2010F志乃【灰夢】

 灰霧を切り欠いて磨き上げたような石材の壁が、ランプの光を照るともなく照り返している。すりガラスを通した陽の光はどこまでも他人事で、外のことなど異世界のようにしか思えない。さっきくぐった扉を通るまでは届いていたはずの風が渡る音も人の声も、扉が閉まると同時にきっぱりと隔絶された。
 他人事の窓と同じ色にひかるランプは、階段の折れ目、踊り場の角に立っている。確かに光っているのに、それは照らそうという意思に乏しく、やはりぼんやりとしていた。
 高い天井、滑らかな壁に反響して輪郭を失う音、生き物のにおいがしない箱の中。
 私一人だけが現実。
 そうと気付いた瞬間に、足元の石材が霧に戻って、どこまでも落ちていくことになりそうな、そんな気がした。

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