見出し画像

弱さを見せられる世界に。



人にはいろんな役割がある。

母親役
先生役
部下役
子ども役
球児役
など・・・

その役割を演じているときには
そのときの顔があるのも理解できると思う。

母親の時には、母親としての立ち振る舞い。
先生の時には、先生として生徒と向き合う。
みたいな感じで。

その役割のおかげで
『自分』というものを認識できるし
コミュニティに属せるから、
この世界はうまくできてるって思う。

でもね、
この役割がときに自分自身を
追い込むこともあるのよね。

母親なのに。
部下だから。
子どものくせに。
ヨガの先生なのに。

みたいにさ。


その役割を演じることが最優先になっていて
わたしたち人間は「自分」であることを
忘れちゃうの。

本心ではそんなことしたくないのに
役割を完璧にこなすために
自分自身を犠牲にする。

きっと多くの人が
「あるある」って頷いてくれると思う。

もしくは、イマイチ分からなくても
無意識に疲れていると思う。


その役割を演じることに
喜びは伴っているはずなんです。

母親である喜び
先生としての達成感
球児としての真剣な青春

犠牲にしてるばっかじゃない。
役割から得るものもたくさんある。

でも、自分自身に役割がぶら下がってる
ってことを見失わないでほしい。

あなたはあなたで
それだけで価値がある。


役割がないと自分には何もないんじゃないか
って錯覚に陥るけど、そんなことない。

そのままで、ありのままで
充分なの。

取り繕う必要なんてないの。




役割に囚われて
『こんな自分じゃダメだ』って
26歳のわたしは頭の中に
この音を長い間響かせてた氣がする。

頼れなかった。
息苦しかった。
生きづらかった。

わたしと同じ境遇にある人がいないでほしいけど
そんな人がいるなら、、、そう思って

弱さも見せられない
そんな世界を変えたくて
わたしはヨガの先生になった。

そして、マインドのアプローチからも
いろんなことを学んだ。(今も)


人の心は表立って見えないけど
奥底に抱えているものがあるはずなんです。
ほとんどの人が。
(たまにまじで透き通ってる人もいるけど)

その抱えているものを悪とせず
ダメなことだと思わず
恥ずかしいとも思わず
安心して消化できる場所でありたい。


本当に強い人は
自分の弱さと向き合っている人。


なんか急にこんな文章が浮かんできたので
記しておきます。

きっかけや氣づきを贈れる
ヨガトレーナーでいたいって
改めて宣言します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?