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Winter Garden【交流創作企画#ガーデン・ドール】


白く、透明な世界は。




Attention
・流血などゴア表現

交流創作企画【ガーデン・ドール】において、最重要ストーリーの要素を含みます。






B.M.1424、7月6日。

「やぁ、雪うさぎたち。久しぶり」

すでに日が斜めに傾いた頃、私とシャロンくんは冬エリアに到達した。

「あ……そっか、マギアビーストが出た時に寮に避難してたっけ」

「うん。討伐が終わってから冬エリアに放してあげたんだ。元気そうでよかった」

少し歪な猫の形をした雪だるまはヤクノジくんが、子犬のような雪だるまはリラくんが。
それぞれの鳴き声と共に、こちらの周りをずりずりと移動する。

実際冬エリアに現れたマギアビーストはこちらから攻撃を仕掛けなければなにかしてくることはなかったし、雪うさぎたちが居ても問題はなかったかもしれない。

けれどやはり生命を宿すスタンプというレリックの力によって生まれた小さなこの子たちを、危険に晒しておくことはできなかった。

「……ごめんね。今日は遊ぶために来たわけじゃないから、またね。……近づくと、ほら。色がついちゃうかもしれないから」

雪うさぎの頭を軽く撫でると彼らはこれから起きることに気づいているかは分からないが、しかし了承の鳴き声と共に冬エリアの奥へと去っていく。

「シャロンくんが言ってた木って、あれのこと?」

私は冬エリアを見渡して、一際大きな影があることを目視した。

「うん。もう少し近づいてみるかい?」

歩くたび、ぼすっと足が埋まる。
雪が降り続ける冬エリアであったが、今は大雪が降っているわけではないため視界は開けていた。

寒い。
もう何枚か羽織ってくればよかった。

ふと吐く息が、白く染まる。
隣を歩くシャロンくんの耳も少し赤くなっていた。
それでも歩みを止めないのは。

それでも後退することを選ばないのは。

きっと、同じ気持ちであって。


「……これが、道標の木?」

私は巨木の下でその樹皮に触れる。
長い樹齢を重ねているのか、暗い灰色の表面は浅く割れて鱗状に剥離していた。

「うん。大きくて、目印になる、道標みちしるべ。……あの時、ボクが秋エリアの公園に行く前に、助けてもらった木だよ」

シャロンくんも、その樹皮に触れる。

あの時、とはシャロンくんがかみさまに知恵の種を願い、叶わず、あてもなく彷徨っていた時のことだろう。
最終的にシャロンくんを見つけたのは秋エリアだったが、その前は冬エリアに居たということらしい。

この巨木の下であれば、少しの雪は耐えられるだろう。
とはいえこんな寒い中、シャロンくんはひとり過ごしていたのか。

何も知ることができないという、絶望の中。

「……あの時、なんで知恵の種が欲しいと思ったの?」

私は、今まで深く聞くことのできなかった問いを投げかける。

「……あの時から、最も傷つけたくない相手っていうのがなんとなくククツミさんのことだなって、思ってはいたんだ」

シャロンくんは、だいぶ前から。
むしろ秋祭りの頃から、既に自分に欠けた『大切なもの』があるとしっかりと認識していたのではなかろうか。

思い悩む姿を見かけることが増え、それでも気丈に振る舞い、心配させまいと逆にこちらを励ましていた。

だから、きっと。

最終ミッションを知ったのも、シャロンくんが1番早かったのだろう。

奪われた『大切なもの』を取り戻す方法。

最終ミッション、なんて大層な名前で『ガーデン』が示した内容は。

それは。

「だからこそ。……傷つけたく、なかったから。あの時のきみに、あれ以上、傷ついてほしくなかったから」

シャロンくんは、どれほど悩んだのだろう。

どれほどの葛藤を続けてきたのだろう。

「それでも、ボクは知りたかった。このガーデンが何なのか」

知識への探究心。

この『ガーデン』は、なんのために作られ、何をするための場所なのか。

知りたいという思い。

それは、とても強い感情。

けれど私はそんなこともつゆ知らず。
普通の学園生活を送っていた。
というより、そんなことを考える暇もないほど、傷つけられていたと言った方が正しいか。

あの時の私は、とても大きな傷を負っていた。
今でも傷を受けた頭部が痛む感覚がする。
勝手に恨まれ、勝手に敵意を向けられ、勝手に終わりとして仕舞われて。

傷ついて、傷ついて。
痛くて、痛くて、ようやく得られた安寧。
私は、寄りかかれる相手を、拠り所を見つけたはずだった。

きっとシャロンくんは、その安寧を見たからこそ。
自分は離れていても平気だと思ったのだろう。
その相手に、私を託せると思って。

知識を手に入れるために、独りで突き進むことを選んだのだろう。

「……"知恵"を求めれば、何か手に入るかなって。誰も傷つけることなくね。」

シャロンくんは、なにも自暴自棄になったわけではない。

ただ『ガーデン』から定められた道の上から外れようと、別の方法が無いかと探し続け、足掻き続け、もがき続けただけだった。

「……シャロンくんは、ずっと……道を、探し続けていたんだね」

「うん……そうみたい」

けれど。

最終的にシャロンくんが居た場所は。

定められた道最終ミッションの上でしかなかった。

「……結局、傷つける道しか残ってなくて。……こんな感じの、雪の中で」

この、雪の中で。

シャロンくんは、選んだのだろう。

わたしも、選んだのだろう。

「じゃあ……もうひとつ、質問」

私は雪の上に足跡をつける。
立ち止まったシャロンくんの周りを、ぼすぼすと踏み鳴らしながら。

そのまま、シャロンくんの正面で振り返って。

「……どうして、私を戻す選択肢を、選ばなかったの?」

わたしを殺した理由を問いかけた。

「そ、れは……」

言い淀むシャロンくんの顔を覗き込みながら、私は笑う。

そこにあるのは。
これからワガママを選ぶ私と、同じ思いだろうから。

「……それこそボクのわがままで。ボクの罪を。なかったことには……したく、なかった」

選択肢。

全て『元通り』にすれば良いわけではない。

ただ『なかったこと』にして、終わりにしたくはない。

「……ふふ」

全ての罪を、全ての罰を。全ての咎を。

私たちは、生き続けることで償い続ける。

「……よかった」

例え、どんなに大切なものを失っても。

だから。

「……私も、全部。……なかったことに、したくないからね」

これから私がすることを、私は『無かったこと』にしたくない。

「これまでのことも、これからのことも」

空が暗くなってきた。

雪も降り始めた。

これからのことを、白で塗りつぶすように。

「今日の記憶をシャロンくんが忘れちゃうのは、ちょっと残念だけど」

それでも、わたしは。

「……絶対に、忘れてあげないよ」

赤い瞳に、約束する。


「……うん。」
「忘れないで。」

「大丈夫、ボクは変わってもボクだから。」


私は、今、きっと。
ふわりと、笑っているのだろう。

「……まったく、その自信はどこから来るんだか。……今までの経験から?知識から?……後悔から?」

「後悔はないよ」
「強いて言うなら……経験、かな」

シャロンくんは、いつものようにニッと笑って見せる。

「……そっか」


良かった、という小さな言葉は白い息と共に消えて。
私は少しだけシャロンくんから距離を取る。
シャロンくんはその場から動かない。

一歩踏み込めば、切先が届く距離。
私は、シャロンくんに得物を向けた。
これは最後の確認。
最後の質問。

わたしの覚悟。

「……さて、斬られる経験は何回目?」

だというのに、まぁ。

「それは……決闘込みかい?」

返ってきた言葉は、随分と慣れた様子であって。

「……あれ。もしかして、結構ある?」

「ははっ、まあ……なんだかんだと、みんな変わってるってことで」

首を傾げる私と、苦笑いをするシャロンくんの光景は、きっと側から見れば滑稽で。

「でもまぁ、それなら大丈夫か」

私は得物ナイフをくるりと回し、自分が一際胸を張って言えることを伝える。

「1番綺麗に切れる自信はあるよ、安心して」

切る。

それはククツミの本能。本質。

私に欠けていたものは『紅雨ククツミ』であった。

私は雨に打たれていた。
雨に濡れる中、私の『大切なもの』は奪われた。

どんな傘もどんな屋根も、私を守ってくれることはない。
私に降り注いだ雨の色は、赤かったのだから。

そして、その雨を降らせたのは、他ならぬククツミ自身だった。

私は切り続けた。

殺し続けた。

積み上がった屍の上で、私は平和を望む。


私は私を守るために大量のドールを殺害し、たったひとりだけ生き残った。


実験は失敗に終わり、その人格は削除された。


それが、ククツミだった。


その過去に囚われるように、わたしは長い夢に陥った。
誰かに起こされなければ、私は今も眠り続けていたのだろう。
あの、赤が降りしきる夢の中に。

目が覚めた後も、それはずっと心を蝕み続ける。
タガの外れた思考で振ってしまった得物は、一般生徒ドールの首を確実に切り落とし。

幾度も悪夢に苛まれ。
赤を認識することもできなくなって。

それでも、わたしは。

わたしを傷つけたドールに報復するを切ることで平和を得る、ということをしなかった。

だから私は他者の平和を望みながら、自分自身の平和とは程遠い生き方をしていたのだろう。

それでも、それはわたしの選択であったから。

わたしなりに、生きてこれたのだろう。


「どんな自信だい……でも」

シャロンくんは、そんなククツミを少なからず知っているはずだった。

けれど、それは些細なことだと言うように、呆れた顔で笑って。

「信用してるし、信頼してるよ」

そんなことを、口にするものだから。

「……ありがとう」

そんな言葉しか、出てこなくて。


「……私にとっての『欠けたもの』は、今ようやく埋まるんだろうね」



問答は、これで終わり。



私は、目を瞑る。


私は、わたしの意思で。

雨を降らせることにした。












降りしきる雪が、小さく小さく音を立てる。

呼吸の音すらも吸い込みそうな白の中、主張するのはふたつの鼓動だけ。



この一瞬のために、きっと私は選び続けてきたのだろう。

選択し、たくさんの物を失って、失い続けて、一欠片の希望を追い求めてきたのであろう。



であるならば、もう迷うことはない。

迷う道は無い。


選ぶ。


ただ、一歩。
それだけ、進む。


本来であれば首へと向ける一閃を、ほんの少しだけずらして。

流れるように、とても慣れた手つきで。




白に、紅い雨を彩った。









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