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Garden of Sky【交流創作企画#ガーデン・ドール】


見上げた空は。







B.M.1424、7月4日、夜。

「明日、お昼を一緒に食べよう?ふたりでお弁当を作って、グラウンドで」

バンクにお願いして、録音魔法をかけたお手紙を穴の向こうの住人に渡してもらう。

すぐに真っ白な紙はバンクと共に戻ってきて、それを手に持つと了承の返事と具体的な時間の提案が音声として流れた。

念話魔法でも構わないような、小さなやりとり。
けれど私は、これを選んだ。

直接話をして、うまく声を出せる自信が、なかったから。







B.M.1424、7月5日。

実を言うと。
私とシャロンくんは、一緒にお昼ご飯を食べるということをほぼしたことがなかった。

友達、親友という括りであるとは自負しているけれど、わざわざ事前に連絡して時間を取ることは今までなかったのではないだろうか。

いつでもベッタリとくっついているような交友関係ではなく、互いの時間を毎日共有することもない。
もちろんそういった関係性が悪い訳ではないけれど。

私とシャロンくんは付かず離れず、とても気軽で気楽な、必要な時に隣にいるような関係。
仲良しではある。大切でもある。
傷つけたくないと思っていて、同時に傷つけられてもいいと思っている存在。

例え、それが。

人格が変わったとしても。


「おにぎりできたけど、これくらいでいいかな、ククツミさん」

「……おーい、ククツミさん?」

「……あ、ごめん。ぼーっとしてた」

昼前、寮のキッチン。
私とシャロンくんは昨日の夜の連絡通りにキッチンで待ち合わせ、お昼ご飯用のお弁当を作っていた。

私がウインナーを炒めている間に、シャロンくんの前にはおにぎりがいくつか既に並んでいる。
具材はシャケ、おかか、梅干しであり、たくさん食べられるようにと小ぶりのサイズである。

「……前はあんなに不揃いだったのにね」

「そりゃ、まぁ……事あるごとに本部さんに差し入れしてたからね」

最初にシャロンくんからおにぎりをもらったのは、私が秋祭りの最中に体調不良を起こした時だったか。
動けない私の部屋におにぎりをたくさん持ってきてくれたけれど、どれもまぁ、少し歪であって。

今テーブルに並んでいるおにぎりは、その時よりもちょっときれいに握れていた。
時間の経過を実感しながら、私はふわりと笑う。

「卵焼きは甘いのとしょっぱいの、どっちが好き?」

「ボクは甘いのかな、ククツミさんは?」

「私も甘いほう」

味の趣味嗜好を全部把握している訳ではない。
好きも嫌いも、得意も不得意も。

互いに知らないことがあって、互いに理解できない考えもきっとどこかにあるだろう。

それでも。

それでも、親友だと胸を張って言える関係。

例え、それが。

傷つけて、傷つけられても。





「あの木の下で良いかな?」

「あの……うん、大丈夫。そこにしようか」

私とシャロンくんはグラウンドに出て、学園祭の屋台から少し離れた場所にある木を選ぶ。

以前仕立て屋でもらってきたブルーシートを敷いて、木陰に私たちは座り込んだ。
ふたりでの料理作りが楽しくなって結局重箱になったお弁当を広げる。

「「いただきます」」

同時に手を合わせ、私はおにぎりを、シャロンくんは卵焼きを頬張る。
これはおかか。

「……ん、美味しい」
「卵焼きもおいしいよ、ありがとう」

そのまま、心地よい風を体に浴びながら食事の時間を楽しむ。
互いに他愛のない話をしながら、時々訪れる静寂の時間すらも楽しみながら。

私はふたつめのおにぎりを齧る。
これはシャケ。

「ね、シャロンくん。」

だから、これもとても他愛のない話。

「私が『シャロンくんのコアが欲しい』って言ったら、どうする?」

横並びになって、グラウンド中央の屋台やステージを見ているから、シャロンくんのほうを向いている訳ではない。

ただ、ゆるりと食事をとりながら。

ただの世間話をするように。

「……あー……」

少しだけの間、思考を巡らせてから。

「それは、きみのコアをとったボクへの意趣返しかい?」

シャロンくんは、そうやって返事をする。

「まぁ、そんなものかな。……せっかくなら、やる前日に聞こうと思ってね?」 

きっと全て、伝わっているのだろう。

私がこれから、なにをしたいのか。

なにをしでかすのか。

「……止めるつもりは無いけれど。きみにまで重すぎるペナルティが降らないか……それが、一番心配だよ」

それは、見てきた者としての考え。

魔力器官の半分を代償にしたという彼から、私を託されたからこその懸念。

「そうだね、もしかしたら半分に縮むかも」

私は軽く笑って応えるけれど。

「……でもさ。わたしが何を失ったとしても」

私の何かを失う程度で済むのであれば。

「……会ってみたいんだ」

そんな、わたしのワガママを口にする。


「本音を言えば……まだ、迷ってる。だから前日に聞いている臆病者だよ。……止めてくれるなら、それで構わない」

これは、ただのワガママ。

「……終わりを願ったあの子を……わたしのワガママで、勝手に。……時を進めようと、してるんだから」

ただの、身勝手。

「……そして、それにシャロンくんを巻き込む」

そんなことのために、私はシャロンくんを犠牲にする。

「あの子を終わらせた……レオくんの覚悟だって、無に帰してしまう」

そんなことのために、私はレオくんの慟哭を無碍にしてしまう。

「……誰も、幸せになれない結果に……終わってしまうかもしれない」

そんなことのために。わたしはあの子の終わりを否定してしまう。

「……それでも、なんて。……シャロンくんも、こんな気持ちだったのかな」

これは、ただの他愛のない質問。

遠くに聞こえる屋台の喧騒が、私とシャロンくんだけの空間をより一層引き立てた。

だから、これはふたりだけの記憶になる。


「…………うん」

シャロンくんは空を見ていた。

「知りたくて。怖くて。それでも、止められなくて……」

何度も見てきた、空を。

「あの時は、きみを戻せるだなんて道を事前に示すドールだっていなかった。……それでも、『センセー』から聞いたあとできみを、"ククツミさん"を戻すことだってできた。だけど、ボクは…………ボクのわがままで、一度、きみを……」

一度、私の時間は終わりを選ばれた。

「レオくんは、あの子を終わりにして……大きすぎる代償を支払ってきみを取り戻した。でもきっと……彼には、あの子も、必要なんだと思うんだ」

一度、あの子は終わりを果たされた。

私の時間は、もう一度動き出した。

「きみも、あの子も。どちらもきっと…………ボクらの中で大切な"ククツミ"だから。」

それならば。

「だったら、今度はボクの番だろう?」


私が、あの子の続きを願っても良いのだろうか。

親友は。

それを止めなかった。






「……後からの苦情は受け付けないよ?」

「大丈夫。きっとボクは、どんなボクでもボクだから」

私はようやく、シャロンくんの目を見ることができた。
そこには強い意志を秘めた赤く綺麗な星が、明るく煌めいていて。

「……わたしのワガママだよ?」

「ボクのわがままが先だったろう?」

眩しいなぁと、思いながら。

「……ふふ」

私は、ふわりと笑う。

「わ、笑うところかい?」

「いやぁ、なんだかね。……シャロンくんだなぁと、思って」

「…………??」

私は首を傾げるシャロンくんを置いて、またおにぎりを口にする。
これは梅干し。
酸っぱい。

「……場所、どこがいい?」

「そうだなあ……」

シャロンくんも食事を再開する。
おにぎりを頬張ってすぐに口をすぼめた。
同じ具材に当たったらしい。

「……冬エリアなんて、どうだい?」

シャロンくんから提案された場所は、私にとってあまり馴染みのないエリアだった。
私が首を傾げれば、シャロンくんは頬をかく。

「一本大きな道標の木があってね、その下とか」

道標の木。
それは寒さに強く、常に緑の葉をつけている針葉樹。
高さ40mにもなるような大木に、シャロンくんは思いを馳せるように目を細めた。

「それに…………ボクがわがままを言ったのも、雪の中だったし」

あぁ、と私は納得する。

あの時は季節の石が普段と別のエリアに隠されてしまい、春エリアが夏エリアの気候になったりと大変な異常気象が起きていた。

学園も例外でなく、年中温暖な気候であった学園は冬エリアの凍てつく寒さに覆われ、毎日のように雪が降り積もる銀世界が広がっていた。


私の記憶にはないけれど、きっと。

私の赤は、白によく映えたのだろう。


「……ふふ、そっか。じゃあ、そこにしようか。……方法、これしかないけど大丈夫かな」

私は手に馴染む得物を袖口から取り出して、くるりと回す。

あいにく変異魔術や純粋な握力は私には無く、結局はこの手しか思いつかなかった。

「大丈夫。そのくらい、耐えてみせるさ」

そうやって笑うシャロンくんは、4ヶ月前と全然違っていて。

「……あぁ、そっか」

得物を仕舞って私は卵焼きを齧る。
甘い。

「……強くなったね、シャロンくん」

「どうかなぁ……」

「少なくとも、迷子になって秋エリアで呆けてた時よりは、ね」

「そ、それを言われるとなぁ……」


私たちの他愛のない話は、グラウンドを横切る風に攫われて。
昼食の時間は、つつがなく終わりを迎える。




明日、どんな景色が待っていようとも。





空は、清々しいほどに快晴だった。




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