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西洋菓子店プティ・フール 〜やさしいだけの甘さにべたべたに溺れたくなる日だってある〜
ハロー!志織です。
今回取り上げるのは、大好きな小説家である千早茜さんの一番好きな作品、『西洋菓子店プティ・フール』です。
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皆さんは、甘いお菓子は好きですか?
わたしは、ふつうです。
いや!好きじゃないんかい!!!というツッコミが入りそうですが、私は基本的には、スパイス、香辛料などがたっぷり効いた辛いものが大好き。
クセのあるパクチーやシナモンもだーいすき。
食べた次の日にお腹を壊すぐらいパンチが効いていると、なお良し。(…)
独特な香りと個性的な味は、「既に知っている」ものだとしても、何度舌に乗せたって幸せになるし、うっとりしてしまいます。
そして、甘いものが好きな人はなおさら、甘くて綺麗で可愛いお菓子を口に含む度に、幸せが溢れるんじゃないのかなって想像するのですが、どうでしょうか?
さて、辛いものが大好きな私ですが、ある程度、大人としての時間を生きていくと、甘いものでしか満たせない幸福が存在することも知っています。
正しいか正しくないか、優秀か優秀でないか、役に立つか立たないか。
社会に出ると、ますます否応が無しに比較され、評価され、しまいには自分から競争しにいってしまう。
そんな日常を生きていると、ただただ、どこまでも甘くてやわらかくて、ほっとする気分にさせてくれるようなものが、時折、強烈に恋しくなる。
そんなときに、黙って寄り添ってくれるのが、甘いお菓子だと思うんです。
クリームが溶け出すふわふわの雲のようなシュークリーム、ドロっしたチョコレートが波のようにとろけて押し寄せてくるフォンダン・ショコラ、ギュギュッと旨みが詰まってしっとりと滑らかな肌のようなチーズケーキ、宝石みたいなきらきらのフルーツがたっぷりと飾られたタルト…。
甘いお菓子の包容力たるや、の一言に尽きます。
以下は、主人公のパティシエール・亜樹と、元同僚で後輩のパティシエ・澄孝とのやり取りです。
「もらってくれる?なんか巻き込んで申し訳ないけど。
私、じいちゃんのシュークリーム好きなの、ふわふわで優しくて」
受け取った俺の顔をまっすぐに見て「意外でしょ」と呟く。
「はい」
正直に答える。
「ほっとするものを選ぶことは悪いことなのかな、そういうときもあっていいんじゃないかなって最近は思うんだよね。そういうものを求めている人もいる。」
主人公の亜樹は、さまざまな理由をキッカケに最初の就職先のパティスリーを辞めて、自分のお菓子作りの師匠である「じいちゃん」の西洋菓子店『プティ・フール』で、共に働き始めます。
亜樹は非常に優秀なパティシエールで、複雑で繊細で濃厚な、それでいて美しい宝石のようなお菓子を作ります。でも、亜樹の恋人である祐介も、店に来て買えるだけのお菓子を全て買っていく美佐江も、みんな、じいちゃんのシュークリームを、ガサガサっと買っていく。
洋菓子屋の前を通りかかると、お爺さんがクッキーの袋を並べているのが見えた。
わたしが入っていくと手を止め、深々と頭を下げた。
「昨日はうちのもんが面倒をおかけしたようで、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ遅い時間にすみませんでした。あ、あの…」
言いよどむ。お爺さんは丸眼鏡の奥に笑い皺をつくったまま、黙って私の言葉を待っている。
「いただいたお菓子、すごく濃厚な味でした」
お爺さんはわはは、と豪快に笑った。
「しばらく食べたくなくなるくらいだったでしょう」
頷きかけて、「あっいいえ」と慌てて訂正する
「とても有能なお孫さんですね」
「いいんですよ。正直なご意見をありがとうございます。有能なんてとんでもない。
あいつはまだまだ未熟者ですから。できることを全部やろうとしてしまう」
「できることを?」
「引き算ってものをしらねえ。臆病なんですよ」
「臆病」
お爺さんが口を結んで頷いた。
「でも、逃げねえんです」
いつもと顔も口調も違った。あの女性とそっくりの強い眼差しをしていた。
うつむくと、皺だらけの節くれだった手が目に入り、ふいに罪悪感が込み上げる。
「臆病」
亜樹のことを、こんなに的確に言い表せるじいちゃんは、やはりこの人もまた、繊細で美しいお菓子をつくる職人なのであると、改めて考えさせられます。
僕はこのあか抜けない店が好きだ。
確かにお洒落でも今風でもないけれど、昭和の洋菓子店といった趣きでとても落ち着く。
仕事でボロボロに疲れた男が気負うことなく一人で入れる店だったのに。
なにより、お爺さんの作るシュークリームは絶品だ。
優しい黄色の皮に歯をたてると、生クリームがあふれでてくる。
吸い付いてクリームを飲む瞬間がたまらない。
甘い幸福がとろとろと身体に流れ込み、脳を満たしていく。
クリームと柔らかいシュー皮、単純な味に安心する。
「お子さまだな。だいたいお前の菓子は厳しいんだよ」
「厳しい」
突然の言葉に立ち尽くす。たわしが手のひらをちくちくと刺激している。
「これもできます、あれもできますって主張ばかりで寄り添っていない。
お前自身も一緒だよ。
怒るってのは突っぱねてるだけだ。甘くない菓子ってないだろ?
甘さっていうのはな、人を溶かすんだよ。
ほっと肩の力を抜けさせる。でも、ただ甘いだけなら馬鹿でもできる。
相手の感じ方を想像して、旨みを感じさせる甘さをださなきゃいけない。
お前、祐介にとってそういう女だったと言えるか?」
「私は……」
「私は、じゃない。お前に欠けているのは甘さだ」
頭が真っ白になって、それからじわりと痛みがにじんだ。
この『西洋菓子店プティ・フール』の文庫版が出たのは2019年なので、もう5年前ですか。しばらくぶりに読み返したけど、
じいちゃんの亜樹への言葉に、私自身が目の前で、その事実を突きつけられているようで、思わず、涙してしまった。
何故なら、私自身も、自分の出来ることを全部詰め込んで、完璧に見せなくちゃ、優しさや甘さは捨てなくちゃ、と思って生きてきたから。
そんなものを見せてしまったら、飴細工みたいに簡単にヒビが入って壊れて、自分には価値なんてなくなってしまうのではないかと、恐れていたから。
だけど、実際にはそんなことはないんですよね。
恐れて震えているのは、案外自分だけだったりもする。
それに、この物語に出てくる祐介や美佐江のように、実際には、厳しくてつらい現実を生きてボロボロになっている人たちは、身体ごと受け止めてくれるような、甘くて優しくてふわふわの愛を渇望している。
そんな時に必要なのは、完璧で隙のない、完成された芸術品ではなくて、簡単で、単純で、ほっと肩の力が抜けるような、そんな優しさなんだと思う。
そして、常に完璧で最上級のものを目指していた私が心から欲しくてたまらなかったのは、それだったのだと気づくことが出来ました。
この小説では、シュークリームのほかにも、みんなが大好きな甘いお菓子やそれに合う香り高いお茶もたくさん出てきて、読んでいるだけでお腹が空いてきます。
ピーチ・メルバ飲みたい。
ピーチ・メルバって、名前の響きだけでも可愛くないですか?
また、登場人物の心理描写もお菓子の特徴になぞらえられたり、主人公の亜樹がお客さまに似合うお菓子を選んでいたり(それがまた素敵なのよ…)、兎にも角にも物語がこれでもかと言うくらいにお菓子で埋め尽くされていて、脳内がバターや生クリーム、チョコレートなんかの甘さで支配されていくのを感じます。
うう、シュークリームが食べたくなってきた。
『西洋菓子店プティ・フール』は、
・甘いものが大好きなあなた
・スパイシーな現実に疲れてしまったあなた
・あまくてやさしい自分になりたいあなた
そんな人の心を、甘く優しく満たす小説だと思います。
皆さん、一週間おつかれさまでした。
三連休もまだまだお仕事のあなたも、
三連休だけど、仕事による心身の疲れが抜けないあなたも、
『西洋菓子店プティ・フール』の甘くて優しくて、ほんの少しビターな物語を読んで、一緒に自分を解放してあげませんか?
それでは、本日は、このあたりで。
また本を片手にお会いしましょう。
アデュー!
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