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ガーデン・コーリング【交流創作企画#ガーデン・ドール】


微睡の中、見えた景色の話。

知らない季節の話。

わたしが、ここに存在する話。




B.M.1424、2月24日。


ぺちぺち。ぺちぺち。

小さな手のひらが、わたしの頬を叩く。

ぺちぺち、ぺちぺち。

「ん……バンク……あと5分……」

わたしは寝返りを打って、その手のひらから逃れようとする。
とはいえいつも通り、身体の上をよじ登られて反対側でもぺちぺちされるわけだが。

「バンク……寒いし……休みだし……もう少し……」

わたしが布団に顔を埋めながら抗議すると、なぜかバンクは一瞬動きを止めて、それからぺちぺちが一層強くなった。どうして。

箱庭にある季節の石が普段と違う場所に移動してしまい、学園は2月から冬エリアのような雪景色に覆われている。
少なくとも3月までは学園の授業も休講であり、今日は日曜でコッペの散歩もないはずで。
だからもう少し、寝ていたって……。

……。

…………?

「寒く、ない……?」

違和感。
昨日はリツくんのカレーをもらったけれど、辛さを控えめにアレンジさせてもらったから、起きてからも身体がほてっていることもないだろう。
昨日の朝も雪が降っていて、底冷えする寒さに足先が冷えたことを覚えている。

違和感。
湿った空気にうっすらと目を開ければ、バンクが大粒の涙を流してベッドを濡らしている。

……え?

「バン、ク……なんで……え?」

止まっていたぺちぺちが再開されそうになったため頬を手で守りつつ、わたしはまどろみからおさらばすることにした。

「起きる、から……ちょっと待って……」

寝ぼけ眼のまま、わたしは上半身を縦にする。
寝起きは魔力の流れが滞るようで、少しだけ頭をぐらつかせながら伸びをした。

ようやく開いた瞼で窓の向こうを確認すれば、雪の積もっていない正常な気候の学園だということが手に取るようにわかる。

「……4月まで寝てた?」

わたしは一度、2週間ほど昏睡状態に陥ってしまった過去がある。あれはあれで随分とシャロンくんとヒマノくんに心配されたが、今回は起きなさすぎて諦められたのだろうか。

「んー……?」

それにしては、わたしにとって身に覚えのない物が部屋の中に増えている。
輪っかに糸を張り巡らせたような飾りが窓辺に吊ってある。
ビー玉の横には白い折り鶴が増えている。

誰かが持ってきたにしては、部屋に馴染みすぎていて。

机に目を向ければ、教科書も何冊か増えているようだった。日記代わりに使っているノートの隣にも、もう一冊置いてあるように見える。

「とりあえず……端末……」

日付を確認するには端末が1番早い。
そう思って、目元をこすりながら備え付けの端末を手に取ると。

「……6月?」


2月24日だと思っていた今日は、6月23日であった。





訂正。B.M.1424、6月23日。

「……ふむ」

バンクが私を叩き起こしたのは朝の8時。
そこから4ヶ月分の日記を読み進めて、1時間。

2月24日に、なにかがあったこと。
2月25日から、私は別の人格になったこと。
なにがあったのか覚えていないということ。
わたしのフリをして過ごしたいということ。

◾️◾️くんと、約束をしたこと。

アイススケートが好きになったこと。
アルスくんが偽神魔機構獣となり、討伐されたこと。

×××くんが廃棄処分されたこと。

その日の記憶がなかったこと。
覚えのないうちに最終ミッションを達成し、欠けたものを思い出したこと。

◾️◾️くんが、ドールとして存在していること。

シキくんが公開廃棄されたこと。

服を選んだこと。
遊園地に行ったこと。
フルーツビースト(仮称)を倒したこと。
和菓子が好きになったこと。

2月24日に、なにがあったのかを知ったこと。
わたしは、わたしのコアをシャロンくんに飲まれたことでわたくしに変わったらしい。

グロウ先生に想いをぶつけたこと。
煌煌魔機構獣と向き合ったこと。
新しい教師AIが導入されたこと。

もうひとつ、知りたいけど知りたくないこと。
シャロンくんと決闘をしたこと。

記憶を、識ったこと。

……選んだこと。

私のことを忘れて。
私の望むように生きてください。


「……困ったなぁ」

「……覚えてないんじゃ、忘れることもできないや」


ひとつ、後悔していることといえば。

「……同じ声、なんだろうけど」

「聞いてみたかったな」

きみの声を。

ククツミあの子の声を。


私は日記を閉じて、ベッドから降りて立ち上がる。

「……あぁ。違和感って、これか」

私が着ていた服は部屋着でも制服ではなく、ふんわりとした薄黄色のワンピースだった。
このまま寝たというよりは、コアを飲まれた時の服装がこれで、そのまま直されてベッドに置かれたのだろう。

昨日までの私は、こんな服が似合う子だったのだろうか。
「……きっと、これは大事な物だね」

私が着たままなのは、おかしい気がしたから。
私はいつもの制服の袖に腕を通す。

「まずは……シャロンくんに、会いにいこう」

私のことだ。
最後の選択も手紙も、シャロンくんに伝えずに決行したんだろう。
きっと私なら、そうするから。

さて。
どうやって説明したものかな。






日記を片手に持ったまま、私の部屋を出て、3歩。
それだけの距離が、異様に長い。

どうしてこんなに足取りが重いのだろうか。
ただ、ノックの音だけが響く。

日曜だったから、放送委員の朝の仕事もないだろう。
でも、どうなんだろうな。

4か月で、シャロンくんも変わっていたりするのかな。

少ししてから、扉が開く。
目の前にいたのは、今まで通りのシャロンくんで。
けれど制服ではなく、茶色いフード付きのパーカーを着ていて。

「…………っ、え、と……」

互いに、声が出ないまま。目を合わせて。
私から見れば、ほんの数日ぶりだというのに。
顔つきが、ちょっとりりしくなったように思えて。

少しだけ、寂しいように思えて。

「……おはよ、シャロンくん」

とりあえずは、それだけを。

「お、はよう……えっと……」

シャロンくんは、少しだけ瞳をゆらす。
それは困惑というよりも。
なにか、知っているかのように。

「……私も、状況がよく分かってないところがあるから。……ちょっと、話を聞いてくれると嬉しいな」

「あ……、うん。そう、だね。……そうだよね。どうぞ?」

言葉に詰まるシャロンくんに、私はあえて言葉を先に投げかける。
そうして部屋に上がらせてもらってから、私はベッドの横に座って顎に手を当てた。

「……どっから話したものかなぁ」

シャロンくんもベッドの横に、少しだけ距離を開けて座る。
私は上を向いて、シャロンくんは下を向いて。


「えっと……その。今の、きみって……」

それは、わたしという存在を確かめるような質問。
ということは、わたしがここに居ること自体に混乱しているわけではないらしい。

ただ、確かめるように。

「……シャロンくんに、人格コアを飲まれたほうのククツミ。2月25日以降の記憶はなく、今朝起きてから『昨日までの私』の日記を読んで、知識としてこの4か月を知った者」

「……っ!」

手に持っていた日記をひらりと振りながら、私はそう答える。

「……まぁ、結局はククツミなんだろうけど。……壊れたはずの私の人格で、今ここにまた居られているのか、それは皆目見当がつかないという感じかな」

本来は日記にある通り、昨日……ではなく一昨日までの私と私の記憶を持った別の人格ククツミが現れるはずだったのだろう。

だというのに、私にはわたしと認識している期間の記憶しかなく、私の自己認識はわたしのままである。

壊れたはずの人格コアを。
復元を選ばれず、完全に無くなったはずのわたしのコアを、誰がどうやって戻せたというのだろうか。

私にとっての不思議な点はそこだったけれど、シャロンくんにとっては別のことが気になっているらしい。


「…………七不思議で、ボクがきみに声をかけたきっかけは?」

その声は、ほんの少し震えながら。

確かめるように。

「私が映写魔道具を持っていたから、かな?」

わたしであるかどうかを。

確かめるように。

「……秋祭りの期間中に、体調を崩したきみに、ボクが夜したことは?」

「ククツミさん、こっちを見てくれ!だったかな。……思いっきり、壁に向かって変顔していたシャロンくんが見えた時は笑ったよ」

不揃いのおにぎりは、美味しかったな。


「……カボチャゴーストが出ている間、きみがボクにしたイタズラ。」

「ネイチャグリーンのことかな。それとも、隣の空き部屋にかぼちゃゴーストを置きっぱなしにしたこと?」

ぶっちゃけ前科がありすぎて迷った。


「……きみについた、はじめての罰則の理由。」

「私が二週間も寝こけてて、バンクがあの穴をあけたこと」

呼んだ?というようにバンクが穴から顔を出す。
おいで、と呼べば私の膝の上に飛び乗った。


「ボクがきみにもちかけた、決闘の理由」

「いちごがいっぱい食べたい、だなんてね。何を言い出すのかと思ったら」

フリスビーを全力投球するシャロンくんを思い出しながら。


「その後…………ボクがしたこと」

「……【知恵の種を願いに、『かみ』のもとへ】」

手帳の走り書きを見た時、私は頭が真っ白になってシャロンくんの部屋を飛び出した。
あれでよく見つけられたなぁと、今でも思う。


「…………あのときのきみは、本当に……」

「……なぁに?」

シャロンくんの肩の強張りが少し取れたように思えて、私はふわりと笑う。
シャロンくんが眉根を下げていても笑えたことは嬉しかった。

けれど、私はこれまでの応対で懸念していることを挙げる。

「……でも、わたしの記憶は『昨日までの私』の中にもあったんじゃ?それと……本来、今日の私の人格としてありえた私、にも」


昨日までの私はわたしの記憶を持ったまま、人格だけが変わったはずである。


だから今までの“ククツミ”の記憶を辿るだけでは、今の私がわたしであるという確証は持てないだろう。


「ああ。でも……あの子は。昨日までのきみはそれを、記録と、言っていたから」

「今までの記録を持った、ボクのよく知るきみに似た、また別のきみなのかもしれない。……それでも、それでも、さ……」

シャロンくんは、ぐいっと目元を擦って。

「……ボクが、今きみにコアをくれって言ったら。それを許さないでくれって言ったら、どうする?」


シャロンくんは。

そんな、突拍子もないような。

……そんな、分かりきったことを聞く。

「……いいよ」

「許さないよ。でもね」

「……最後の言葉は、大好きだと、伝えたいかな」


「シャロンくんだから、ね」

わたしの、心からの思いを。



「…………ふ、ははは……」

「本当に、敵わないなあ、きみには」

ようやく、シャロンくんと目が合う。
顔をあげてこちらを見たシャロンくんの、鼻と目の周りが赤くて。
秋エリアで見つけた時のような顔をしていて。

「……おかえり、でいいのかい?ククツミさん」

……なんでだろうね。

いつも、いつでも。
何度でも、呼ばれてきたはずなのに。

そう呼ばれたのが、久しぶりのような気がして。

「ただいま、でいいのかな。シャロンくん」

赤い、綺麗な一対の瞳を見て。

私は、ふわりと笑った。







わたしの証明、という難儀なものはシャロンくんに無事に事象として判明され、私はほっと息をつく。
背中からベッドに倒れ込んで、天井を見上げながら。

「……『昨日までの私』は、どんな子だった?」

昨日までの私を、思い描く。

シャロンくんも隣にぼふっと横になって天井を見つめた。
まだ朝だというのに、だいぶお疲れにみえるのは気のせいだろうか。

「……きみほど、意地悪じゃなかったよ?なんて……いや、そうでもなかったかな」

ふふ、という声が隣で聞こえる。

「シャロンくんで遊ぶのは、楽しいからね」

「本当に、どうしてだい」

苦情をサラッと流してから、私はベッドの上で伸びをした。
昨日までの私は、早起きが苦手なままだったのだろうか。

「……日記を見た感じ、私はあんな淑やかに過ごせそうにないなぁ」

「確かにきみだけど、きみとはだいぶ違っていたからね。……ククツミさんは、くるくる回ったりしないだろう?」

「……くるくる?」

「楽しいことがあると、よく回ってたよ?くるくるって」

「へぇ……?」

私なら楽しいことがあった時、真っ先に映写魔道具を構えていたことだろう。

私だけど、私と違って、けれど私である。

……きっと、そういう子で。

確かに、ククツミなのだろう。




「……これ」

私は、寝転んだままシャロンくんに日記を手渡す。

「最後の、昨日の私からの手紙は。……シャロンくんも、読んでもいいんじゃないかなと思ってね」

そのまま、シャロンくんが身体を起こして日記を捲る音を聞く。


「……ずいぶんと。」

「ずいぶんと……わがままを言えるようになっていたんだね、あの子は」

斜め下から見るシャロンくんの表情は、とても寂しげに笑っていて。

昨日までの私も、シャロンくんに大切にしてもらっていたんだなと感じて、嬉しくなって。

私は、目をつぶる。

これは、わたしの独白。

「……好きだった、ってさ」

「…………好きだったんだね」

「……好きだった、んだけどなぁ」

「……もう、居ないんだね」

灰と水色の瞳を。
もう、見ることは叶わない。

「…………うん」

もちろん、昨日までの私にしたことは到底許せることではない。
到底、受け入れられることではない。
けれどそうさせてしまったのは、なにも伝えずに全て決めてしまったわたしのせいでもある。
だから、強く言えることではない。

……もし、なにかを伝えていたら。
その先は、どうなっていたのだろうか。
もしかしたら、結局はわたしも理想の『ククツミ』の中のひとつとして捉えられて、破滅の道に進んでいたのかもしれない。


たられば、でしかない。
だけど、好きだった。
そしたらきっと、この気持ちを持ったまま生きていくしかないのだろう。


好きだったことは、無かったことにはならない。
大切だった彼は、なかったことにはならない。


だからきっと、これでサヨナラ。





私はきっと、涙を流していたのだろう。
バンクが私に擦り寄り、小さな手で涙を拭う。

「……ありがとう、バンク」

私は横向きに寝直して、バンクの頬をむにむにと撫でた。
変わらない柔らかな感触に、私の頬も緩む。

みんなは、この4ヶ月で変わったのだろうか。
最終ミッションの先に到達した子たちは、なにをもって進み、なにをもって選んだのだろうか。

わたしに欠けていたものは、私が今朝見た夢の中の私だった。
今も大概かもしれないけれど、随分と物騒な私がいたものだ。

私のために、私を守るために全てのドールを。
全てに手をかけた私という存在。
全てを赤に染めた存在。

……その中に。
◾️◾️くんも居たのだろうか。


「……あのさ、シャロンくん」

「……ん、なんだい?」

シャロンくんは日記を丁寧に閉じて、こちらを見る。

「あー……その……レ……」

「……レオくんのこと、かい?」

「…………名前、そのままにしたんだなぁ」

私の呆けた声にシャロンくんは首を傾げたけれど、私はこっちの話だと手を振って。

「……レオくんって、普通にドールとして、こう……居るんだよね?」

「うん。居るよ、5期生として」

つまり、2期生であるリラくんと完全に別の存在として箱庭に居るということ。

「……そんな奇跡も、あるんだね」

ふわりと笑って、私は身体を起こす。

似たもの同士。

いつか消えてしまうんじゃないかと思っていた、リラくんを守るために生まれた破壊かんじょうの存在。
私の中にある血の雨欠けたものと、どこか似通った、そして少し違う存在。

きっと彼は、昨日までの私との約束を選んでくれたのだろう。
わたしが忘れている、2月25日のわたしにもしてくれたという、その約束を。

……あとで、わたしもその約束の中に入れてもらえないかな。



……そもそも、なんでわたしは戻ってこれたんだっけ。

「……どうして、新しい人格じゃなくて、わたしがここに居られているんだろう」

私が首を傾げると、シャロンくんは少し眉根を寄せて。

「レオくんが……願ったから、だよ」

それだけを言って、口をつぐんでしまう。

「……レオくんが……?」

先を聞こうと覗き込めば、その目は少し逸らされて。

「最終ミッション到達後、に……色々な選択肢があるんだけど……それで……ククツミさんを、願ったらしい。もちろん……それだけで叶えられるようなことじゃ、なかったみたいだけど……」

「その、今は……レオくんを少しだけ、休ませてあげたいんだ。だから、その……」

……私は、レオくんにも、なにかを背負わせてしまったのだろう。

「……分かった。レオくんに会いに行くのは、もう少ししてからにするよ」

「……うん、ありがとう」


レオくんに会いに行くという用事が消えたことで、私が今日予定していたことは無くなってしまった。

私は立ち上がって、また伸びをする。
まだ、私の身体に慣れていない。
そんな感じがして、何度も身体を曲げた。

少し制服が引き攣るのは、おそらく最近あまり着られていなかったからであろう。

「昨日までの私になってから知り合った5期生の子もいるだろうし……今の私との違いに泡を吹かれそうで、それだけが不安かな」

くすり、と笑いながら私は目を遠くに向ける。

「……あんなにきれいで可愛らしい服が似合っていたなら、ねぇ」

「……服、そういえば制服なんだね?」

「……なんだかね、あの服を着るのは、違う気がして。学園の制服っていうのも、今は何だか変な気もするけど」

「きみであることに変わりはないんだから、似合わないことはないだろうに……」

それはそう、なんだけど。
あれは、きっと昨日の私にとっての大切な物だったのだろうから。
それを着てわたしが記憶を作るのは、違うだろうと思ってしまったから。

それを聞いて、シャロンくんは自身の口元に手を当ててひとつ考える。

「……じゃあ。今から新しい服をもらいに行くかい?きみだけの。ククツミさんだけの服をさ?」

「……私、服のセンス、ないよ?」

シャロンくんのほうを向いて私の不安を言ってみれば、シャロンくんは笑って。

「仕立て屋さんがいい感じにしてくれるさ。あとは……いくつか着てみて、しっくりきたのを選べばいい。ボクだって大したセンスはないからね」

「……茶色一色だもんなぁ」

「……制服に紛れる程度にって注文したらこうなっただけだし」

ぼそっと呟いた言葉に、少しむすっとした顔で返される。
それが面白くて、また私は笑って。

「一緒に来てくれる?シャロンくん。バンクも」

「ああ、もちろん」

シャロンくんが立ち上がると、シャロンくんのお腹がぐぅとなった。

「あ……何か、少しだけでも食べてからでいいかい?」

「……ふふ、おにぎりでも作ろうか」

くすりと、笑う。





軽い朝食を済ませてから、私とシャロンくんは学園の外にある仕立て屋へと向かう。

「そういえば……これ、外れないの?」

学園の敷地を完全に出てから、私は自分の両手首についているリストバンドをシャロンくんに見せた。
青と緑のリストバンドは、意外と目立つ。

「あ……外れないよ、それは」

「外そうとしたら…………皮膚ごと、かも」

「こわ」

ぼそっと呟かれた言葉に背筋が凍りつつ、しかしこれのおかげで出来ることが増えた恩恵があるため無碍にはできない。

緑のリストバンドとシャロンくんの姿を交互に見てから、私はシャロンくんの姿に自分がなっている状態を思い浮かべる。

変装魔法で、シャロンくんの姿へと。

「……シャロンくんに見えてる?」

声はそのままに、聞いてみる。

「……ボクそんな顔してる?」

実際、鏡をよく見なければ自分の顔というものは存外わからないもので、シャロンくんはきょとんとした顔を見せた。

そのままシャロンくんは幻視魔法を使って自分の幻を発生させて、私と幻を見比べる。

「……あー……ちゃんとできてる、ね?」

「……ふふ、互いの色も使えるのが不思議だなぁ」

黄色と緑、緑と黄色。

混ざり合うことはないと思っていた、互いの色。

「……うん、面白いね」

私はきっと、イタズラを思いついたヒマノくんと同じような顔を浮かべながら、早足で仕立て屋へと向かう。

「あ、ちょっと!?ククツミさん!?」

よからぬことを考えているのだとシャロンくんに気づかれながら、私は笑う。


ここから、わたし記憶物語がまた。
始まるのだと。

少しだけ、胸が痛みながら。

今は、笑って過ごすことにした。



























昨日の私へ。

ごめんね、私は昨日までのきみの記憶を、そもそも覚えていないみたいだ。
だからきみの『忘れてほしい』は叶えられないね。


きみの。生きていた証は。
ちゃんと。
みんなの中に、あるんだよ。

……でも、それが私の中に無いのは。
ちょっとだけ、寂しいな。





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