Autumn Garden【交流創作企画#ガーデン・ドール】
紅と黄色の絨毯は。
B.M.1424、7月5日。
グラウンドでシャロンくんとお昼を食べ終えた私は、その足で秋エリアまで歩くことにした。
もうひとり、件のドールが何処にいるかとアルゴ先生に訊いてみれば、秋エリアに居るはずだと答えられたからである。
なぜ分かるのかは聞かないことにしよう。
秋エリアへの道のりは意外と長い。
許可が無ければ入ることのできないワンズの森を夏エリアの花畑を通りつつ迂回し、川を歩行魔法で横切って近道をしても時間がかかる。
腹ごなしにはちょうど良いが、あまり好き好んで秋エリアに行くドールも少ないはずだ。
だからこそ、彼とあの子にとって。
他者に邪魔されない、大切な場所になり得たのだろう。
「……あぁ、ようやく見つけた」
秋エリアの、少し奥まった場所。
紅と黄の木々に囲まれるようにして存在する、ぽっかりと穴が空いたような小さな広場。
からころ。からころ。
紅と黄の絨毯は、私が前に来た時と変わらず足元を彩っている。
草履で歩くには少し柔らかすぎる絨毯をガサガサと踏み鳴らしながら、私は木に寄りかかって目をつぶっているドールに近づいた。
彼の手元から、鈴の音が聞こえる。
彼は私の声に気がついて、そのまぶたを開く。
片方だけの、金色の瞳だけを。
こちらに向けて。
「…………、……あぁ…………ほんとに、復元されたんだな」
そうやって、寂しそうに笑うものだから。
「……やっぱり、分かっちゃう?」
からころ。からころ。
「全然、違う。…………ずっと、見てきたからな……『ククツミ』を…………ふたりを」
彼は、気づいていた。
今の私があの子ではないことを。
私とあの子が違うことを。
私が私であることを。
それは、『ククツミ』を見てきた『彼』だからこその言葉。
「きみのおかげ、とは……シャロンくんから少し聞いてはいたけれど……。随分と無茶をしたみたいだね?」
私は彼の顔を覗き込んだ。
左目は硬く閉じられ、その上にはひび割れたような大きく深い傷が残っている。
それが、彼の代償。
「……俺の、我儘だ」
「……そっか」
彼の紫の瞳を見ることは、もう無い。
あぁ、そもそも。
私が彼の顔を見るのは、これが初めてだったか。
「……ちゃんと顔を合わせるのは、初めましてだね。レオくん」
「そうだな。……初めまして、ククツミ」
出会うはずのないと思っていた、◾️◾️くんがここにいる。
その時点で、奇跡だと思うのに。
私までここにいるなんて、なんの奇跡が巡り合わせたのだろうか。
私は同じ木に寄りかかり、横並びになって同じ方向に目を向ける。
彼は小さな広場の真ん中を見つめながら、小さな鈴をからころと鳴らしていた。
「……名前も一緒だなんて、驚いたよ。てっきり、別の名前になると思ってた」
からころ、からころ。
「同じ方が分かりやすいかと、思ってな。……せっかく付けてもらった名を、捨てるのもな」
「……ふふ、安直って言ってたのに」
初めて彼に会ったのはいつのことだったか。
リラくんの中にある感情が、いつしかリラくんの身体を動かしていて。
名前を聞いたのは、彼が眠るリラくんのためにスープを作っていた時だった。
リラくん以外に初めて伝えたというその音の響きは、私の中でも大切なものとなっていて。
私の恋愛相談の時にも。
リラくんの恋愛相談の時にも。
彼との関係性は、なんと呼ぶのだろうか。
友情に近いだろうか。
気の合う悪友とでも呼べるのだろうか。
例えるなら。
いつかの夜に、交わした言葉のような。
『似たもの同士』の、不思議な縁。
「……大切な名前なんだね」
「文句はあれど、な。…………大切な名だ」
からころ、からころ。
心地よい鈴の音に、耳を傾けながら。
また私は、他愛のない話を始める。
「……ね。あの子、どんな子だった?」
「…………お前と違って、臆病で……繊細で……でも、芯のある強さを持った、奴だった。………………眩しい、奴だった」
からころ、からころ。
「……好きだった?」
からり。
私が珍しく、気づいたこと。
私としてカガリくんと久しぶりに会った時に、屋上で聞いた言葉。
空をぼんやりと見ながら呟かれたそれに、私は内心とても驚いたのだった。
だってそれは、『似たもの同士』を見て送る感情にしては、あまりにも大きくて。
それを、私は知っている。
その感情は、愛情と呼べるものだろう。
それを聞いた私は、屋上で思わず笑みを浮かべてしまったのだった。
『彼』は、あの子のことが好きになったんだな、と。
「…………、………………そう、なんだろうな。……本人に告げるつもりは無かったが、まさかククツミに滑らすなんてなぁ」
鈴を握りしめた彼から、軽い笑いが漏れる。
その音が、それだけの言葉が。
彼がどれだけ、想っていたかを示しているようで。
だからこそ、彼は。
約束を果たしたのだろう。
「……ねぇ、レオくん」
「なんだ?」
「約束って、どんなものだったの?」
「……大層なもんじゃない」
そうして彼は、ずっと前から心に強く思っていたであろう言葉を口にする。
こちらの、紅と金の瞳を見つめながら。
「お前が、今後…全部、何もかも、すべてに耐えられなくなったら…俺のところに来て俺を呼べ」
「俺が、お前を終わらせてやる」
からころ。からころ。
「……それが、あいつとお前に言った、俺の我儘だ」
からころ、ころり。
「……ふふ。そっか」
「……ねぇ、ワガママなことしていい?」
からころ、からり。
「……なんだ」
何をする気だ?と続ける言葉より先に、私は彼を横から軽く押した。
怪訝そうな顔は驚きの表情に変わり、彼は紅と黄の絨毯に埋もれる。
そのまま私は彼の上に馬乗りになって、彼の胸元に袖から取り出した得物をあてがう。
服の上からだから、このまますぐに刺さるものではない。
けれど少しでも動くものならば、私はすぐさま刺し貫けるように腕に力を入れる。
「……逃げていいよ?」
私の口から、くすりと笑い声が漏れた。
これが慣れた手つきになってしまうのは、もう仕方のないことなのだろう。
「……止めない?」
紅と金の瞳で、彼の金の瞳を見つめる。
彼の中の、感情を知るために。
彼の、想いを知るために。
けれどそれは、私の瞳の奥にある希望も見つけられてしまったらしい。
「…………止める……理由が無い訳じゃない…………でも、それを聞くってことは本気じゃないだろ?」
彼はいたずらっぽく笑う。
あぁ。やっぱり私たちは、似たもの同士らしい。
だって私は今、最高のいたずらを思いついた笑みをしているだろうから。
「……そりゃあ、まぁ」
他愛のないじゃれあいの時間は終わり、私は得物を仕舞って立ち上がった。
「本気は明日のお楽しみだからね」
私は広場の真ん中まで歩いてから振り返り、頭に紅と黄を被った彼を見つめて笑う。
そして、私のワガママを口にする。
「……私ね、会ってみたいんだ」
からころ、からころ。
「……止めないで、いてくれる?」
わがままから始まって。
我儘で繋がった道を。
次は、私のワガママで。
「止めようとしたって、止まらねぇだろーが」
彼は金色の目を細めて、笑う。
「あれ?……ふふ、それもそうだね」
困った。
私、止まったこと、無かったかもしれない。
そんなことを考えながら、私は羽織を翻す。
あの子がよくしていたというクルクルは、きっとこういうことなのだろう。
あの可愛らしいワンピースの裾を広げながら、彼とたくさんの思い出を作っていたのだろう。
だからこそ、私は。
「……明日の夜、冬エリアに来てほしいな」
私の願いを選ぶことにした。
「素敵なプレゼントが届くかもしれないからね」
「明日、分かった。…………ちゃんと優しくしてやれよ?」
彼はきっと、ワガママに巻き込まれるであろう赤い瞳を想像したのだろう。
優しくできるだろうかと、私は私自身に問うけれど。
「……ふふ、その時の気分によるかな?」
紅と金、金と紫。
気まぐれで、イタズラ好きで、諦めの悪い私。
欠けたものから生まれた、彼。
数奇な縁が辿った『似たもの同士』は、小さな約束を取り付ける。
わがままと、我儘と、ワガママの先に。
一欠片の、ちいさなちいさな奇跡を掴むために。
私は明日、親友のコアを破壊する。
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