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【SS】1キロ圏内のあなたへ。(1055文字)

会える子には会える。
会えない子には会えない。

彼女は会えるひとだった。
5秒で右スワイプして10分で約束して15分後に会うことになった。

ひとつ年上の彼女(Aと名のっていた)は顔写真の代わりに、海を見つめて立つ後ろ姿の写真を載せていた。

「姿勢良く立つ姿と文学好きなところに惹かれた」というのは彼女に送った一通目のメッセージの内容だけど、実際はそのスタイルの良さに惹かれただけだ。

(これなら仮に不細工でもいけるな)

ひとを人とも思わない失礼なことも考えたけれど、世の健全な男子なんてこんなもんだろう。

✴✴✴

朝6時、彼女のスマホのアラームが鳴った。

「ううう仕事だあ……この時間バスあるかな?」
「えーちゃん何時に帰らなきゃなの」
「今日は在宅だから9時くらい」
「じゃあまだ寝れる」

半身を起こした彼女を無理やりベッドに引き戻す。

「すべすべだ……一生触ってたい」
「変態」

呆れを隠さない、それでいてどこか温かみのある彼女の声が耳に心地よい。

(母さんみたいだな)

そう思ったけど口には出さない。
マザコンと思われるのがオチだ。

昨晩は、酒をたらふく飲んだ。
なにかこれまでの子とは違う大事な会話をした気がするけど――アルコールが残るぼやけた頭で思い出せることはほとんど無かった。

彼女はもう30分だけ俺の微睡まどろみに付き合ってくれたあと、テキパキと脱ぎ散らかされた服を集め始めた。
そしてもう、昼の顔をして玄関口に向かっている。

「楽しかった! またね。じゃなくて、じゃあね」

えて言い直された言葉を聞いて後悔したときにはもう遅かった。
今になって、昨晩交わした会話の断片が少しだけ思い出される。

「村上春樹の小説の主人公ってなんであんなに魅力的なのかな」
「軽率に女の子を抱くからじゃない」
「……そうかもね」

あれはOKの合図なのだと思っていた。
あるいは違ったのかもしれない。

彼女が出て行ったあと、待ち合わせ用に交換していたLINEにお礼のメッセージを送ったけれど、返信は来なかった。

やっと分かった気がする。
若さを謳歌するって多分、こういうことじゃなかったんだろう。

✴✴✴

1キロ圏内のあなたへ。
もし偶然出会えたならば、もう一度だけチャンスをもらえませんか。

格好つけて言った答えは結局、俺の格好悪さを露呈させただけでした。
それはあなたの期待するものではなかったんだと思います。

でも、本当はもう少しだけ、ちゃんと考えていたことがありました。
それをあなたと語り合いたいです。

もう既読になることはないであろうメッセージに祈りを込めて、送信ボタンを押した。

サイドストーリー『【SS】道化の退場(1807文字)』もよければご覧くださいませ。

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枝折(しおり)
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