アイスクリームと脱走者/18


18.雨の夜に夢を見る

 美月さんの住むシェアハウスは、二階建ての二世帯住宅だった。

 玄関が二つあり、右が男性、左が女性の居住スペース。啓吾さんは「おやすみ」と手を振って右の玄関から入っていった。

 左の玄関を入ると、すぐ右手にドアがある。

「このドアでつながってるの」

 美月さんがコンコンとノックすると、向こうからもノックが聞こえて、「さっさと寝ろよ」と啓吾さんの声がした。

 二階にあがり、美月さんは階段のそばの襖を開ける。天井からぶら下がった電気の紐を引いた。部屋の中には空っぽのカラーボックスがひとつと、昭和レトロな白いタンス。

「前はもう一人いて、その子が出てから使ってないんだ、この部屋」

 押し入れを開けた美月さんは、「布団はここね」と大きな欠伸をした。

 カーテンが半分だけ閉まっていて、窓ガラスにポツポツと雨粒が線を引く。見る間にその勢いは強まって、ザアッと風の音がした。

「着替え準備するね。千尋ちゃん、先に下りてて。お風呂の場所教えるから」

 美月さんが言ったとき、わたしのカバンから着信音が聞こえた。美月さんは「じゃあ」と部屋を出たけれど、わたしは電話を受けることができずにいる。

 こんな時間にかけてくるのはヒロセさんだ。わたしはカバンごと布団の中に押し込み、襖をピシャリと閉めた。くぐもった音が漏れえてくる。

 襖の取っ手をおさえたまま、ギュッと目を瞑り、音が切れるまでそうしていた。確認すると、思った通りヒロセさんからの着信だった。

 一階に降りてすぐのところにガラス戸があり、のぞいてみると小じんまりしたダイニングキッチンだった。奥にも部屋があって、開いたドアからミシンが見える。

 トントントンと階段をおりてくる足音がした。美月さんは欠伸をし、「こっちよ」と廊下を奥へ行く。

「お酒まわってるから、先に寝るね」

 わたしに服を押し付けると、美月さんは脱衣所から出て行った。わたしの眠気は美月さんに吸い取られたように、しっかり目が冴えている。

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、雨がいっそう強くなっていた。大学祭は明日もあるというのに、天候には恵まれそうにない。

 電気を消して布団に潜りこんでも眠れなかった。美月さんの貸してくれた服はティーシャツを長くしたようなストンとした長袖ワンピースで、下半身がスースーして落ち着かない。

 スマホに手を伸ばし、着信履歴をながめた。千尋も苦しみたがりだ、と圭の言葉が頭を掠めた。

 布団を頭までかぶり、ヒロセさんを思い出して自分の体に触れた。その夜、夢を見た。

 ヒロセさんの部屋のベッドで、誰かとつながっている。手の中のアイスクリームが溶けてシーツに落ち、わたしの体も溶けて、手を伸ばすと圭がいた。
「ミサトさんって、ブスだよね」悲しくて、大声で叫んだ。

 目が覚めると、涙を流していた。しばらく止まらず、わたしはそのまま天井を見つめていた。


次回/19.構ってほしいから

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長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。

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