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箱庭の片隅で、星は瞬く。【交流創作企画#ガーデン・ドール】
season1の話。
11月の話。
シャロンと共に、宇宙からの飛来者、そして復讐者であるイオサニの思考の一片に触れた後のこと。
B.M.1424、11月15日。
太陽が頭の上を通り過ぎて、地平線の下へと帰ろうとする時間。
「温泉の近く……この辺りでしょうか?」
「うん、もうそろそろ見えると思うよ」
同じ顔立ち、同じ声のドールが並んで冬エリアへと赴いていた。
ククツミ-フユとククツミ-アキ。
ガーデンや魔機構獣対策本部などでふたりを書き分ける際に便宜上使われる名称である。
両方とも0期生であり、クラスコード:イエローであることも同じ。
ある日を境にひとつからふたつになった『ククツミ』は、箱庭の中でもかなり数奇な運命を辿ったドールである。
『フユツミ』と呼ばれるほうは深緑の羽織と袴で身を包んだ出で立ちであり、フランクな口調は飄々として気さくな雰囲気を醸し出していた。
対して『アキツミ』と呼ばれるほうは柔らかな淡いクリーム色のワンピースを軽やかに膨らませている。丁寧な口調とお淑やかな所作は、他者に柔和な印象を与えた。
ふたりが冬エリアにある温泉、といっても観光名所というわけでもない、ただの水温の高い湖のほとりに出向いたのは、11月1日にそこへ飛来したイオサニという少年に会いに行くためである。
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文字通り空から宇宙船に乗って飛来したイオサニは、ドールとも違う存在であるらしい。
ドールが住む箱庭以外にも多くの世界があり、空に浮かぶ星々がそうであるとドールたちが知ったのは、イオサニが来てからのことである。
イオサニは他の星で箱庭について研究や観察をしていたが逃げ出し、母星への憎しみを募らせ、そして箱庭も含むこれらの世界を作った創造主への復讐を画策しているようであった。
ガーデンにとって『外の世界』についてはドールたちに知られたくない秘匿情報であったようだが、イオサニはガーデンよりも高度な技術を持っておりそれを無効化できるようである。
センセーの端末がイオサニの手でいとも簡単に機能を停止した様子は、ガーデンという制約のもとで生きることしか知らなかったドールにとって青天の霹靂であった。
それはガーデンからの解放という希望でもあり、脅威でもある。
「……まぁ、だからってその世界の支配者を殺してこれで解放だ、あとは知らない勝手にしろ、はあまりに横暴がすぎると思うけどね?」
「…………目の前でそう他人に説明するきみも大概、性根が悪いと思うよ」
「いやぁ、なんのことだか。その長い耳は随分とよく聞こえるんだねぇ?」
半月ほど前、シャロンと共に既に相対していたフユツミはアキツミに軽く説明をしていた。
本人の目の前で。
飛来、という名の不時着をした宇宙船の外装を直していたイオサニは、フユツミのあっけらかんとした返答に耳をぴくぴくと振るわせる。
にこやかに皮肉を言うフユツミと、素直に怒りを表現するイオサニ。
間に挟まれたアキツミはオロオロしながら、両方を宥めるように右往左往する。
「その、イオサニさんも事情があってのことですし……あの……今回は好きな空を見るために来ましたので、えぇと……」
互いの考えがあまりにも違うため、イオサニとドールたちは一触即発の関係にもなり得る。
しかしイオサニから提案された「きみの好きな空を見たい」という要望に応えるために、ククツミたちは今日ここに出向いたのであった。
「そうそう、好きな空の話のためにね。……私はこういう、太陽が地平線の下に帰る直前の空が好きだよ」
フユツミはゆっくりと空を指さす。
太陽。空に浮かぶ光。
東から昇り、真北を経由して、西に沈む。
箱庭の地図は南が上であるため、北東にある温泉から見れば太陽は随分と遠くの地平線へと沈んでいくことになる。
遊園地の観覧車の向こうに消えていく太陽によって空は赤く、そしてだんだんと暗くなっていった。
「その修理も、まだまだ時間がかかるでしょ?休憩がてら、私たちとお話でもどう?」
「温泉もありますし、足湯でもいかがですか?サンドイッチも作ってきましたので、よければ……」
「……わかった。でも肉は食べないよ」
「あ、そこもうさぎと同じなんだ」
イオサニは工具を置いて近づき、ククツミたちと一緒に温泉の縁に座り込む。
ブルーシートの上に広げたサンドイッチと、温泉の湯気と、じんわりと色を変えていく空模様。
「……確かに、この空は綺麗だ」
「ふふ、気に入ってもらえたみたいでなによりだよ」
「……どうして、好きな空の色の話を聞きたかったのですか?」
アキツミの問いに、ハム抜きサンドイッチを齧りながらイオサニは呟いた。
「親友が……話す話題が無いなら好きな空の色でも聞けばいい、って言ったから」
おそらく彼の親友は、堅苦しく実直な彼に対して軽口のように言ったのであろう。
イオサニはそれを真に受けて、流れが突飛であっても必ずそれを相手に聞くようになったようだ。
それが、親友との会話だったから。
「……へぇ、そりゃいいね。……ね、きみの親友の話をさ、聞かせてよ」
それからは、他愛のない話が続いた。
親友が好きな食べ物の話、親友の好きな言葉、親友が好きな空の色の話。親友と観察してきた様々な星の話。
「……あの、流れ星にも誰かが住んでいるのでしょうか?」
「あれは厳密に言えば星にも満たない小さな塵のようなものだ、あれには住めない。住んでいたら毎月ジェットコースターの上だろう」
「あはは、そりゃそうだ」
親友が発見した研究結果の話。親友と報告書をまとめるために寝ずの番を明かした話。親友が知った母星の仕組みの話。
「食われることに恐怖する生物を惨たらしく食うことが娯楽の捕食者と、恐怖に慣れないために記憶を消されて食われては何度も蘇生させられる被捕食者が存在する世界があったとしたら、どう思う?」
「んー。趣味が悪すぎるね、それ」
そんなことにも相槌を打ちながら、空は夜へと時間を進めていく。
イオサニは親友のことをよく覚えていた。
親友のことを、とても大切な存在だと伝えるように話していた。
親友がもう既に、この世界の、全ての星のどこにも存在しないということに目を瞑れば、とても他愛のない話だった。
「……あの、イオサニさん」
毎月15日、箱庭では流れ星が流れる。
とある教育実習生が実習期間を終えて、煌々と輝く星が砕け散った日のことを、アキツミはよく覚えていた。
身勝手な怒りを、生きるための感情を、原動力を受け入れて、瞬いた星を思い浮かべながら。
アキツミは、イオサニの心を知るために口を開いた。
「……あなたは、創造主と同じことをするのですか?」
「……なんのことだ?」
「創造主は、たくさんの……理不尽に思える世界を作るだけ作っては、放置しているのでしたよね。……作った責任も持たず、新しい世界を作っては興味をなくして次の世界を創造する、と」
「そうだよ。母星も箱庭も、そうやって作られた。だから僕はそれが許せない」
「……それに怒りを持つことは分かります。けれど……イオサニさんがしようとしている、『自分が見ていて不快だから星のシステムを破壊するだけしてあとは知らない、あとはどうにかしろ』ということも……あまりに、無責任なことではありませんか?」
外部から突如現れて『壊すだけ壊してあとは勝手にしろ』とする破壊者と、はたまた『作るだけ作ってあとは放置』という創造主。
どちらも無責任であるということは、変わらないだろう。
けれどイオサニは特に機嫌を損ねたわけでもなく、分かりきっているというようにアキツミの苦言を突っぱねた。
「……それがどうした。僕は『自由に生きる』ことを目標にしているだけだ」
「開き直っていますね……けれど否定しないのでしたら、創造主と同じようなことをするという自覚はあるのですね?」
「……僕が創造主と同じような存在になって、何者かに恨まれて、同じように誰かが復讐を望むならそれでも構わない。僕は僕の道を行く。憎まれても、殺されても、僕はもう信念を曲げない」
彼は変わらない。
強い言葉で、殻を作る。
それを見ていると、あまりにも。
「…………やはり、その……もしかしてあなたって阿呆ですか?」
「はぁ?」
失敬、つい口に出てしまった。
しかしイオサニは前回のシャロンによるぶっ飛び発言には大きな声を上げたものの、今回はそこまでの衝撃はないらしい。
それは嗜められた幼子のような、不貞腐れるような表情で首を横に振る。
「……うるさいな、何度も言ってるけどなにをしようと僕の」
「きみが他者に恨まれて殺されるために、親友はきみを逃したのかい?」
僕の勝手だろうと言おうとした口は、もう片方のククツミの言葉に遮られた。
親友は、そんな未来を望んでいたのだろうか。
イオサニは、そんな未来を選びたいのだろうか。
「……僕は望んでいなかった。あいつが勝手に逃がした。だから僕も勝手にやって、勝手に死ぬさ」
俯き、唸るような声が湯気を揺らす。
彼の返答を聞いて、ククツミたちは同時に理解した。
イオサニは、親友が死んでしまったから、親友に【生き延びさせられてしまった】から、自暴自棄になっているのだと。
「あなたの親友の方は……どうして、あなたを逃したのですか?」
「……あいつは、研究所で母星の機密を知ってしまった。さっき言った……僕たち被捕食者は、記憶を消されて何度も食われることを繰り返す、ということを。それを僕に教えて、僕を宇宙船に無理やり乗せた。……ただ恐怖に怯え食われ続けるだけの輪の中から、僕を逃したかったらしい」
食われる恐怖に怯える存在を、愉しみながら食う捕食者がいる世界。
食われても毛の1本でもあれば蘇生され、その上で記憶を消されて何度も『食われる恐怖』を味わされる被捕食者がいる世界。
あまりにも理不尽で、あまりにも救いがなく、あまりにも『先の無い』世界。
その輪は止まることのない永久機関である。
しかしそれはなにも生み出さない『止まった世界』だった。
彼の親友は、ただ。
大切な親友を、その円環から逃がしたかった。
ただ、それだけだったのだろう。
「……彼は、最後になんて言ってた?」
「……自由に生きて、と。……僕を逃したあいつは、機密情報を知ったことを理由に殺された。僕は自動発進する宇宙船の中で、親友が殺される様子を見ていることしかできなかった。あいつは……蘇生できないくらい、完全に抹消されていた。もう……あいつはどこにもいない」
例えるなら、箱庭で行われた公開廃棄のような。
禁忌に触れた者は、存在すら許されない。
ある意味、彼の親友もその円環から追放されたのであろう。
彼の心に、一生消えない傷を残して。
「そう、だったのですね……」
静かに目を瞑り、ククツミたちは彼の親友に想いを馳せる。
しかしイオサニは、それに気付かぬように言葉を続けた。
気づきたく、ないから。
「だから僕はもう全部自由にやることを決めたんだ。あいつが勝手に、全部勝手にやったんだから、僕だってそれくらいやったっていいだろう。あんな母星も、創造主も、全部、全部壊してやる」
怒り。
それは二次的な感情であると言われている。
本人が得た一次的感情、悲しみや痛みを覆い隠して表層に現れるものである。
彼は、現実味が無いのだ。
この怒りが覆い隠す感情の正体を知ってしまえば、否が応でも理解してしまうから。
親友の死を。彼の悲しみを。
「あのさ」
「それを言うなら、まず親友への怒りじゃない?」
「……は?」
ククツミの発言にイオサニは、今回は完全に思考が止まった声を出す。
「なに言ってるんだ。あいつはもう、どこにも」
「どこにもいないから、でしょう?」
「だからこそ、親友にぶつけるべき怒りを、目に見えるもの手当たり次第に、さ?」
「ただ、当たり散らかしてるだけに見えますよ?」
普段、ククツミは他者の発言を遮るように話すことはほとんどしない。
あるとすれば、対話する相手のペースを崩す時か。
『ククツミたち』の発言内容が、同じ場合であろう。
「……そんなわけないだろ。あんな母星も、あんな母星を作った創造主も、僕が怒りをぶつけるべき相手だろう?」
「それはまぁ、否定できないのですけれど」
「でもさ、きみはきみを逃した親友を見て、最初に思ったことがあるでしょ?」
「………………どうして、」
「「……『どうして僕を生かしたんだ』?」」
「……っ、……そうだよ!!!なんで、僕なんかを生かしたんだ!!」
それは、怒り。
正当な、怒りだった。
「どうして僕を逃がしたんだ!!どうして僕だけを生かしたんだ!!!」
「あいつのほうが……」
「……生き残るべきは、あいつのほうだったのに!!!」
慟哭が、黒に染まった空に溶けていく。
どうして、なんて言われても。
「……そう、したかったから」
「それができれば、それでよかったのでしょう」
「「それが、私のワガママだったから」」
死ぬことを選んだわけではない。
したいことをした。
その結果として死んだ『ククツミたち』は笑う。
「……そんなの、勝手すぎるだろう!」
彼の怒りは尤もだ。
彼は、彼の親友のせいで、親友の死を背負ってしまったのだから。
「きみは親友のために、命を投げ出したんだろう?!」
ククツミは、親友が歩むべき道を途切れさせないために。
「きみだって、自分を傷つけた奴のために命を終わらせようとしたんだろう!?」
ククツミは、最愛への感情を捨てないまま終わらせるために。
「なんで、なんであんなことをしたんだ?!」
親友を失った彼は、叫ぶ。
「意味がわからない、なんで、あんな……」
「なんで、僕を生かしたんだ……」
『ククツミたち』は彼の親友と全く同じ思考をしているわけではない。
けれど、ただ『親友』に向ける感情であれば、きっと同じだろう。
「ただ、生きてほしかったんだよ」
「自分の命すら……投げ出しても構わないと思えるほどに」
「……きみに、自由でいてほしかったんだよ」
「そんなの!そんなの僕だって同じだった。あいつが生きてるなら、僕の命なんてどうでも良かった。それなのに……あいつは勝手に……」
流れ星が、煌めく。
彼の頬に、光の粒が伝う。
ぽたりぽたりと、音を立てて。
「……きっと、お互いにそう思えるからこそ……親友と呼べるのでしょうね」
「……それなのに、先に『ワガママ』を選んだのが、こっちだった。それだけ。……それだけが、こんなにも重いんだよね」
震えてうずくまった彼を、ククツミはゆっくりと抱きしめる。
嗚咽を堪える彼の頭を、ククツミは優しく撫でる。
彼は、傷ついたことを知った。
「……ね、親友の名前、教えてよ」
「……プルーシャ。母星の言葉で、宇宙を表す言葉で……」
空に瞬く星々が、流れる星が、見守る中で。
「僕の、親友だった、彼の名前……」
彼は、ようやく。
親友の死を理解して、泣いた。
「……僕は、変わらない。僕は母星に復讐するし、創造主にも復讐する。ドールを支配するガーデンという理不尽だって、壊してやりたいと思っている」
流れ星がたくさん降った後のこと。
泣き腫らして真っ赤になった目をこすりながら、イオサニはククツミたちにそう伝える。
「まぁ、そこは変わらないままで大丈夫だよ。それがきみの意思なんだからさ」
「けれど、その……もう少し、ドールという存在に目を向けていただけませんか?」
「……どういう意味?」
ぶっきらぼうな返答は相変わらずだが、泣き疲れたからだろうか、思いの丈を叫んだからだろうか、彼の言葉を包み込んでいた棘はだいぶなりをひそめたようで。
「ドールは、きみが思っているほど弱くはないからね」
「あなたが率先してガーデンから解放してやらなきゃいけないと息巻く必要も、ないのですよ?」
現時点では未だガーデンの支配下であるということを理解しながら、ククツミたちは笑みを浮かべる。
「……どうして、そう思えるんだ?」
「そりゃ、まぁ」
「叛旗を翻すための歌は、もうありますからね」
さぁ、歌おう。
このディストピアを覆す、
ドールたちの【ユートピア】を。
この糸手繰り寄せ
物語を創る
忘れたいものさえ
胸に強く抱いて
楽園の譜面に
抗う歌が在る
束ねて声に出せば
それは魔法になる
この素晴らしい(壊したいほど)
喜劇の果て(何が見える?)
綺麗に咲く(嘘に)
知恵(はな)の種を
箱庭の夜明けには
曇りのない太陽(ひかり)を
「……どうして、あらがう?」
「私たちが、私たちらしく、生きるため」
「かな?」「でしょうかね?」
来たるB.M.1424、12月1日。
ドールたちによる
【譲れないワガママのぶつかり合い】が、幕を開ける。
【企画運営】
トロメニカ・ブルブロさん