【SS】鏡の国の亜里沙(840文字)
物心がついたときから、私は鏡の国の住人だった。
私は亜里沙の写し鏡。
現実世界の亜里沙が笑えばそれに合わせて笑い、怒っていれば顔を顰めてみせた。彼女の姿を映すこと。これが私の生まれた意味だ。
幼い時から彼女を見守ってきたからか、私は彼女が愛おしくて仕方がない。笑顔が可愛い亜里沙。彼女が笑えば私も嬉しい。
でも、中学校に入った頃から亜里沙はあまり笑わなくなった。朝学校に行く前に、亜里沙は鏡の前でため息をつく。私も慌ててため息をつく。
「綺麗になりたいな......」
亜里沙がボソリと呟いた。そうか、年頃の女の子だもの。好きな男の子でもいるのかもしれない。
玄関に向かう亜里沙の背中を見つめながら考えた。どうしたら彼女は笑ってくれるのだろう。
***
数週間後のある朝。
奥の部屋から亜里沙の弾んだ声が聞こえてくる。
「ママ、今日友達が遊びにくるんだけどお菓子ない?」
「あら、亜里沙が友達連れてくるの初めてじゃない? 戸棚に沢山あるから好きなの持っていっていいわよ」
「やったあ! ありがとう!」
パタパタと鏡の前へと駆けてきた亜里沙が私を見つめる。
「ふふ、今日も可愛い」
***
日も沈みかけた頃、亜里沙がふたりの友人を連れて部屋に入ってきた。
「お菓子沢山あるから食べて〜!」
「わあ、ありがとう。でもこんなに食べたら太っちゃうよ〜」
友人たちは顔を見合わせ、困ったように少し眉を下げる。
「ちょっとくらいじゃ変わんないよ。私は最近食べても全然太らないの」
亜里沙が無邪気に笑う。
「……亜里沙ほっそいもんね」
友人たちも、くすくす笑う。
***
友人たちを見送った亜里沙は私の前にやってくる。最近は鏡の前に来てくれる回数が増えた。
「はぁ、楽しかった!」
亜里沙が顎の下の贅肉を揺らして笑う。
顔全体に広がるニキビをテラテラと光らせながら笑う。
亜里沙の目に映る私には贅肉もニキビもない。
現実世界の美の基準に合わせた姿を見せてあげると、彼女はとっても幸せそうだ。
亜里沙があんまり綺麗に笑うものだから、嬉しくなって私も笑った。
(840文字)
こちらの企画に参加させていただきました^^
テーマは「かがみ」
応募期間は6月30日(木)24時まで!
皆さまの作品も楽しみです~~♪