マンチェスターシティが対アーセナルで見せた新戦術『偽CB』。そこに至るペップの思考。
この試合で起きた戦術やシステムの噛み合わせなどはこちらの優秀な記事を参考に。
おかげさまで試合で起こったことのほとんどがわかる。
最強です。
で、そんな戦術分析はお任せして、筆者が取り組むのは「なんでそんな発想になったの?」という部分。
そこの考察。
略
マンチェスターシティ=MCI
アーセナル=ARS
■ペップの組み立て
上記記事を読んだり、試合を見たりしてもらえればわかると思うが、この試合ではMCIのDHフェルナンジーニョが、守備時はCBで攻撃時はDHという『偽CB』と言える動きをすることでARSを混乱させた。
その『偽CB』が生まれた背景を考える。
まず相手=ARSに対してペップはこう考えたのではないだろうか。
【MCIの攻撃&ネガトラ】
・ARSは2トッププレスが基本だから後ろは3人いればまず進める。
・ARSのチャンネル(CB-SB間)管理はCHが担当で遅れるから、ARSのSBをサイドを釣り出せればチャンネルは空く。
・ARSのSHはMCIのSBと低めに位置したWGを警戒して中央へ絞っての守備にあまり参加出来ないから、チャンネルランが出る状況になれば中央の守備は手薄。
・攻撃さえハマればARSのCHは引くしかないから、多くても中央に2トップしか残れていない状況にさせられるので予防(攻撃時に後方に残る担当)は3人いればいい。
・攻撃で2トップも戻ってくれたら中盤中央でも潰せるため、カウンターも怖くないのでサンドバッグ。
【MCIの守備&ポジトラ】
・ARSの前進方法といい能力といい、ARSの前線に対して高さで強さを必要とする対応がない。
・ARSのCH×2は、MCIの3センター(IH×2+DH)で数的優位で余って対応できる。
・ARSはサイドからの攻撃がメインなので、奪ったあとは押し下げられていない中央からの攻撃に期待。
そしてこれらのことを考えた時に、
「お?これ、ヘディングで跳ね返す強さも必要も無いし、CB一人削っても平気そうじゃん。その分中盤中央増やせるわ。あ、でもサイド対応のために引いた時は4人でDFライン作りたいから…あ、フェルナンジーニョなら状況を見てポジション取れそうだし、あいつに両方やらせればいいんだ!」
というところから発案に至ったのではないだろうか。
あくまで推測だが。
■偽CBの効果!どこまでがペップの想定?
だけど、もっと他にも意味があったのでは無いかと深読みしてみる。
ARSは対戦相手の[4-3-3(4-1-4-1)]のビルドアップに対応する時、相手のSBにはARSのSHが、相手のCBとアンカーにはARSの2トップが、というように基準の人を決めてそれぞれが対応する形がメインになる、というような情報がまず有ったのではないか。
そしてそのような守備方式に対して、SBを上げてたり、DHが下がるなどして基準をズラす対応が定石。
そのズラしに対する守備側の定石ももちろんある。
ペップは他とは違うズラし方をするが、強豪クラブを倒そうとする人たちによって、その対応方法の定石もあるといえばある。
ちなみに中盤中央で受けることは360度のプレッシャーの中でのプレーなので、普段背後からプレッシャーを受けることの無いCBやSBがその位置に行っても良さが出ない。
ペップの代表的な戦術の一つの偽SBでも、例えばSBが本職のウォーカーがDHのように振舞うような使い方はしない。
なのでペップはDHの選手などをSBにコンバートしてDHの位置に持ってきたりする。
そんな一般的には出回っていないやり方で試合のバランスが取れるんだから、やはりすごい監督だと思う。
そんな監督がこの試合で考えたのが、
「CBの位置から上がる形でDH増やしたら今まで以上に一瞬いろんなポジションが空くんじゃない?」
だ。
どういうことかと言うと。
同じ[3-2-5]を作るにも、MCIでよく見る形として片方のSBをDHの位置に持ってくる形がある。
これはこれで相手の基準はズレる。
中盤中央で攻撃側が1人浮く。
ただ図のように、守備側としては元々基準で考えていた相手について行くようにして[4-3-3]気味にシフトして行くことで、そんなに元のシステムからズレることなく対応できる。といえば出来る。
だが今回のように『偽CB』でやるとどうなるか。
①ARSのFWがMCIのCBについていけば、MCIのボールの出どころとなるDFラインにプレッシャーをかけづらくなる。ついていかなければ中盤中央を使われてしまう。
まずここ。これのせいで他も崩れてくる。
②ARSのSHが基準通りMCIのSBについていこうとすると、ボールの出どころに制限がかかっていない状態で赤スペースのどちらかが空くことになるから出づらい。
ARSのSHが中に絞って中盤中央を抑えようとすれば、MCIはおそらくSBから前進してくるから絞りづらい。
③そんなこんなで、結果的にARSのSH×2は守備時の基準を見失ってほぼ無効化され、2トップは想定外のビルドアップにフォローなしで対応する必要が出て、CHは数的不利ながらも裏抜けまで担当する羽目になった。
SH2人が無効化されるってことは、11対9で守るようなもの。スペースができるのは当然。
ということで、簡単にいえば「『偽CB』は基準の人について行くという手段を取りづらく、そこからズレを作っていける戦術」だと言える。
ただ発動条件として、
・[4-4-2]守備
・人の基準を決めている守備方式
・相手の前線に対してヘディングの強さ不要(DHをCBの位置で起用)
・自SBがオーバーラップしまくるのが売りのWG系じゃ無い
などはありそう。
とはいえ、やれるなら効果的な戦術なのは間違いないと思う。
これだけ優位を取れるのであればこれからも採用されていく戦術なのでは無いだろうか。
バルサのピケみたいなCBだったら、偽CBの出来る本職CBとして、柔軟に使い分けられそうだ。
もしかしたらバルサ時代にすでにピケでやっていた戦術なのかもしれない。
■まとめ
本記事の意図は、戦術分析ではなく、「なぜそうしたのか」の部分を考察すること。
MCIについてもARSについても十分な情報も無いし、もちろん正解は本人に聞いてみないとわからないが、ここを考えることに指導者として意味があると思っている。
戦術分析として試合で起こったことをありのままに正確に捉えて対応策を考える力も必要だが、「なぜそうしたのか」を考える精度が高ければ、その戦術の応用も可能だし、適した選手、長所短所、やるべき状況、などなど様々なことに気づくことができる。
「ただ戦術の形を真似ている」だけではその戦術で得られるべき優位が得られているのかどうかわからない。
戦術の生まれた背景が分かっていれば、もっと自チームに適した戦術を与えてあげられるかもしれない。
そんなことを期待して、今回はこの試合の『偽CB』と言える戦術に注目して考えてみた。
ということで、「その戦術を採用した背景を探ること」はオススメです。
是非。
(ファンの人の方がより正確に考察できそうですね)
終わり