川〜網走〜知床】
(4/n):【知床〜野付半島〜摩周湖】
(5/n):【摩周湖〜釧路〜根室〜阿寒湖】
(6/n):【阿寒湖〜裏摩周・神の子池〜屈斜路湖〜和琴半島】
(7/n):【和琴半島〜美幌峠〜三国峠〜タウシュベツ川橋梁〜帯広】
(8/n):【帯広〜ナイタイ高原〜十勝牧場〜帯広】
(9/n):【帯広〜豊似湖〜襟裳岬〜苫小牧】
(n/n):【苫小牧〜新千歳】

9日目後半【帯広〜豊似湖〜襟裳岬〜苫小牧】

叶えられない夢に終わりを隠してたから
この日が素晴らしき日でありますように

DIR EN GREY - VANITAS

広尾郡(フンベの滝)

北海道南下編が始まった。ひとえに直進。もう本当に旅のクライマックスだ。なにごとも、はじまったりおわったりしてしまえばあっけないもので、その直前に感情のピークがくるものだ。最終日前夜に、最後の岬に向かうこの時節は、まさにそういった感情であった。まあ、函館や小樽の方にはいってないので北海道に岬は他にもあるのだが、そこに行く旅はきっと、今のように剥き出しにした感受性で楽しむようなものではなく、出張だとか家族孝行のような、いってしまえばビジネスライクなものになっているだろうなと考えた。そんな遠い未来への諦念とは正反対の、突き抜けるような昼の快晴だった。

帯広の空。時刻は15時前。

襟裳岬までの道程までに、通った箇所はいくつかあった。1つはフンベの滝だ。まあ、道中に出てきたちょっとした滝で、たまたま運転を小休憩したい頃合いで出てきたために寄った程度であった。とはいえ、確か北海道初の滝だ。高さは10m弱で、幅も2,3mの小規模なものだったが、昼時の強い日差しを浴びていた僕らには、その清涼感もひとしおだった。

その隣に海難碑があった。仔細はわからないが、ここまで海岸沿いだと、事故もしばしばあるだろう。なんというか、由比ヶ浜に感じる海の大きさとは別の感覚を受ける。突き放されているような気分。この付近のどこかの誰かに不幸が襲い、また別のどこかの誰かが胸を痛め、ここで祈りを捧げているのだろう。そういったものが特別なことではなく当たり前のこととしてこの地に在るということを、北海道は都度僕らに伝えてきたなと、これまで通ってきた街を思い返した。人命はなにも、重いものではないのだと。僕も、貴方も。

もう1つが、フンベの滝そばにあった大型駐車場兼展望台だ。大型トラックが数台止まっていた。運転手がタイヤの向かいに座り、工具でメンテナンスしていたので、主に彼ら彼女らのために置かれている場所なのだろうと推察した。展望台は建物を建設する際、その輪郭に設置される足場のようなものであり、観光客を招くために本腰を入れて作られているわけではないようだった。海を見て、つい1,2時間前にした襟裳岬に向かうという無謀な決意を思い返し、少し笑った。もう15時だ。今からがっつりと南下し、そのあとがっつりと西進するのだ。それに襟裳岬なんて最初旅程に入れなかった程度の、特に見る場所もないと判断したものだったのに。

豊似湖

襟裳岬を目前にして、苫小牧までの時間配分を考えたとき、一時間弱余裕があることがわかった。ちょうど目的地候補であった豊似湖にいくこととした。上からみるとハートの形をしているというのがウリの、ライトなスポットの想定だった。しかし、これが非常に曲者だった。この旅を通して最も恐怖した体験であった。

豊似湖は山の中にあった。この山は、住居のそばにある裏山程度のどこにでもあるような規模で、ゆえに観光地として整備されていなかった。1キロ、2キロと進むなかで、徐々に住居や住民の姿が少なくなっていく。そうしたころ出てくる案内板も数多いとは言えず、なおかつ信憑性も低い情報だった。残り200mという案内があってから2,3kmは移動したと思う。直線距離での表記だったのだろうか。

ここから1,2キロかかるとは、この時はまだ思っていなかった。
山道。

時刻は17時目前。一向につかない豊似湖。当然明かりもない。道も細く、曲がり道では脱輪の恐怖もある。案内板が「残り100m」以降消え、とにかく直進しては曲がるということを繰り返すが、後何度それがあるか予測することもできない。住居も車も人も見えない。しかもまだ、往路だ。湖を見て、またこの長い道を戻り、住居のあるあたりまでは最低でも陽が出ていないといけない。復路にて日没となれば、おそらくほぼ100%脱輪だ。電波もなく、助けを呼ぶためには車をおいて体感2キロの山道を降り、民家にまで歩いて行かないといけない。人や幽霊ではない、自然という無機質なもの特有の恐怖が忍び寄ってきていた。かけていた音楽も止まり、ダウンロード済だった音楽が自動的にかかっていた。

Driver's highが3度は流れていたが、それどころではなかった。

緊迫の20分ほどが過ぎ、なんとか駐車場までたどり着いた我々だったが、ここでも別の恐怖体験があった。駐車場には僕らの車ともう一台があった。それはハイエースで、中年の男性が運転席にいたのだが、僕らをみるや否や、車を降り、荷台を慌てていじったのち、山を降りていったのだ。この後、彼は何をしていたのかなどと二人で話すも、不穏ではない可能性が一つずつ消えていくのみで、より恐怖した。彼の格好や荷台を盗み見るに、清掃でもない。おそらく地元民のようで、観光でもない。今でも分かっていない。

駐車場からはさらに100mくらい歩いた。距離としては短いが、山奥の林道。岩が転がり傾斜になっているし、なにより、熊がいる可能性もある。電波もない。陽もほぼ落ちている。熊除けの声が、不安まじりなものであることは違いに分かっていただろう。

そうして着いた。豊似湖。もう、ハートの形だねなどと盛り上がれる状況になかったし、さらに言えば僕らの視界から見てハートには見えない。ドローンでも飛ばしてみないと、ただ湖と呼ぶには小さい水面が見えるだけだ。豊似湖について1,2分で離脱することになった。


すぐさま復路となった。同じの道を再び下る。この時は不安や恐怖よりも、緊迫時の集中がされていた。こういうのは意外と得意かもしれない。まあ、今振り返って、記憶の中でそう思うだけなのだが。

復路。整備された道が出てきた時の安堵たるや。
レンタカーの外傷が気になったがたいしたことはなかった。値段をケチってvitzやアクアを借りていたら、どうなっていただろうかと考えた

ちなみに、大学1年生の時、同様の恐怖体験をした。中秋の名月を見るべく、当時の彼女と高尾山中腹で夜通しすごす算段だった。しかし想定よりも寒く、手持ちの食料もなかった。売店もなく、不安になっていた午前2時前。ふと、お香の匂いがすると彼女が言う。周りを歩いていると、崖下に複数の人が等間隔に並び、立っていた。そして鈴のようなものを定期的に鳴らしていた。そう、この空間には、僕たちの他になんらかの宗教団体20名ほどが同居していた。緊迫しつつ、背中を壁に預け距離を取った。彼女を守って戦えるのか? と思った。翌朝、問題なく陽を迎えることができ、すぐさま下山した。しばらくして、あの夜は男として臨戦態勢だったなと伝えると、お前の方が先に寝てたよ、とあきれながら言われた。

襟裳岬

豊似湖から1時間ほどして18時、北海道の南の端。襟裳岬に到着した。日が沈む前につくことができた。北海道出身の友人には、稚内・知床・根室と比べ、地味で行かなくても良いと言われていた岬。まあ確かに、何もない。史跡もないし、名物もない。小売店もレストランもなかった。ただ、おもいのほか広かった。一番高い地に灯台があり、その周辺に高低差を伴いながら階段がついていた。これまでと同じように、同伴者と別れてそれぞれ周った。下りの階段を少し歩けば、断崖絶壁に小さな鳥居がある場所もあった。

その地から灯台がある方向をみると、岩崖が見える。もう日没直前であったため、青をベースに、白いのか黒いのか分からない。自然特有の夜の色になっていた。波の音が聞こえるばかりだ。

旅も終わりだな、と思った。北の稚内、東の知床と根室を経て、南の襟裳岬も終えた。残すは、西に移動するのみだ。距離としてはまだ十分あり、いくつか巡る土地もあるが、今までの運転から、その移動もあっという間に終わるであろうことが分かっていた。鳥居のそばに一本電柱があるのみで、そこから海を見る。波を聞く。空を見る。音楽を聞く。しばらくして同伴者に後ろから声をかけられた。きた時と同じ数だけの歩数で、二人で一緒に駐車場へ戻った。

苫小牧

翌日には東京に帰還するため、あとはどれだけ西へ行けるかだった。根室〜厚岸〜釧路〜十勝〜苫小牧はほぼ一直線で道に迷うこともない。襟裳岬からだとしても海岸線に沿い、一直線だ。とはいえ日没後に海を見ながら運転するというのはなかなか怖いものがあった。海に突っ込んでしまうかもしれない。まあ、陸地で運転していても、壁に突っ込むだけで、いずれも同じ規模ではあるのだが。海に対して、僕の魂の根は恐怖というネガティブな感情を抱いているのだろう。

苫小牧に着く。おそらく昔は栄えていたであろう繁華街にいく。もう開店しているお店は1つ2つであり、そのうちの1つに行った。2人で旅行の総括を話したが、何を話したかは、もう忘れてしまった。

北海道一周記・2022夏シリーズ
(1/n):【新千歳〜札幌〜稚内】
(2/n):【利尻島〜礼文島】
(3/n):【旭川〜網走〜知床】
(4/n):【知床〜野付半島〜摩周湖】
(5/n):【摩周湖〜釧路〜根室〜阿寒湖】
(6/n):【阿寒湖〜裏摩周・神の子池〜屈斜路湖〜和琴半島】
(7/n):【和琴半島〜美幌峠〜三国峠〜タウシュベツ川橋梁〜帯広】
(8/n):【帯広〜ナイタイ高原〜十勝牧場〜帯広】
(9/n):【帯広〜豊似湖〜襟裳岬〜苫小牧】
(n/n):【苫小牧〜新千歳】


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