Bad Things/1
恋だけじゃない。でも、恋に振り回されないわけがない。そんな恋愛短編オムニバス
【prologue ユカリ(1)】
「投げろ! 一塁一塁!」
「――っしゃああ。ゲッツー」
フェンスのこっち側でハイタッチをする親子、少し離れたところで野次を飛ばす若者、ギャラリーの合間から見えるプレイヤー達は、日曜の草野球にしてはずいぶん本気度が高いようだった。
「セカンドー! ナイスプレー!」
聞こえてくる老若男女の歓声に、秋晴れの空をあおぐ。かすかに朝のひやりとした空気が残っている。
ギャラリーは観戦に夢中で、黄色く紅葉したケヤキの木の下のベンチは独り占めだった。ぼんやりと彼らの姿をながめながら、私は一人だけ昨日に置き去りにされたような気分に浸っていた。
「霜谷、野球好きなの?」
すぐ近くで聞こえた声に驚いてふいに頭が覚醒する。上に向けたままの私の顔をのぞき込む影は、太陽を背にその光をさえぎる。ここちよい木漏れ日が彼の輪郭をゆらゆらとなぞった。
シルエットが動いて目があうと、彼はふいと視線をそらして隣に座った。そしてギャラリーの背中に目を向ける。
保育園くらいの子がしゃがみこんで地面をじっと見つめていた。虫でもいるのだろうか。
「好きか嫌いかで言えば、フツー」
「どっちかの応援?」
「ううん、通りかかっただけ。ここからだと見えないよ。高波は観戦?」
高波は「どうだろ」とどうでも良さそうにつぶやいた。
「観戦ってほどでもない。兄貴がどっちかのチームのセカンド守ってるはず。どっちか知らないけど」
「なにそれ。テキトーじゃん」
「いいんだよ。仕事行く途中に寄っただけだから。霜谷、暇ならうちの店にランチしに来いよ」
「どこ? あ、でもいいや。夜予定あるから帰って寝る」
口にしたあと、自分の失言に気づいた。
「霜谷、やっぱり朝帰り?」
「さあ?」
沈黙から目をそむけるように私は再び目を閉じる。ぼんやりとした思考能力は睡眠不足のせいで、それは高波の言うとおり朝帰りのせいだった。
一時間ほど前、立ち寄ったコンビニで偶然高波に出会った。私はホットコーヒーを買い、そのとき一緒だった連れは煙草を買った。高波は私に「また」と言い、私の連れには「失礼します」と会釈をして帰っていった。
連れの車に置き忘れたコーヒーはまだ半分以上残っていたはず。カフェインの効き目はあまりなく、ベンチに寝そべればすぐにでも寝てしまえそうだった。
「霜谷、朝コンビニ出たあとさ、……澄田さんの車に乗らなかった?」
眠っていたカフェインが唐突に効果を発揮した。けれど、意地でも目は開けなかった。
「俺んち、あのコンビニのすぐ裏でさ、二階から駐車場見えるんだよね」
ああ、そういえば高波は「マズイやつ」だって澄田さんが言ってた。私と澄田さんが二人でいるところを見られたら、マズイやつ。
せっかく演じた初対面のフリは、どうやら意味がなかったようだ。
次回/prologueユカリ(2)
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Bad Things【完結】
恋愛オムニバス。 全編で文庫本一冊くらい。「恋だけじゃない、でも恋に振り回されないわけがない」そんな恋愛短編オムニバス.
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