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傘に想いを、束の間の団欒を。【交流創作企画#ガーデン・ドール】
B.M.1424、4月2日。
3月が終わり、ガーデンの雪が溶けていく頃。
夜、ククツミはLDKで正方形に切り分けられた大量のイチゴをテーブルに置いたまま、どうしようかと頭を悩ませていた。
このイチゴは4月から箱庭の各地に出現したフルーツビースト(仮称)のうち、春エリアで飛び回るスワロベリーを先日退治した報酬として渡されたものである。皿から溢れんばかりの切り分けられたイチゴにククツミは面食らい、寮のダイニングにまで持ってきたのだった。
とはいえ、イチゴはバンクがあらかた食べ終えたため残りはどうとでもなる量である。ククツミが頭を捻らせているのは、その手に持つペン先の行方であった。
「……なに書いてるんだ」
「ひゃあっ」
静かにLDKに入ってきたレオに後ろから声をかけられ、ククツミは小さく悲鳴をあげる。当のレオはククツミに抗議の目を向けられてもどこ吹く風というように、手元のメモ用紙を掴み上げた。
「……印?」
「はい、その……傘の形状をしているマギアレリックをいただきまして……それに必要な印、を自由に決めて良いとのことだったのですが……」
「傘の印、なぁ」
「どういう印にしようか、まだ迷っていて……」
ククツミがくるくるとペンを回す。正方形のイチゴに指先でツンと触れれば、傀儡呪詛でそれをふわふわと目の前に浮かばせる。
ククツミは本当に案に詰まっているようで、手慰みにいちごをいくつか浮かばせては自身の口に放り込んでいた。
「簡単なので良いんじゃねぇか」
そう言ってレオが無造作に雫をみっつ並べたメモ用紙は、レオ自身の手によってクシャっと握りつぶされる。思っていた以上に安直になった、という羞恥による行動だった。
「何を書いたのですか?」
「……見なくていい」
「そう言われたら見たくなってしまいます……!」
丸められたメモ用紙奪取の攻防戦をふたりが繰り広げているうちに、LDKにはドールと教師AIの影が増える。
「ふふ。本当に楽しそうですね、レオ」
「……ククツミちゃんも、元気そうでよかった」
「物音がすると思ったら……皆さん夜更かしさんですね?」
現れたのはリラとヤクノジ、そして教育実習生のグロウであった。
かくかくしかじか、と手短に状況を説明してから、ククツミは夜更かしメンバーに提案をした。マギアレリックで使用する印を、一緒に考えてほしいということを。夜更かしメンバーは返事もそぞろに思い思いの席に座っていく。
全員の前にメモ用紙とペン、そして切り分けられたイチゴが並んだ頃。
「ククツミちゃんは、どんなマギアレリックをもらったのですか?」
「傘の形をしていて、印の場所に飛んでいける、というものです。まだ私も使ったことが分からないのですけれど……」
「よく分かりませんが、なんかすごいアイテムなんですよね!」
リラの質問に曖昧な返事をするくククツミと、よく分からないけどなんかすごいで納得するグロウ。それで良いのだろうかと思う他のメンバーを置いて、グロウは意気揚々とペンを持った。
「とはいえ、印が必要なのですよね……印……?」
グロウはメモ用紙に新円を書く。
そのまま、そのペン先は止まる。
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「……えぇと……」
「印とはこういうものではないのですか?」
グロウは首を傾げる。実際、印と言えばこういった形でもなんら問題はない。ただし個性的なものでなければ他者が書いたものと運悪く被ってしまう可能性もあるだろう。
「グロウ先生、これだと誰かが同じ形を書いたら、どこにでもククツミちゃんが飛んでいっちゃうから……もう少し足してもいいと思いますよ?」
「あ、そうですね?!」
やんわりと助言するヤクノジの言葉にグロウはハッとする。グロウは慌ててなにかを足そうと考えるが、あー、うー、などの唸り声が増すばかり。
「例えば……傘や雨、でイメージする形はありますか?」
「傘、それなら……こう、丸に……」
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それは丸にいくつか線を足したシンプルで幾何学的なものであったが、しっかりと傘の特徴を捉えていた。
「あら、素敵ですね!」
「うん、シンプルだけどちゃんと傘って分かるね。すてきだと思う」
描きやすさも含めて唯一無二の印を完成させたグロウはリラとヤクノジに褒められて嬉しそうに、そして恥ずかしそうに頬をかいた。
「ありがとうございます!皆さんの印も見てみたいですね……!」
グロウは照れ隠しなのか、イチゴを食べつつ慌てたように他のドールの手元のメモ用紙を覗く。その視線に気づいたリラは、今度は自分の番だと思考を巡らせた。
「カサ、雨、印……うーん……あっ!」
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「カサです!どうでしょう!」
「とてもカサですね!」
「うん、カサだねぇ」
「…………。」
カサ、というカタカナをくっつけたデザインに目を丸くする一同と、ドヤ顔で見せびらかすリラ。グロウが目を輝かせ、ヤクノジがうんうんとリラの頭を撫でると、レオは甘やかすなという視線を向ける。
「……な?安直だろ?」
「でも、ほら、書きやすいですし!」
レオのため息とククツミの会話に、レオの名付け親であるリラはキョトンとした顔をする。意味がわかったリラは少しだけ顔を赤らめて口を尖らせた。
「そ、そういうレオはどうなんです?!」
「……ん」
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「あら、思ってたより……」
レオの前にあるメモ用紙には分かりやすい傘と、周りを回る矢印によってしっかりとマギアレリックの特徴を捉えている印が書かれていた。
「なんだ思ったよりって」
「レオのことだからてっきり雫のマークだけとかを描くのかと……」
「……うるさいぞ」
元は同一ドールの言葉の応酬を、ククツミとヤクノジはイチゴをつまみながらほんわかと見つめる。
「ふたりとも仲良しだねぇ」
「ふふ、そうですね」
ふたりの様子を見てレオは少し不服そうな顔をヤクノジに向けた。
「……みどりはどうなんだ」
「みどり……?グリーンクラスはこの場にはいないと思いますが……」
「……みどりはみどりだ」
「もしかして、ヤクノジさんの瞳の色でしょうか?」
ククツミの予想にレオがコクリと頷くと、全員でヤクノジの瞳をじーっと見つめる。深緑の片目を見せているヤクノジは、困ったように頬をかいた。
「んー、僕だったら可愛いのがいいかなぁ、お花とかどうだろ?」
「それでしたら……」
ククツミはカバンから日記として使っているノートに挟まっていた栞を取り出す。
「礼節の花の栞ですね?」
「はい、リラさんから頂いたもので……もうひとつは、別の日記に……」
「あぁ、そっか……うん、それなら……こういうのはどうかな?」
ククツミが持っていた礼節の花の栞を見ながら、ヤクノジはペンを滑らせた。
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「かわいい……」
ククツミから感嘆の声がこぼれる。
「礼節の花、ひとつひとつが可愛い形をしてるよねぇ」
「鈴のようですよね」
栞を見ながら礼節の花をじっくりと観察するグロウは、自身が書いた印と見比べて首を捻った。
「傘に、鈴を付ける……?」
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「傘をちょっと上にずらして礼節の花を吊るしたんだね、かわいいなぁ」
「えぇ、とてもすてきな発想だと思います!」
「……こういうのを考えるって、なんだか楽しいですね」
グロウは幸せを噛み締めるようにメモ用紙を見つめる。感情をいくつも覚えてきたグロウが自分なりに考えて作り出したという事実は、着実にグロウが成長した証拠でもあった。
「……ククツミ、どれが気に入った」
「え、えぇと……そうですね……礼節の花が好き、だと……思います……」
ククツミは片手にペンを、もう片方の手で後ろ髪をいじりながら自分の気持ちを伝える。
「ククツミちゃんが描きやすいもの、が1番だからね」
ヤクノジが全員にコーヒーや紅茶を勧めながら、ククツミのペンの行く末を優しく見守った。切り分けられたイチゴを食べながら、リラもグロウもにこにこと見つめている。
「それ、でしたら……」
ククツミはひとつ礼節の花を描き、少し考えてから下にもうふたつ並べた。
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「描いてはみましたけれど……なにかに囲われていないと、落ち着かない感じがしますね……?」
「そうだねぇ、なにかしらで繋げたほうが良いかも」
ヤクノジも同意を示すが、これを単に丸で囲ってしまうと印としては随分と大きくなってしまうだろう。グロウも案はないかと思考するが、パッと思いついたのはリラであった。
「三角で囲ってみますか?ほら、三角って傘みたいじゃないですか!」
「三角……」
ククツミのペンが上を頂点にした三角を描こうとして、レオがそれを手で制す。
「……逆、はどうだ?」
「逆……?えぇと……」
レオが言いたいのは逆三角形ということだろう。しかしこの図にどう逆三角形を組み合わせれば良いというのだろうか。
「……あ」
ククツミの中である形が思い浮かび、それを合わせるようにペンを滑らす。
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「あ、とってもすてきですね!」
それは閉じた傘のような逆三角形の頂点を使って、それぞれの礼節の花を繋げたものだった。
「ただ三角で囲うだけじゃなくて、ちゃんと形として成り立つのですね……!」
「そうだね、ちゃんと傘みたいに見えるし、ククツミちゃんらしいと思うよ」
「……いいな、これ」
全員からの感想をもらったククツミは恥ずかしそうに頬に手を当てる。
「その……これに、決めてしまっても……?」
「もちろんですよ!とってもかわいい、ククツミちゃんの印、ですね!」
「ありがとう、ございます……。その……皆さんが書いたものも、もらってもよろしいですか?今日の……思い出、として……」
ククツミが困り眉で問いかけるもその場のメンバーは戸惑わず、にこやかな雰囲気で自身のメモ用紙を差し出した。
「日記があるのであれば、今日の日記のページに貼り付けますか?」
「今日の思い出として残るの、とっても嬉しいねぇ」
グロウとヤクノジがメモ用紙をどうレイアウトして日記に貼り付けようかと悩んでいると、ふぁ……という声がダイニングに小さく響く。
「……あ、すみませ……印が決まって安心したら、なんだか……とても眠く……」
開いた口を恥ずかしげに手で隠すククツミと、それを見てまたしてもにこやかな表情を向ける全員。日記の該当ページにメモ用紙を挟んで、また今度というようにバッグに詰める。
「……運ぶ」
「ひゃ、え……?」
「残ったイチゴはキッチンに片付けておくよ、また一緒に食べようね」
レオが問答無用にククツミを抱き上げるが、ヤクノジとリラはいつも通りとでもいうように手を振って見送ろうとする。グロウも少し面食らったようではあるが、きっとこれが普通なのだろうと自分で納得して手を振った。
当のククツミだけが困惑しているという不思議な状況であり、とはいえククツミの眠気も相当なものであった。ふわふわとした思考では抗議をすることも叶わない。言えるとすれば、おやすみなさいの一言だけで。
「えぇと……おやすみ、なさい……」
「はい、ククツミさん。良い夢を」
ククツミを担いだレオの背がダイニングから見えなくなり、階段を登る音も消えた頃、ヤクノジがポツリと言葉をこぼす。
「……ククツミちゃんが安心して眠れるようになって、よかったね……」
「本当に、そうですね……」
「……今後は、何事もなければ良いのですが……」
時計の針は、夜の10時を指していた。
短い針が次に9を示す頃。
シキの公開廃棄が行われることを、今は誰も知らなかった。
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