2019Sp志乃【桜浴雀】
花粉症の同僚が、この世の終わりとばかりに天気を恨む日だ。涼やかな青に薄白く霞がかったような晴天と、駐車場を吹き抜ける風。ちらちらと飛んできた桜の花びらが光る。
盛大なくしゃみを聞き流して、さんさんと降り注ぐ透き通った日差しに目を細めた。素晴らしい陽気である。ありやなしやの淡い雲を視線で追って、それから仕事を思い出す。
駐車場警備員としては、あまりよそ見をするのもよくないのだが、いかんせん二時間ほど前から車は一切入ってきていない。おそらくこれから三時間ほどは出ていく車もないだろう。要は暇なのだ。
同僚を駐車場入り口に残して、暇潰しの見回りに出かける。どうせそう広くもない駐車場の中だけ、それもひたすら車が並ぶだけの景色だ。車好きというわけでもない身に、たいして面白いものもないだろう。だが、日差しの中で古びたパイプ椅子なんぞに腰かけていては眠ってしまう。歩いていたほうが眠気も覚めるし、何より上司への言い訳もしやすい。
駐車場の周りには、桜の並木がある。ここ二、三日は雨もなく、好天が続いていたため、桜も見頃を迎えていた。九分咲きだ。散り落ちた花びらが風に吹かれて転げるように乾いたアスファルトの上を駆けていく。
開花からもこもこと花を増やしていく様を毎日毎日見ていたが、咲き揃うまではあっという間だった。散りきって並木が緑に染まるのもすぐだろう。
何とはなしに車のボンネットやフロントガラスに張り付いた花びらを数えながら、駐車場の奥まった一角に辿り着いた。施設の入り口からも遠いここは、車が少ない。
駐車場の端はブロックで仕切られている。アスファルトから一段上がったところに並木の土があるのだが、そのブロックの角に、桜の花びらが吹き溜まっていた。木漏れ日の揺れる木陰に一陣また風が吹いて、渦を巻きながらまた花びらが集まる。
と、不意に上から桜が一輪、軸ごと落ちてきた。見上げれば、雀が一羽、桜の枝にとまって花の塊の中へ嘴を突っ込んでいる。どうやら蜜を吸っているらしい。
また一輪、花びらの吹き溜まりへと落ちる。落ちた花を目で追うと、こんもりと積もった吹き溜まりの桜が、もぞりと動いた。
何かと思ってみていると、花びらの山から顔を出したのも雀だった。砂浴びや水浴びをする雀は見たことがあるが、同じように桜色の中へ顔を突っ込んではばたばたと小さな翼を動かして、花びらをまき散らしている。
満足気に吹き溜まりからてんてんと跳ねて出てきた雀の頭には、ひとひらの花びら。
花見だなんだと騒ぐ人間よりもよほど桜を堪能しているらしい雀たちは、ふきだして笑う声に気づいたらしく、飛んで逃げて行ってしまった。邪魔をしてしまったようだったが、桜の根元で酒を飲むよりもよほどいい楽しみ方を知っている雀をうらやましく思いまながら、人間は人間らしく花見をもくろむことにした。
今日の弁当は並木のベンチで食べよう。
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