僕の体、いつもありがとう
これまでも、今日1日も頑張ってくれてありがとう。本当にいつも感謝してるよ。
いつも重たいものを持ってくれて、疲れてるだろうにたくさん働いてくれてありがとう。歌うことが大好きでいつも大きな声を出しているのになんのケアもしなくてごめんね。けれどいつも綺麗な音を響かせてくれてありがとう。ほんとほんといつも感謝してるよ。
内臓もありがとう。しょっちゅうお酒の飲み過ぎで嘔吐を繰り返してギリギリの状態で仕事をしたり、無理させてごめんね。
学生の頃怒りやすくて壁とか色々なところをぶって、今でも傷や変色しているところがあるけど健康で思った通りに動いてくれてありがとう。自分の体が大好きだよ。
どんなにぼろぼろにしたっていつも僕の体でいてくれてありがとう。ほんと大好きだ。
ある程度年齢を重ねてようやく大切なことに気づけたよ。自分がどれだけ健康的で何かの努力をしたわけではないのに5体満足な側でいられることがどれだけ幸福なのか。
これまでたくさんの日常生活において不自由を強いられている人たちを見て自分はただただ親や環境に恵まれて(交通事故などの不運がなく)健康体なだけであることに気づくことができた。
もしどこかで歯車がずれていたら自分も何かしらの不自由を背負うことになっていたかもしれない。そう思うととても自分の体が愛おしい。
これまで身体機能的に不自由なく過ごせてこれたことは奇跡に近いものだと思うし健康なのが当然であるとは全く思えない。
この歳まで生きてこれたことも、成人することができたことも全く当然ではなくて5体満足であることも成人することができたこともこの年まで生きることができたことも世の中からすれば多数派なのだろうけど、当然だとはとても思えなくてこの多数派でいられることはすごくありがたいことで感謝しなければいけないことなんだと気づくけたことにも感謝だ。
いつだって世の中での当たり前は本当の意味では当たり前ではなくて多くの人たちにとっては、一部の人たちにとっては当たり前なのだろうけどその当たり前は別の人たちからすれば当たり前ではないので本当の当たり前は存在しないんだ(死は別)
これらのことを考えると本当に自分の体が愛おしくてたまらない。僕はこの体が大好きだ。いつもありがとう。
少し肌が焼けていることろも髪が少し少なくなってきたところも運動音痴なところも歌が上手じゃないところも背がそんなに高くないところも強めの天然パーマなところも若い頃はコンプレックスだったところも、全部含めて日常にしっかり存在している頭から足の爪先まで全てが大好きでありがたい。
どれだけ感謝してもどれだけ愛おしく思っても全く足りないくらいだ。生涯自分の体に感謝し続けよう。
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