2人と1匹になったよ
能登島に引っ越してきた日、散歩中に出会った猫。
すごく人懐こくて、高い声で「みゃあ」と鳴いて擦り寄ってくる。
ほっぺに小さいキズがあって、片目が潰れてるから、勝手に「まさむね」と名付けた。
まさむねは、どこまでもついてくる。玄関のわずかな隙間をすり抜けて、家の中に入った。うれしそうに振り返る顔を見ると追い出せなくて、少しだけ家の中で一緒に過ごした。
ひとしきり探検して、クッションの上ですやすや寝始めた。私に顎の下を、彼に頭を撫でられながら、「ここが、ぼくのおうちか」とでも言わんばかりの安心しきった顔で。
中途半端に世話を焼くと、この子が外で生きていけなくなっちゃう。
だから、もう一度散歩にでかけることにした。まさむねはうれしそうについてきて、途中でお友達と出会ってじゃれ始めた。それを見届けて、今度はふたりだけで家に帰った。裏切るような気持ちになった。
我が家を覚えたまさむねは、それから毎日のように遊びに来た。みゃあみゃあ鳴いて、撫でられると満足気にゴロゴロいう。じゃらすと勢いよく駆け出して対象物を見失う。無謀なジャンプで溝に落っこちる。ちょっと間抜けで、そんなところも可愛くて。
「うちで飼ってあげたい、でも簡単には決められないし…」
悩んでるうちに、パタリと姿を見せなくなった。
ひとりぼっちで死んじゃってたらどうしよう。
寒くて、お腹もぺこぺこで、寂しくて。いやだ、悲しすぎる。
私はあの子に、あったかい部屋で、ふわふわの身体をなでてもらって、愛されまくる一生を送ってほしい。
悩んでる暇なんてなかった、すぐに飼ったらよかったんだ、
考えれば考えるほど悲しくて、泣けてくるから、
「きっと誰かに拾われて、あたたかい部屋でぬくぬく幸せに過ごしているはず」
そう自分に言い聞かせるけど、毎日まさむねの姿を探してしまう。
5日が過ぎた頃、散歩してたら、ふらっと姿を表した。
ほっぺのキズが化膿して広がって、心なしか元気がなかった。
それでも私たちの姿を見つけると擦り寄ってきて、うれしそうにゴロゴロ鳴いた。
家に帰って、ふたりで話し合った。
まさむねを何とかしてあげたい。そんなの人間のエゴかもしれんけど、でも……
彼の言い分。
「自分たちの生活だって、やっとかっとなんに…」
「この島にはまさむね以外にもたくさんノラはおるやん。みんな同じように助けてあげることはできんやろ」
「今までノラとしてこの島で自由に生きてきたんやし。まさむねにとって何が幸せかなんて、俺らが決めることじゃないやん」
私の言い分。
「家の中におる方が幸せそうな顔しとった、ぜったい!」
「すべての猫を助けてあげることはできんけど、でも私らはもうあの子のこと知ってしまったやん」
「世界中の人を救えんくても、目の前の友達くらい助けてあげたいって思うやろ?それと一緒やん」
「あのまま外におったら、死んでしまうかもしれん」
飼うほうが無責任なのか、このまま見捨てて良いのか。
まさむねはどうしたい?言葉が喋れたらいいのにねぇ
猫を飼うのにいくらかかるのか計算して、今のじぶんたちのお金を計算して、そうは言ってもコロナで今後の収入が全く読めないし、話し合いは平行線のまま。
そんな矢先、彼が大事にしてた車をガードレールにぶつけた。右後ろの扉に大きなキズができて、タイヤはえぐれた。
いつもだったら笑えたけど、今日は笑えない。私たちにとって、とどめだった。「ここに来てから、良いことない…」とうなだれる彼。
彼の言う通り、ここ最近は散々で。コロナの影響で私の仕事は激減、彼もバイトが見つからない。今後の見通しは立たないし、ご近所さんとだって交流できないし、移住して楽しみにしてたこと何一つできない。おまけに私の車はエンジンが壊れて、「改造車か?」ってぐらい異常な音と振動が起きる。
私と猫は、彼に寄り添った。じぶんと彼を落ち着けるために、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と口に出す。猫はグルグルと喉を鳴らす。励ましとかじゃなくて、ただみんなでくっついてるのがうれしかっただけだろうけど。
しばらく時間が経って、彼が言った。
「ひとりじゃないから、大丈夫。がんばるか」
「しおりもおるし、おばかな猫もおるし」
この日、まさむねが家族になった。
一緒に暮らし始めて2週間。病院で診てもらって、ほっぺのキズは良くなってきた。私の財布には「坂田まさむねちゃん」って書かれた診察券が仲間入り。
まさむねは光の速さで野生を捨てた。テレビ観てたらお腹の上に陣取ってゴロゴロいうし、毎日私と彼の間にもぐりこんで眠る。まさむねが日向ぼっこしてるのを見つけると、私と彼はかわりばんこにお腹に顔をうずめて匂いをかぐ。
小さくてあたたかくてふわふわで、たまらなく愛おしいちいさな命。この子がずっと幸せでいられるように…って意気込んでたけど、この子自身が幸せのかたまりみたい。
先は読めない。たぶんこの状況は長く続く。
2人と1匹だから、きっとだいじょうぶ。