1903B志乃【潮騒響】
一歩踏み込むと、トンネルを抜けた先に広がる海の声が耳を圧倒する。
車が一台通れるかどうか、コンクリート打ちっぱなしの短いトンネルはひんやりとして、壁と天井で鈍い鏡のように外を映していた。海の青、浜の白。
よく晴れた天気のいい日で、石の多い浜は陰になっているトンネルから見ると白飛びして眩しい。転げて角の取れた白い石、ぽつぽつと混ざる赤茶を帯びた石。潮が満ちると打ち上げられるのか、干からびかけた海草がまばらに列をなしている。水際近くには山から剥落したばかりのような、角の立った岩が波に洗われていた。
深いのか、海草が茂っているのか、青黒く見える海面と、その周囲の碧がかった波が、繰り返し寄せては引いて。穏やかな波のわりに風が強く思えるのは、狭いトンネルを吹き抜ける風を浴びているせいだろうか。前を歩く彼女の、髪もジャケットも風をはらんでなびいている。
波の音、トンネルに反響する靴音、それ以外はただ静かだった。前を行く一人分のほか、人の気配はない。
トンネルを抜けた彼女は、その境でぴたりと足を止めた。
何か、言ったのだろうか。
ひときわ強く風が吹いて、潮騒の響きが、耳に届く前の声を押し流していった。
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