翔ぶ女たち 〜虎に翼が生えてもいいし生えなくてもいい〜
ハロー!志織です。
今回取り上げるのは、
ぜったいに感想を書きたかった、「翔ぶ女たち」という本です。
著者は、上智大学外国語学部教授の小川公代先生です。
ロマン主義文学や医学史を専門にされてらっしゃり、これまでもさまざまな著書を出版されています。
Xでタイムラインを眺めていたら、たまたま小川先生の「翔ぶ女たち」の書影や解説が流れてきて、「なんだか気になるな…」と思い、購入しました。
この本は、今話題の「虎に翼」と同時代に生きた女性である野上弥生子を中心に論じたものなのですが、ドラマ「逃げるは恥だが役にたつ」や、辻村深月の「傲慢と善良」、ガンダムシリーズの「水星と魔女」、テイラースウィフトの「ザ・グレート・ウォー」、宮崎駿の「君たちはどう生きるか」など、現代のさまざまな作品も取り上げながら、生きづらさを抱える女性たちの抵抗の物語を掬い取っています。
実は私は、この著書を読むまで、野上弥生子という存在を知りませんでした。
野上弥生子は、日本で最初に、ジェーン・オースティン作品の翻案小説「真知子」を書いた人であり、それ以外にも「海神丸」「迷路」「秀吉と利休」「森」などを発表しているそうです。
弥生子は、野上豊一郎という男性と結婚するのですが、彼女は彼を通して夏目漱石と出会い、夫婦は共に翻案小説を生み出していきます。(豊一郎は「高慢と偏見」の上巻を翻訳している)
私が何故この本をここまで紹介したかったかというと、「リーン・イン・フェミニズム」という言葉をこの本で初めて知り、それによって心が解放され、「能力主義」から許され、心底、癒されたような思いになったからです。
リーン・インはもちろん知っていたけれど、それを批判する動きや考えがあったことを知りませんでした。
調べてみると、「リーン・イン」を真っ向から否定した「リーン・アウト」という考えが表に出たのは2016年のことで、サンドバーグが日本で著書を出版した、3年後のことでした。
すぐに「能力主義」を助長するような考えに対して違和感を覚え、それを言語化していた人がいたのですね。
そもそも、「リーン・イン」を知らない人のために簡単に解説をすると、「リーン・イン」とは、メタ(旧Facebook)のCOOとして名を馳せたシェリル・サンドバーグの著書で、まさに私が新卒で働き始めた10年前ごろに、日本でも出版がされたものです。
フェミニズムの考えが少しずつ日本の一般社会でも語られ始めたタイミングで、当時この本は働く女性たちのバイブルになりました。
「働く女性は、キャリア構築に対してもっと前のめりになるべきだ」というメッセージが、圧倒的な支持を獲得したのです。
もちろん意識高い系だった私も、転職して2社目の会社で男性の社長にすすめられ、購入しました。(男性がすすめてくるところがポイントです。お前も男性的な競争原理の中で一緒に生産をあげろよ!!という無言の抑圧です。)
ただ、告白すると、全然読めなかった。
だって、ハーバード大学を出て、マッキンゼーやグーグルを経てFacebookのCOOになって、(ヤフー社の)重役の夫と子どもを持ち、キャリアも女性としての幸せもすべて獲得している、スーパーウーマンです。
もう何もかもが違いすぎて、参考になるとかならないとかじゃない。
フィクション小説、漫画を読んでいる感じです。
今なら昔よりは少しだけ、「言葉」と「知識」を手にしているので分かるのですが、当時勤めていた会社の女性取締役はいわゆる「名誉男性」で、男性のようにバリバリ働かない女性や、知性が(ないように感じる)女性を、猛烈に批判したりするような人でした。
彼女は、「男性が食事も取らず寝る暇もなく働いている間に、主婦はランチをして愚痴ばっかり言ってるんでしょう?男性が可哀想。」とよく言っていて、当時の私は、なんとなく違和感を覚えながらも、「そうか…男性のように、会社で嫌な思いや苦しい思いをして働かずに生産をしていない女性は、悪いことをしているんだな。」と、思い込んでしまっていました。
今では、その「男性社会」で成功している人の多くは、必ずその裏や下で「ケア」してくれている誰かがいることで成り立っている事実が分かってきましたが、その時の無知な私は、分からなかったのです。
この本では、さまざまな作品をピックアップして、女性の生きづらさとエンパワメントについて論じているので、ぜひご自身の興味のある作品・テーマから読んでいかれるとよいと思うのですが、私はやはり、「リーン・イン・フェミニズム」を生きなくてもいい。というメッセージを受け取れたことが大きいです。
アルファタイプにならなくてもいいし、もっと言うと、ベータタイプにもならなくていいと思えた。
社会が決めたラベリングや型に、自分を合わせなくていいんだと思えた。
「翔ぶ女たち」の中で、メディア研究者でフェミニストのアンジェラ・マクロビーの著者からの引用があるのですが、
レジリエンス訓練型(ストレスやトラウマなどの困難を強靭さで跳ね返し、物事に対して前向きになろうとする力。)の、「もっと強く、独立して、よりレジリエンスを高められるようにしよう。」というようなリーン・イン・フェミニズムは、結局、競争の価値を教え込み、自己責任化を促進する道具になってしまう可能性を孕んでいると、警鐘を鳴らしています。
私はこれを読んで、「エッ、もっと強く独立して、逆境や困難を跳ね除けて、いつも前向きでいることがフェミニストとしても、現代に働く女としても、求められているものだと思ってた…。このままの私で毎日を生きていいの?」と、心底許されたような気持ちになりました。
先にも述べましたが、初めて「リーン・イン」を読んだ時、「すごいなぁ、こんな高学歴で、ハイキャリアで、家庭ももって、すべてを完璧にこなして、私には出来ない…。ただ、ここまでスーパーウーマンにはなれなくても、仕事なら男性以上に働いて結果を出していくことなら出来るかもしれないし、なんとかがんばって一生懸命仕事をしよう。と、弱い自分を押し殺しながら、必死に仕事をしてきました。
だけど、やっぱり、「無理」というものは続かないのです。
この「リーン・イン・フェミニズム」と対としているのが、「ケア・フェミニズム」で、ごく一部の恵まれた女性たちがスキルアップを求める新自由主義的なフェミニズムとは違い、あらゆる人の多様な価値が共存する共同体を理想とします。
これを読んだ私は、「すごい。こんな優しい考え方があるんだ。これこそが私が本当に求めていた、“やさしい世界”をクリエイトする大切な価値観・考えかもしれない」と直感しました。
この考えがもっと広まれば、女性たちだけでなく、あらゆる人の多様な価値が当たり前になり、対話が生まれ、戦争もなくなるのではと思いました。
「正しい」・「正しくない」の二項対立ではなく、答えのない問いに対して、時間をかけて、他者と共に最善の道を見つけ出そうとすることが、平和への一歩なのだと思います。
SNS社会に生きていると、どうしても分かりやすい「白黒」「二項対立」に私たちは流されてしまうけれど、そこに抗うことが大切なのだと思う。
私の中で、やはりそれを解決するのが読書です。
だって、この本に出会っていなければ、私はきっとまだ、「誰かの用意したルールとステージの上での成果だけが、自分の価値を決める」と思い込んだまま生きていったと思うから。
虎に翼とは、中国の法家・韓非子の言葉から取られています。
「強い力を持つ者にさらに強さが加わる」という意味を持ち、“トラコ”ことヒロインの寅子が、法律という翼を得て力強く羽ばたいていく姿、その強大な力にとまどい時には悩みながら、弱き人々のために自らの翼を正しく使えるよう、一歩ずつ成長していく様子をイメージしたそうです。
私は私のまま翔んで、私なりに、世界を少しでも優しいものにしていきたいです。
虎に翼が生えてもかっこいいし、生えなくてもかっこいい。虎じゃなくてうさぎに翼が生えてもかっこいいし、生えなくてもかっこいい。
自他の境界線と行ったり来たりしながら、誰も置いていかずに、翔べる存在でいたい。
そして、そう思わせてくれたこの本に、心からの感謝を送りたいです。
それでは、本日は、このあたりで。
また本を片手にお会いしましょう。
アデュー!