みっともないと思うこと
私の通勤方法は車である。
運転は好きだけれど、運転が上手、とまでは言い切れないと思う。
乱暴な加速もしないし、ブレーキもそっと踏むし、
ハンドルもするっと切るので、同乗者が気分悪くなるようなことはないと思うけれど、車の運転自体は怖いのでいまだに苦手である。
それでも運転をしなくてはならない。
地方は車がないとどこにも行けないからだ。
私の愛車はMT車であるため、運転中は余計なことができない。
運転をするためには、すべての手足を必要とするからである。
運転中の私は大変忙しい。
ハンドルを回し、ギアをチェンジする。
クラッチを踏み、アクセルとブレーキを操作する。
飲み物を飲んだり、食べ物を食べたり、
ましてや、ケータイをいじくるなんて、
とってもじゃないけれど、無理なんである。
しかし、世の中には器用な人間がいるものだ。
毎日ではないが、週に何度か出くわすエンジ色の軽自動車がいる。
運転手は中年の女性である。
ナンバーも知っているくらい、出くわす機会がある。
その彼女、運転しながら、大変器用にお化粧ができるのだ。
百歩譲って、停止している時なら、
まア、わからなくもない・・・か・・・、と思おう。
でも、車を走らせているさなかに
片手にファンデーションを持って顔面を塗りたくり、
ルームミラーを見ながら眉毛を引き、アイカラーを乗せる。
その間、車は中央に寄ったり、戻ったりを繰り返す。
片目で運転している瞬間も目撃したので、
さもあろう、という感じ。
珍獣を見つけたような気がする私は、
出くわすたびに鏡越しに観察するのをやめられない。
ながら運転の取り締まりが厳しくなったと聞くが、
「ながら化粧」運転は入らないのだろうか。
後ろにつかれると、追突されやしないかとひやひやする。
私の車は特別パッケージ。
もう同じ仕様の車は手に入らないのである。
田舎は急に道路を横断してくる年寄りも多い。
人を轢きやしないかと気が気ではない。
それもそうだが、
そんな片手間に適当にいろいろ塗った顔を人にさらすなんて、
相手に対して失礼じゃないか?
お化粧って、ただすればいいってもんじゃないと私は思っている。
私にとっては一日のうち、はじまりの大切な儀式であるがゆえ、
顔に何かを乗せる際には真剣に挑む。
今日はどうやって自分を鼓舞しようか。
職場の同僚にどんな自分を見せようか。
たとえ、同じようなお化粧でも、少々意味合いが変わる。
それに、自分の顔は自分では見えない。
他の人からしか見えないからこそ、適当なご面相ではいたくないのだ。
でも、「ながら化粧運転」の彼女にとって、お化粧とは、
ただ塗り付けてあればいいもの、線をなぞってあればいいもの、
なんだろうなア。
もう少し頑張ったら、そのささやかなお目々がぱっちりと愛らしく見えるかもしれないのに。
その一筆書きのような眉毛が、今日の顔を素敵に縁取る縁取りになるかもしれないのに。
まったくもって、化粧への冒涜である。
そんな風にしか化粧をしないのなら、いっそしない方がマシである。
電車でフルメイクしちゃう女性と同じくらいにみっともない。
本人は自分しかいない空間の中にいるから気が付いていないのかもしれないが、車の中って、意外と見えちゃうもんである。
自分が他人に見せたくないと思っている場面を、
堂々と人前でさらしている姿を見るたびに、恥ずかしくなってしまうのだ。
それゆえ、彼女と出くわすたびに、
痛い目にあって後悔するようなことになればいいのに、
と、ついつい呪詛を吐きたくなってしまうのである。