1905C志乃【水空】
桜はすっかり緑、菜の花やタンポポが隆盛を誇る畔を歩く。開けた田に吹く風の中で、鋤き込まれるたい肥のにおいが花の香りと競っていた。深呼吸してたい肥に軍配が上がったのに苦笑いする。
田は今まさに稲を迎え入れる準備をしているところだ。冬の間にぎしぎしと乾いて固くなった土を起こし、栄養を与え、ふかふかと柔らかに整える。黒々と豊かに生まれなおした土に水を流して、この田はこれから代かきなのだろう。
まだ土が均等にならされていないところへ浅く水が入り、水鏡になっている。微風に震える水面に広がった空の青と浮かぶ雲は、映された本物の空よりも鮮やかだ。
例えばここに飛び込んだなら、潤んだ空へ落ちることができるだろうか。肌を撫でる春の風よりも涼やかに甘く、深く、どこまでも沈んでいけそうだ。
こうして鏡写しにすると空に高く見える雲こそが浅い。手の届く範囲に浮かぶ雲は触れて遊ぶこともできようが、雲をすり抜けて落ちる先の空は果てもなく深いのだとわかる。
この深い空に抱かれて育つ稲は、どんな味の米を実らせるのだろう。秋、新米の季節に思いをはせながら、私は底なしの空へ指先を浸した。
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