「選択の科学」(文春文庫)書評のスピンオフ記事⑵
前回、「選択の科学」(シーナ・アイエンガー著・櫻井祐子訳/文春文庫)の書評の中でスピンオフの別記事を2本ほど投稿すると申し上げましたので、そのうちの1本を投稿しようと思います。「選択の科学」書評が面白いと思われた場合に、ついでにご覧いただく程度でよろしいかと思われます。
この記事の背景として、日本の小売業ではペガサスセミナーという小売業向けのコンサルティングファームの講義に有望な社員を送り込む企業が多数存在します。有名な企業としてはニトリ・ワークマン・サイゼリヤ等が現在でも社員を送り込んでいますし、かつてはユニクロも社員を送り込んでいたとのことです。ペガサスセミナーには若手の登竜門とされる中堅育成セミナーというセミナーがあり、私がそのセミナーに派遣された後、会社に提出した報告書を以下に記事として投稿します。
ペガサス中堅育成セミナー報告書
今回のセミナーは、5月7日(火)~9日(木)の3日間にわたり、ヒルトン小田原リゾート&スパにおいて、中堅社員になるために必要とされるチェーンストアについての知識や心構えについて学んだ。セミナーを受講させていただいて感じたことについてのみ申述するのがセミナー報告書を提出する趣旨であるとは思うが、残念ながら私はひねくれており、研修を受講してその感想のみをつらつら書けるほど素直な性格ではない。そこで以下は3日目講義終了後、講義内容について日本リテイリングセンターの渥美六雄リサーチ ディレクター(以下、渥美先生)と個別にした質疑応答およびそこから考えたことを、質疑応答の順に述べてまいりたいと思う。ご寛容たまわりたい。(見出し「1-4」等は、テキストのページ番号を示す。)
1. 1-4法人所有の資産について
講義では、チェーンストアの準備対策として、法人所有の資産を増やすべきであると教わった。この点について、私は日本のバブルやアメリカのサブプライム・ローンが破綻したことからも、法人所有の資産を増やすのは不適切ではないかと考えた。
渥美先生はこれに対して、営業資産として土地を活用すれば、地価も上がり、金融機関からの融資も受けやすくなるとおっしゃっていた。
この点について私は人口減少社会に突入しつつある現在の日本においては土地余りも言われつつあり、営業資産は地価が上がるといっても長期的には下落するのではないかと考えたが、そこまでの質問はしなかった。
2. 1-5寡占化について
昨今、ふくおかフィナンシャルグループと十八銀行の合併に対して、独占禁止法上の問題から公正取引委員会が長期にわたり承認しなかったことから、小売業においても寡占化に伴う独占禁止法違反の問題が生じるのではないかと質問した。
渥美先生によるとイギリスでは、小売大手のセインズベリーとアズダの合併をCMAが承認しなかったという例はあるが、それは市場占拠率が38%にまでなるからであり、日本では寡占化を進める余地がまだ十分にあるとのことであった。私もこの点については異論はない。
3.1-11ビッグストアの「地域特性に合わせて店ごとに変化させる」について
東北地方では塩分の濃い食事が多いが、舌の感覚は地域に関係がないので、チェーンストアなら東北地方の食習慣を塩分の少ないものに変えることができるという趣旨の話を桜井多恵子シニア コンサルタント(以下、桜井先生)がされた。この点について、日本人には海藻を消化する酵素があるが、アメリカ人にはそれがないという事実もあり、やはり地域の特性に合わせた商品は必要なのではないかと私は考えた。(これについては海藻の話は出てこなかったが、奥田昌子著「欧米人とはこんなに違った日本人の体質」(講談社)には、似たような話が頻出しており面白いと思う。)
これに対して渥美先生は、東北地方ではかつて牛肉が食されていなかったが、それは高価すぎたためであり、ダイエーが東北地方に進出し、牛肉を安価に提供するようになると、牛肉を食する文化が誕生した、とご教示くださった。すなわち経済民主主義の実現に資するのが、その意義であるとのことであった。低所得者層こそ高度な教育を、低額で受けられるようにすべきである(教育民主主義とでも言うべきか)との考えを持つ私にとっては、この点について異論はまったくない。
4.2-4バーティカル・マーチャンダイジングと製造小売(以下、SPA)の関係について
バーティカル・マーチャンダイジングとSPAとは同一目的であるにもかかわらず、なぜSPAではなくバーティカル・マーチャンダイジングを優先すべきであるのか、以前、三上会長から直接ご指導いただいたにもかかわらず、より詳しく知りたいと思い、勝手ながら質問した。
渥美先生によると、SPAは製造業のオペレーションをコントロールするのが非常に難しく、設備投資に要した費用を回収しなければならないために、柔軟な経営ができないとのことであった。(私の推測ではあるが、おそらくサンクコスト効果やコンコルドの誤謬のことをおっしゃっていたものと思われる。)
この点については異論がないが、セミナーではニトリが人時生産性や営業収益営業利益率等では群を抜いているとも学習したので、今後もその動きについてはつぶさに見ていきたいと考える。
5.2-24経営危機の原因について
桜井先生の講義では、経営危機について政治のせいにするのは筋違いであるとのことであった。しかし、アメリカでもウォルマートを筆頭に小売業であろうと政治献金をするのは当たり前であり、全米ライフル協会(NRA)のように、銃による悲劇が繰り返されようと極力銃規制を政治家にさせないための圧力団体が有効に機能していることからも、もっと政治に圧力をかけるべきではないかと考えた。また、アメリカでは低所得者層に対する食料補助の制度としてフードスタンプという制度があるが、これも食品メーカーや小売業のロビイングが影響していると言われている。(この点については堤未果著「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波書店)に詳しい。)実際、ワシントンで活動しているロビイストは1万人を下らないとも言われている。
渥美先生もこの点については、日本チェーンストア協会はその目的のために設立されたものの、現在では経産省の天下り官僚を受け入れており、本来の機能を果たしていない、政治家を永田町に送り込むとまでは言わないが、もっと圧力はかけるべきであるとおっしゃっていた。
この点について私は、強力な圧力団体に加えて、場合によっては、政治家も永田町に送り込むべきであると考えている。アメリカにおいては、ホワイトハウスと企業を行ったり来たりするいわゆる「回転ドア」は普通である(最近公開された映画「バイス」の主人公、ディック・チェイニーの経歴を見ていただけるとお分かりいただけるはずである。)。日本においても、桜井先生が敵視されていたパナソニックでも、その労働組合を支持母体とする国会議員は必ず存在するし、看護師を支持母体とする政治家等、各業界団体が永田町ではしのぎを削っているのも事実である。かつて政治の威力を行政職という立場から間近で見ていた私としては、この点については検討の余地があると考えている。
6.3-7オープンエア型のショッピングセンター(SC)と地方消滅危機
桜井先生の講義では、現在の日本ではSCは2,000ほどしかなく、今後はサバブのNSCやCSCが主力になるとおっしゃっていた。この点については、数年前に日本創生会議の増田寛也氏が提唱して話題になった「地方消滅危機」の統計から推測すると、非常に難しいのではないかと考えた。「地方消滅危機」とは、現在およそ1,700ある地方公共団体としての市町村のうち、2040年には人口減少に伴い、896が消滅する可能性に晒されているという考えである。(この点については、増田寛也著「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」(中公新書)に詳しい。)
これに対して渥美先生は、サバブとは新しく開発された住宅地のことであり、現在でも市町村よりさらに細かく見れば、人口が増加している地域もあり、他の立地から集客力を奪えるとご指導いただいた。たしかにイオンモールのように集客力のあるSCは存在するので、現段階では異論がない。
しかしながら、現在の若者のクルマ離れは周知の事実であり、自動運転の発達でもない限りはサバブが今後発展するとは考えづらい。また、仮に自動運転が発達したとしても、クルマ離れの要因の一つに若者の貧困が挙げられる現代において、おいそれとは自動運転車も利用されないのではないかと考えたが、この点については伺っていない。
7.最後に
今回、ペガサス中堅育成セミナーに参加させていただくにあたって、事前準備をしてくださった皆様に感謝申し上げる。また、自分の解答時間の一部を犠牲にして試験問題を暗記してくださった先輩方、切磋琢磨してきたセミナーの同期、適度なプレッシャーをかけてくださった職場の上司や先輩方にも感謝申し上げる。記憶力に決定的な問題を抱える私がここまで何とか耐えてこられたのは皆様のおかげである。
本セミナーには、社費により職務としてわざわざ小田原市まで行かせていただいた。セミナーの期間は他社の方と話をする機会も多々あり、非常に勉強になった。他社においてはセミナーに自費で参加せざるをえない方や、有休を取得して参加されている方もいらっしゃった。わが社の待遇は別格であったと思う。もっとも今回のセミナーで学んだことも所詮は3日間だけのことであり、その受講の目的は今後の自己育成にあると考えている。桜井先生もおっしゃっていたが、読書はそのために非常に有効な手段であると思うので、今まで通り、あるいは今まで以上に読書に励んでまいりたいと思う。
「選択の科学」書評のスピンオフ記事だったので面白くも何ともなかったと思いますが、最後までご清覧くださいましてありがとうございました。
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