2022Sp志乃【夢のない話】

どこへも行けはしないのだ、と内臓が浮くような感覚の中で思い知る。
 ポーン、と能天気な音が次の階へ到着したことを知らせた。まだ降りない。
 全部のボタンを押して、全部の階に止まって、それでも行きたい場所なんて見つかるわけがなかった。この檻は、決まった長さのy軸を上下するだけ。横方向の移動は設計にないし、宇宙や地底へ旅立てもしない。
 僕ができるのは、どのエレベーターに乗るか、という選択だけ。そして現状選べるエレベーターは、自分の足で歩いて行ける範囲にあるものに限られる。
 四人も乗ればいっぱいの狭い箱と、精々一〇のボタン、うねるように滑らかに開閉するドア。僕以外が乗降すれば、ワイヤーの弾性を示すように微かに上下して揺れる。どこへ行っても同じような無機質な箱に変わりはなくて、内装がクリーム色かグレーか、鏡があるかないか程度の差が関の山だ。
 窓もない閉塞した空間の中で、全部の階に止まるエレベーターに乗ってしまった乗客の面倒くさそうな顔をちらちらと盗み見ながら、小さくため息をつく。知りもしないビルに入っては一番上まで昇って、どこにも――最上階にさえ降りず、すべての階をエレベーターのドアから眺めて、地上に戻るだけ。
 誰にも言ったことがない、秘密の、これは確認作業だった。無謀にも宇宙を目指したりしないための。

ご支援を頂けましたら、よりいっそう頑張ります!