しくじり先生 地域医療編~地域を遊べ、違いを楽しもう~(イベントレポ)
8月のSHIPマンスリーイベントは、各地で地域医療体制の構築を手がける医師の奥知久さん(地域包括ケア研究所)をゲストにお招きし、「家庭医療」や「地域づくり」をキーワードにお話を聞きました。
奥氏が医師として働き始めたのは、長野県茅野市の諏訪中央病院でした。
ある日、不整脈(トルサード・ド・ポワント)で救急搬送されてきた高齢女性患者さんをICUで診た奥氏は、そのまま主治医になりました。患者さんはその後、不整脈は改善しましたが、認知症が悪化してしまいました。そのまま在宅診療に移行し、奥氏は在宅診療の主治医にもなりました。ICUから在宅診療までを一貫して主治医として関われる体制があったことで、「患者の病の経過を追えたこと、介護者である患者さんの夫の負担が入院から在宅に移ったことでどう増えるのかなどを実際に知れた」と言います。
地域医療や家庭医療は、それぞれの地域で達人だと思われている人を録画したりして、その人の凝縮された技みたいなものを抽出して学べるのではないかと言う奥氏。奥氏にとっての2人の達人は、諏訪中央病院でともに働いていた鎌田實先生と髙木宏明先生でした。2人の達人が関わった患者さんのケースを社会的背景も合わせて紹介しながら、奥氏の地域医療の学びを共有いただきました。
「医療だから医師や看護師が患者のために何かをするのは当たり前」と考えず、「何かしてもらったら自分も何かを返したい」という患者さんの思いに触れたり、患者が役割を持つこと、目標を定めたことによって患者さんのやる気が出ることなどを目の当たりにした奥氏は、疾患や障害など、失われたものを見るだけではなく、残存機能やその人の強み、プラス側面を活かすことを考えるようになりました。
この話題について、病因論(何が病因なのか)と健康生成論(何がこの人を健康にし得るのか)の考え方も紹介しながらお話いただきました。
◆在宅医療は達人技? スキル?
奥氏によれば、「達人は理論ではまったく分からない質問をしたりする」とのこと。「自宅の様子や患者の雰囲気、その家に流れる空気などから突然繰り出した質問が、患者の心をものすごく開くきっかけになったりする」と実例を混ぜてご紹介いただきました。
ライフヒストリーをどう引き出すかという質問で、奥氏がキラーフレーズとしているのが、「出身地を聞く」ということ。「○○さんって、どんな価値観ですか?」と聞かれても答えに窮してしまいますが、「○○さんって、どちらのご出身ですか?」と聞けば、大学やお仕事の話など、人生のアンカーポイントを聞く流れに移りやすいと言います。
過去のヘルスケア関連ストーリーを聞くときは、例えば配偶者が亡くなっている方であれば「それは大変だったんじゃないですか?」と質問すると、「あの時こうだった、ああいうことをした」と話が引き出されることがあります。その際、「本人やその一族の対処や反応、思考を垣間見ることができる」と奥氏は言います。
地域医療の話題で、奥氏は最後に、「人は頭で考え、情で動き、腹で納得する」という鎌田先生の言葉を紹介。行政の機能単位ではなく、情でつながる単位で考えると、中学校区サイズの「地域包括支援センター」単位より、「公民館」単位だと考えていると語りました。
「地域診断をしてみたら、住民はそれぞれの人生を生きていて、医療はたまに使う存在でしかないことに改めて気付いた。コミュニティは情でつながるシステムだ」。
この後も、地域のキーマンを味方につける方法や、地域医療に興味を持ったきっかけなど、たっぷりとお話いただき、今回も大変学びの多いマンスリーイベントとなりました。
【メンバーの感想】
「情で繋がる単位」をスタートにしたコミュニティ作りという言葉が印象に残っていて、人間は論理よりも感情で動かされる生き物であることを前提にしておくのは的を得た戦略になっているのかなと思いました。今の社会が移動自粛や外出自粛、ソーシャルディスタンスなどで物理的にも、新型コロナに対する考え方や価値観の違いという点でも、人と人とが分断されやすくなっていると感じていて、Withコロナと言われるように今後も続くと考えれば、コミュニティ作り、つながり作りを担う奥先生の活動の価値は高くなってくるんじゃないかと思い、学び多い話でした。(かんちゃん)