1812B志乃【何処へ】
薄く薄く引き伸ばしたかのような淡い雲越しに、三滴ほど紅を溶かした日が照っている。きっともう少しで、子供に帰宅を促す防災無線が流れ出す時間だ。
いつか見た風景。
恋人たちが愛を囁きあうようなムードとは縁の遠そうな、小さな観覧車が私を見下ろしている。喜ぶとすれば小学生、いや幼稚園児だろうか。パステルカラーのかご、扉にはデフォルメされたにこやかな動物が描かれて、傾きかけた光を浴びてたたずむ姿はどこか誇らしげだ。
ここには誰もいない。
チケットをもぎる係の人も、観覧車に乗る子供も、その親も。ただ観覧車の乗り口に藤棚が影を落として、しんと静まり返っている。
私だけがここにいる。
あたりを見回せば、自分の服が擦れる音ばかりがやけに耳につく。ここが例えば廃遊園地だったのなら、この状況も納得できようものだが。ならばなぜ、無人のままに観覧車は回っているのか。
下から見た限りでは、観覧車のかごにも誰も乗っている様子はない。
……本当に、私だけなのだろうか。
乗り口へと、思い付きに引きずられて足が動く。靴底と地面の隙間で砂が擦れる音が耳に刺さる。一歩、一歩。一歩。乗降口へ。
たどり着いて、ゆっくりと降りてきては登っていくかごを眺めた。やはり誰も乗ってはおらず、次のかごが来るまでをぼんやりと待っては、また誰もいないことを確認する。
そうして、いくつめのかごだったか。
どうしてもあれに乗るのだとせがんだ緑のかご。
――ぐい、と手を引きずり込まれた。
かごの中に見えたのは子供の影。口が小さく動くのが見えて、その声は防災無線の童謡にかき消される。
おててつないで、からすといっしょに、――どこへ。
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