一つのお別れがあって、そして
今日、祖父を見送った。92歳だった。
最後に一緒に食事をしたのは、一昨年の秋だったらしい。信じられないぐらいの速さで時が過ぎてしまった。久しぶりに目にした祖父の顔は、とても小さかった。それでも、私の名前を呼ぶ祖父の大きな声は、耳元で聞こえるかのようにありありと思い出せた。
美しい柩の中、色とりどりの花に彩られて横たわる祖父の姿には生の名残があって、そのことは私を少しだけ安心させた。もう何も話すことができなくても、祖父はまだここにいる、と思えた。
だから、火葬炉の扉が開いた瞬間、怖くてたまらなくなった。ごうんごうんと大きな音を立てる、あの狭くて熱そうな場所にたった一人で入る祖父のことを思うと、胸がつぶれる思いがした。
お骨になってはじめて、ああ、おじいちゃんは亡くなってしまったんだな、と思った。銀色の台に並べられた祖父のお骨を目にすると、不思議な気持ちにおそわれた。さっきまでここにいたのは「祖父」だったけれど、今、眼前にあるのは「祖父のお骨」に他ならない、と感じた。わかつのは、顔の有無なのだろうか。個性はもう実体からそぎ落とされ、記憶のみに宿っている。
お骨を拾う祖母の背中はとても小さく、その悲しみは計り知れない。もしも、これが自分の夫を見送る日だったとしたら、私は立っていられる自信がない。50年経ったらどうだろうか。やっぱり、想像もできない。でもいつか、別れは来てしまう。私たち二人の終わりがどうなるのかはまだわからないけれど、もし私が最愛の人を見送る未来があるのなら、祖母のようにしっかりとその務めを果たしたいと思った。夫の望みどおり、そのお骨の一部を、宇宙へ。
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中野翠さんの『コラムニストになりたかった』を読み終えた。今年で77歳になる中野さんは、同じ時代を生き、すでに亡くなってしまったお知り合いの方々のことを、本の中で書いている。人生100年時代と言うが、50代、60代など随分早く亡くなられている方が多いなと感じた。本当に終わりのことはわからない。祖父のように90代まで、夫婦2人で生きたいものだと思う。
祖父のイメージは「読書家」だった。子どもの頃の私は小説にしか興味がなくて、「難しそうな本だな……」ぐらいにしか思っていなかったが、今改めて祖父の本棚を眺めると、膨大な量の歴史書、美術書に心が躍る。祖父の関心が遺伝子レベルで受け継がれているのかもしれない。
今以上に勉強しようと奮起する気持ちと、この勉強に意味があるのか?と疑う気持ちの狭間で揺れていた最近の私。今は、祖父に背中を押されたような心持ちになっている。関心が赴くままに勉強すればいいでしょう、と。それは、バトンを受け取って駆け出す走者にも似ている。祖父は、もういない。もういないけれど、その知が、知への思いが、確かに脈々とつながっていく。
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