2108C志乃【夏草】

 いつの間にか居住区域が蒸籠の中に移っていたらしいことを、冷房の効いた部屋から一歩外に踏み出したことで知った。ひどいものだ、吸い込んだ空気で肺から蒸しあがりそうな日和である。
 さっさと所用を済ませて帰るに限る、と歩き出せばじわじわと滲み出した汗が頭皮を伝って、顔の凹凸で川になった。顎を通り首筋を流れ、服の襟にしみ込んでも微塵も涼しくならない。
 西へ傾き始めた日差しに目を眇め、建物の影を選んで跳び伝うように歩いていると、ふっと影が切れた。建物がなく、開けた土地がある。視線を巡らせれば、そこには遊具のない公園があった。
 毎日毎日鉄板蒸しにされるような陽気では、誰も来やしないのだろう。イネの仲間らしい細く鋭い草が伸び放題に背を伸ばし、膝の高さまでを埋めている。奥の木立が影を落とすものの、屋根もない水飲み場などは日に焼かれ放題だ。蛇口をひねれば熱湯が出そうな風情で、よく茂った藤棚の下に匿われているベンチを見つめている。
 こんな場所があったのか。
 もっと早く、春のうちに気付いていたなら藤を見に来ていたかもしれない。揺らぐ夏草を一瞥して、止めていた足を再び動かす。
 すっかり日が落ちて、日中の熱が夜風に吹き払われたなら、ここは程よい夏を感じさせてくれるだろうか。

ご支援を頂けましたら、よりいっそう頑張ります!