人魚姫との恋1話
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賑やかな都会を離れて
とにかくひとりになりたかった。
仕事に追われ忙しくて
のんびりする時間もなかった。
不意に海が見たいと思って車を
走らせた。
久々に訪れた湘南の海。
波の音が静かで心が癒やされる。
僕の名前は早見 律。
東京でMelodyと言う
ボーイズグループのボーカルを
している。
新しいアルバムの詞を
書かなくてはいけないのに全く
頭に入ってこない。
仲間やマネージャーにも急かされて僕は行き場の無い想いにやる気を無くして
ここまで来た。
昔から海が好きで何かあると僕は海に来ていた。
さっきからスマホのバイブが鳴り通しだけど無視して電源を切った。
今頃みんな慌ててるだろうな。
デビューしてから忙しくて
ゆっくり休養することもなかった。
小さい頃から海が好きで何かスランプになったときは
必ずこの海に来ていた。
砂浜に座ってコンビニで買ったカフェ・オ・レを飲んでいたとき、波打ち際で
はしゃいでいるひとりの
少女が目に入った。
スレンダーでマリンブルーのTシャツにジーンズのショートパンツ、色白の少女は長い髪をなびかせて波と戯れていた。
僕は何故かその少女が気になって、しばらく少女を見ていた。
まるで妖精のように軽やかにはしゃぐ少女に僕は見とれていた。
少女は今度は砂浜を歩きながら何かを拾っては太陽に透かして見ていた。
何だろう?
気になって僕は少女の傍に近寄って声をかけた。
「こんにちは」
少女はびっくりした顔をしたがすぐに「こんにちは」と笑いかえしてくれた。
まつ毛の長い大きな瞳、笑うとえくぼが出て可愛い。
「さっきから何拾ってるの?」
僕は少女に聞いた。
少女は手を開いて小さな色の付いた
ガラスの欠片を見せてくれた。
「シーグラスって言うの。波でガラスが削られてこんな風になるのよ」
透明や緑、薄紫等のガラスの破片が手の中で太陽の光を浴びてキラキラ輝いて
見えた。
「へー初めて見たよ、一緒に探していい?」
僕は少女に聞いた。
すると少女は「はい探しましょ」と
笑ってシーグラス探しを一緒にした。
しばらくするとたくさんのシーグラスが見つかり少女はショルダーバッグからポリ袋を取り出してシーグラスを入れた。
「たくさんあるもんだね」
「うん、きれいでしょ?」
「楽しかった、こんな時間久しぶりだったから」
僕は遠くを見つめて呟いた。
少女はそんな僕を見つめて言った。
「海好きなの?」
僕は少女を見つめて言った。
「うん、大好きなんだけど最近忙しくて海を見るなんてなかったの。でもちょっとスランプで久しぶりに海を見たいって車を走らせてきた。」
少女は僕の話を顔を覗き込むようにして聞いていた。
「何処から来たの?」
少女が聞くので僕は「東京からなんだ、君は?」僕は思い切って聞いてみた。「私も東京からです、海が見たくて電車に乗ってきたの、あっ私花村朱里です。18歳です」少女は自己紹介をしてくれたので僕も名前を告げた。
「僕は早見律19歳です。学生?」少女に聞くとシーグラスの袋を見ながら言った。「はい大学一年です。」キラキラの笑顔でそう答えた。
「そう?東京からわざわざ電車で来るなんてよほど海が好きなんだね?」
僕は少女に聞いた。
すると「はい、海大好きなの、私小さい頃から人魚に憧れて人魚になりたい、海を自由に泳いで暮らしたいって思ってたの」とキラキラ輝く瞳でそう言うので
僕は可愛いなと思いながらクスッと
笑った。
「ふふっ可笑しいですよね。人魚になりたいなんて」
少女ははにかみながらそう言った。
「誰だっけ人魚が人間になって海を守るために科学者になってってドラマ見たことあるよ?」僕は薄い記憶の中の話をした。
すると少女が「石原さとみさんのドラマです」と嬉しそうに言った。
「そうだよそれ、最後は人魚から人間に戻るんだよね?」と聞くと少女は瞳を輝かせて「そうです、あのドラマ大好きでした」
僕は少女の話が楽しくてそれからしばらくふたりで話をした。
すると「帰らなきゃ」と少女が
立ち上がった。
僕はすかさず少女に聞いた。
「僕も東京に帰るんだけど車で来てるからよかったら送るよ?隣が嫌なら後ろに乗ればいいし」そう言うと少女は少し考えて「ご迷惑じゃ無いですか?」と聞いた。
「構わないよ?嫌じゃない?」と僕は聞いてみた。
少女は僕を見て「海を好きな人に悪い人はいないから」と言った。
僕は少女を車に乗せて帰路に向かった。
途中コンビニで飲み物を二人分買って少女に渡した。
「お金払います」少女はバッグから財布を出そうとした。「いいよ可愛い人魚姫さんにプレゼント」僕はそう言った。
少女は「ありがとうございます」と
笑った。
僕は何故かこのまま会えなくなるのが寂しくて少女に聞いた。
「迷惑でなければ連絡先交換しない?LINEとか出来たら」と聞いてみた。
少女は「はい大丈夫です」とスマホを取り出した。
僕達はお互いの連絡先を交換した。
少女はポリ袋を出して拾ったシーグラスを少し分けて入れて僕にくれた。
「これどうぞ一緒に探したし、記念に」とシーグラスの入った袋をくれた。
「ありがとう」と少女にお礼を言うと、少女は嬉しそうに笑い、シーグラスの手入れの仕方を教えてくれた。東京までの道のり僕達はいろんな話をしたが僕は何故か自分が歌をやってる事は言えなかった。
嫌がられたらと思ったからその時は言えなかったのだ。少女の家は代官山の静かな住宅街にあって結構立派な家だった。
「ありがとうございました。送っていただいて」
「僕こそ君のおかげで楽しかったよ。また海行こうね」僕は少女に言った。
「はい、ぜひ連れて行ってください」と笑った。
「LINEするね」と言うと
「はい私もします」と少女は微笑んで手を振ってくれた。
宿舎へ帰る道中、僕は数時間前までの沈んだ気持ちが晴れていることに思わず笑った。あの少女朱里のおかげでほんの少し気持ちが癒やされたから。
宿舎に帰ると仲間やマネージャーが
待ち構えていて
電話をしても取らないだの
連絡くらいしろだのうるさく
まくしたてられて僕は大声で叫んだ。
「悪かったよ、やる気なくして海見に行ってたんだ連絡しなかったのは申し訳なかった」と頭を下げた。
あまりに素直な態度にみんなあっけに取られていた。
僕は朱里からもらったシーグラスを
教えてもらったように洗って
小さな瓶に入れた。
「楽しかったなぁ海、朱里との時間」
僕はスマホを手に取ると
LINEの着信音が鳴った。
朱里からだった。
「送っていただいてありがとうございました。海楽しかったです。律さんとの時間が楽しくてまた海行きたいです。楽しい時間をありがとう。」と書かれてあった。僕は嬉しくてすぐに返事を書いた。
「僕こそありがとう。ちょっとスランプで久々に海に行ったら可愛い人魚姫さんに出会った。シーグラスは教えてもらったようにしました。飾ってます。また海行こうね。楽しみにしてる」と書いてシーグラスの小瓶の画像も送った。
朱里からは嬉しそうな様子が伝わるLINEが来た。
こんなふうに人と接して楽しいと思えたのは久しぶりだった。海で出会った朱里が僕の心に癒やしを与えてくれた。それからLINEのやり取りをしながら僕達は仲良くなった。
それからの僕は人が変わったように作詞に打ち込んだ。パソコン片手に湘南での朱里との写メを見ながらイメージを膨らませた。
マネージャーが僕に聞いた。
「海でいいことあったんだな?」と
言われて僕は「人魚姫に出会ったんだ」と言うとマネージャーはえっと
不思議そうに頭をかしげた。
ある日の夕食の時永遠が僕に聞いた。
「リツ、アルバムの作詞進んでんのか?」僕は自信たっぷりに言った。
「半分はできたよ」と言うとメンバーはびっくり顔で僕を見た。
直人が「この前お前居なくなって帰ってきてから俄然やる気出してねぇ?」と
不思議そうに聞いてきた。「ん、ちょっとな」僕は朱里の笑顔を想い出して窓の外の夜空を見上げていた。輝が僕の側に来て肩をポンと叩いて言った。
「海でいい事あったのかリツ」僕は輝を見て「ちょっとな」と言うと陸が「なんだよ言えよリツ」と僕にくっついてきた。
永遠が「さては女だな?図星だろ?」と自信たっぷりに言うので僕は「人魚姫に出逢ったんだ」と呟いた。
「人魚姫?」とみんなが一斉に言って笑いだした。
「笑ってろ!」僕はそう言い返してまた夜空を見上げた。珍しく空には星が輝いていた。