生も死も抗議も踊りも、すべてはテンポ120のうちに/『BPM ビート・パー・ミニット』感想

原題が『120 BATTEMENTS PAR MINUTE』なので、おそらく映画の印象的な場面で使われている曲はテンポ120なのだと思う(違うかな?)
そこだけ際立って、というわけではないが、やはりラストシーンは印象的だった。
恋人が死んですぐにほかの男とセックスする、仲間が死んだ感傷もそこそこに過激な抗議活動に身を投じる、文字にすると非情さが際立ち、実際に映像で見てもその切り替えの早さに驚いてしまう行為だけれど、その行為に付随する葛藤をわざわざ描かなくても、しかしそうしなければ生きていくことが出来ない、むしろそれらを行うことでやっと生きていけるのだという、そのことは積み重ねられた二時間のなかで十分に伝えられているからわかる。

スーツを着たしっかりした大人たちの豪華なパーティーの食事に死んだ仲間の遺灰をぶちまける彼らの姿はいつか踊ったフロアで浴びていたのとおなじフラッシュライトに照らされている、かけがえのない仲間の死はしかしこれまで何度も経験したものそしてこれからも経験していくもののひとつにすぎない、そして過去と同じライトに照らされた彼らが投げつけた数あるうちのひとつでしかない遺灰は、未来の自分のものでもあるのだ。


このラストシーンで混然となっているのは過去と現在と未来であり、生きることと死ぬことと愛することとセックスすることと踊ることと抗議することである。どんな思いもどんな行為もそれらはすべてひとつのテンポに集約される。否応なく、不可抗力で。それがすなわち人生なのである。

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