![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/51727540/rectangle_large_type_2_98be8a13d921aa9d59542d78bc9523de.jpeg?width=1200)
アイスクリームと脱走者/13
13.アウティング?
大学の正門に着いたときには、どんよりした雲が空一面に広がっていた。
スマホを見るとまだ約束まで三十分ほど時間がある。仕方なく一人でブラブラしようと考えていたら、後ろから「千尋ちゃん」と呼ばれた。
「……美月さん?」
「なに?」
「雰囲気違うから」
「そうね」と彼女は微笑んだ。
いつもは黒髪をゴムで束ね、グレーのパンツに白シャツ、ニットカーディガン。目の前の美月さんはカラフルな刺繍がされたブラウスに、大胆な配色のロングスカートをはいていた。コートをはおって帽子をかぶり、おろした髪が風に揺れている。
「変じゃないでしょ。部屋着みたいなものだけど」
「部屋着?」
「中はね。ユルっとして楽チンなの。帽子は同居人から借りた」
帽子のつばをチョンと指で上げ、「ところで」と彼女は続ける。
「生協前の広場に行きたいんだけど、どっち? 私の作品を売ってもらってるの。フリマやってるスペースって聞いたんだけど」
「美月さんの作品?」
「まあね」
驚きの連続だった。誰の隣にいるのか、不思議な気分で並んで歩き、広場へ向かった。
「クリエイター仲間四人で一軒家をシェアしてるの。市内のギャラリーで企画展したりしてる。私たちの他にも何人か誘って。そのつながりで、大学祭の誘いがあったんだ」
これこれ、と美月さんは自分のはいているスカートを広げて見せ、「その子が作ったの」と自慢するように言う。そして愛おしそうに生地をなでた。
「美月さん、いつもこういうカッコして来たらいいのに」
「この格好はクリエイターの私。いつもの格好はうまし家の私。家を出るときの気持ちの問題ね」
「このあと仕事じゃないんですか?」
「遅出にしてもらったけど、いったん家に帰って着替えてく」
「面倒ですよ」わたしが言うと、美月さんは「そうしたいだけ」と微笑んだ。
通りにはテント張りの店が連なり、奇抜な格好の客引きが声をあげている。しだいに混雑もひどくなり、生協前広場は人でごった返していた。
「大学生ってこんなにいるの?」
美月さんは感心したようにあたりを見回している。
「目印聞いとけばよかったなあ」
のんびりした口調で、それも店での美月さんとはずいぶん違う印象だった。わたしはつい香ばしい匂いにつられ、食べ物の屋台に目が行ってしまう。
「美月、こっち」
声のした方を振り返り、美月さんは「あ、いた」と手を振った。茶色いテントと、手を振る男性が見える。奥には背の高い女性と小柄な女性。親しげな三人の様子に、ふと足が鈍った。ついて行ってもいいのだろうか。
「千尋ちゃんこっち」
美月さんが手招きをして、わたしは彼らに合流した。
「見て。これ、私の作ったカワイイ子たち」
行儀よく並んでいる小さなテディベアをひとつ手に取り、美月さんはわたしの手のひらにのせた。キラキラしたビーズと細かい刺繍で飾られた服を着て、本体の生地にも模様がある、オリエンタルな雰囲気のクマだった。首の後ろに金具がついて、キーホルダーになっている。
「カワイイ。美月さんっぽくないけど、美月さんぽい」
美月さんは「意味わからない」と言いながら嬉しそうに口元をほころばせた。
男の人は啓吾と名乗った。彼と、背の高い愛莉さんとが美月さんの同居人。小柄な友花さんは啓吾さんの後輩で、この大学の三年生らしかった。美月さんのスカートは友花さんの作ったものだそうだ。
「千尋ちゃん、これも私が作ったの」
友花さんは「これ」と箸置サイズのカエルの焼き物を指さした。皺クチャのおじさんがカエルの着ぐるみをかぶっていて、蓮の葉に乗っていたり、茶碗のお風呂に入っていたりする。『フロッ爺・FLO+G』と札があった。
愛莉さんの作品はガラス細工のアクセサリー。友花さんと愛莉さんのしているネックレスは、愛莉さんが作ったもののようだ。
テントの奥に掛けられた絵は啓吾さんが描いたものだった。細い線に、スモーキーな色で彩色されて、ブラックファンタジーというう言葉がぴったりの不思議な絵。同じ絵が絵葉書で売られていた。
「千尋ちゃん、お店で会ったことあるよ」
友花さん言われ、ふと記憶が蘇った。
「覚えてます。愛莉さんと一緒に来られましたよね。仲のいいお客さんだなって思ってました」
「覚えてくれてたんだ。うれしいね、愛莉」
はしゃぐように友花さんと愛莉さんは指を絡ませ、ふとその指に揃いのリングがはまっていることに気づいた。その様子を見ていた美月さんが、「ああ」と友花さんの肩をポンと叩いた。
「そうそう。この子、彩夏ちゃんの元カノ」
頭が一瞬空白になった隙をついて、友花さんが慌てたように「それNGです」と指でバッテンを作った。美月さんは目を丸くし、声をひそめる。
「ゴメン。でも、前はオープンにしてなかったっけ?」
「私はいいけど、彩夏、今の相手が男の人でしょ。だから相手に気を遣って言わないようにしてるみたい。私とはすぐ終わったから大学で知ってる人少ないし」
友花さんは気まずそうにわたしを見た。どうしていいかわからず美月さんの顔をうかがうと、肩をすくめて「ううん」と唸る。
「千尋ちゃん、聞かなかったことして」
「えー……」
「彩夏ちゃんは学祭には来ないの?」
「彼氏と行くって言ってたけど、会う約束はしてないです」
答えながら、ふと待ち合わせのことを思い出した。慌ててスマホを見るとギリギリの時間だ。
「あの、わたし友達と待ち合わせてるから行かないと」
彩夏のことが気になったけれど、約束を放り出すわけにいかない。
「じゃあ、何かあったら言って。私から彩夏ちゃんに話したほうがよければそうする」
「はい」とうなずいて歩き出そうとすると、会いたくない人と目があった。クルッと背を向けてテントに戻り、ぶら下がっている友花さんのブラウスの陰に隠れる。それも虚しく、後ろから「千尋」と肩を叩かれた。
「あれ、圭。いらっしゃい」答えたのは、友花さんだ。
「あれ、友花、店ここだったんだ」
圭は、吊り下げられた服を見上げた。隣で困惑するわたしのことなど気にもとめず、愉しげに話しはじめる。
「圭と千尋ちゃん知り合い? あ、彩夏つながりだ」
「そうそう」
つながってるからこそ、今は会いたくなかった。友花さんは何かひらめいた様子で「そうだ」と呟くと、圭とヒソヒソ話を始める。逃亡するとでも思っているのか、圭はわたしの服を掴んで、二人の内緒話は筒抜けに耳に届いていた。
「別に問題ないんじゃない、彩夏は。バレたの千尋だし」
圭は軽い口調で、聞き耳をたてていた美月さんが満足気にうなずいた。
「君もそう思う?」
圭は訝しげに美月さんに視線をやり、そのあとわたしに顔を向ける。
「誰?」
「バイト先の美月さん」
「ああ」
彼は納得したように警戒を解いた。彩夏から聞いていたのかもしれない。「西野圭です」と頭を下げ、美月さんは「鎌田美月と申します」と丁寧な挨拶をする。そして圭の顔をじっと見つめ、おもむろに問いかけた。
「圭、君でいいのかな」
「はい」
淀みなく、圭は答えた。わたしには美月さんのように真っ直ぐ問いかけることはできない。もしかしたら、圭はその問いを避けるために「圭でいいよ」と先に予防線を張っているのかもしれない。
「千尋」と、どこかから友達の声が聞こえた。
人混みのあいだから二人の友達が手を振っていた。「じゃあ」と歩き出そうとしたところで後ろから引っぱられる。
「千尋、ちょっとだけ時間ない? 気になるだろ、彩夏のこと」
わたしを引き止めるには十分だった。友達に「後で合流する」と告げて両手を合わせると、彼女たちは圭をチラリとうかがい、明らかに誤解した目でわたしを見る。
「この前も一緒にいた人でしょ。いいよ。ゆっくり待ってるから」
圭は「ごめんね」と愛想良く言い、そのやり取りでさらに誤解を招きそうだった。「彼氏じゃない」と否定するのも、自意識過剰みたいで悔しい。彼女らが人混みに姿を消すと、圭は「行くか」と、わたしの手をとって歩き出した。
次回/14.講義室は空いてない
#小説 #長編小説 #恋愛小説 #青春小説 #家族 #LGBTQ #ヒューマンドラマ #田舎 #大学生 #回避傾向 #日常
ここから先は
アイスクリームと脱走者【完結】
長編小説/全62話/14万5千字程度/2017年に初めて書いた小説です。
Amazonギフトカード5,000円分が当たる
よろしければサポートお願いいたします。書き続ける力になります!🐧