恋愛を超えた愛の物語
あたしはあんたと、どんな物語をつくってきたんかな。出会いから別れまでたくさんのことがあって、泣いて笑って怒っての繰り返しだった。一番愛しているあんたに、気づいたらやっぱり一番泣かされてる。他の男にもさんざん泣かされたけどさ、やっぱり一番あんたに泣かされたよ。だけど、愛してるんだ。これはとっても不思議なこと。
あんたは老いて、あたしは介護するような人になった。どうしてここまで関わっちゃったんだろう。血も繋がってないのに、最初はあんたにおもりをされて、いつしかあたしがあんたを追い越していて、今ではあんたのボケがよくわかる。ボケをフォローするのもあたしの役回りだってわかってるんだ。
愛しているって気持ちはね、若いときみたいにぼわって爆発的な感情じゃない。酸いも甘いも味わっていろんなことを乗り越えた先にあるもっとやさしい感情だよ。あたしはつい最近、この世で一番あたしがあんたの理解者なんじゃないかって思った。昔はあんたのことを、この世で唯一あたしの理解者だと思っていた。ついにそれも変わってしまったね。
あたしたちは死を見てる。あんたはもう身体がボロボロ。言わなくったってわかるんだ。あんたは死に向かってる。あたしはそれを観察してる。どんなに嘘ついたってだめ。あんたはあたしを置いていく。あたしより先に死ぬんだ。あたしはそれが怖い。考えたくない。考えたくないけど、考えなきゃいけない。あんたのいない世界は何度だってシミレーションしてきた。それでも怖い。これだけ尽くしたって、親よりも尽くしたって、満足もあるんだけれど、それでも怖い。あんたとの関係に共通の知り合いもいないし、あたしは取り残されて、どうやってあんたの死を悼めばいいの。とてもとてもひとりぼっちだよ。きっと何日もぼーっとして、泣きくれて、寝込んで、それからどうなるのかな。あたしとあんたの関係を、あたしは誰にも話すことができないよ。今だって誰にも理解できない関係なんだから。あとを追って自殺しても、あんたはきっといつもの手練手管でせき止める。安易にオレの世界にずけずけ来んなよって、きっと今みたいに拒絶する。だからあたしは死ねないんだ。
あんたはあたしの運命の人。旦那よりも愛してる。あんたよりかっこよくてボケてない若い男もたくさんまわりにいるけれど、あたしはあんたを一番愛してる。そういう人に出会えたあたしの人生は、とても祝福されてる。人は愛されてなんぼって若いころのあたしは思ってた。あんたを愛して、愛するほうがよほど幸せなんだってことを、じんじん、じんじん、身を焦がされるようにわかったよ。
あたしはまだ、あんたにありがとうって言ってない。ありがとうって言ったら本当にお別れが来てしまいそうで、永遠にお別れになってしまうのが怖くって、言えない。あたしがあんたにしてあげられることは、もう、きちんとありがとうって言うことだけ。そして、寂しい気持ちを抱えて生きていくことを選んでいくことだけ。そのほうがあんただって嬉しいんだ。あたしと会い続けることよりも、あたしの顔を見ることよりも、あたしがありがとうといって去っていくことの方があんたは絶対にうれしい、何倍も、何倍も。
生まれたときあんたに巡りあうことを知らなかった。東京にきたときあんたに巡りあうことを知らなかった。巡りあったほうがよかったのか、巡りあわないほうがよかったのか、そんなことはもうわからないよ。会わない人生を送れていたら、どんなに楽だったかな。考えることもあるけれど、時間は戻ることはできないから、遺された時間で、あたしはちゃんと、さよならって言うんだ。ぐちゃぐちゃに泣いて、寂しいってすがりついて、笑って、握手して、最後にいっぺん抱きついて、ありがとうって言って去る。あんたが後から、寂しいってことを誰にも言えないくらい気に病んで、ぽっかり筒になって、ふとしたときにあたしのことばかり思い出して、あんたから会いたいと思ってももう叶わなくて、あんたが狂い死ぬくらいに、最期に、そんな寂しさを味わわせてやりたい。
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