【終章】

気が付くと夕闇の竹林を歩いていた。どこへと続く道なのだろうか。
いつから持っていたのかわからないが、手には一房の藤と一輪の紫苑の花があった。
季節が交わる事のない二つの花。この花は私とあの人だろう。
狐と人が辿り着く道などあるはずも無いのに、あの人とならどんな道も歩んで行けると思った。
でも、誰も望んでいない道になってしまった。
あの人は私を庇った為に死んでしまった。
私は受け継いだ御神刀で人を斬った。
斬った者たちの子孫は百年余の恨みを抱えて生きる事になった。
仙狐になれないどころか妖狐になって、結局は私が仇討ちされた。
当然の報いではあるけれど、私は何を間違えたのだろうか。
妖狐になってから思索を巡らせていても、答えなど出なかった。
ふと、鐘の音がした気がする。聞こえにくい。往生際のダイナマイトで耳が潰れたままなのだろう。
鐘がもう一度鳴った。
道の奥にぼんやりと灯りが見える。その灯りは次第にこちらへ近付いてくる。
『誰そ彼時』『逢魔が時』とはよく言ったものだ。目の前に来るまでは灯りの正体が提灯で、緑髪の『人ならざる』女である事も分からなかった。
女は不敵な笑みを浮かべている。何も言わず、ただ道の先へと誘う。
私もこれに従った。どこへ行く道でも構わない。
竹林の先にぼんやりと建物が見えてきた。
姿は見えないが、どこからか鬼や少女の嗤う声が聞こえる。
私の歩んだ道は【そこ】で終わりを迎える。

『あなた、名前はどうします?』

女に尋ねられた私は、藤の花を結髪に付け、紫苑の花を飲み込んだ。
そして、にたりと笑った。

「紫苑、と申します」

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